
EUによるサーキュラーエコノミー政策や気候変動対策の推進・強化を担う各規制の導入は、欧州の自動車メーカーをはじめ、自動車バリューチェーン全体に多大な影響を与えることとなり、自動車リサイクル業界も例外ではなく、大きな転換期に直面している。
この変化を象徴する一例が、フランスの自動車解体企業インドラ(INDRA)における事業戦略の転換だ。MIRUで既に数回にわたって紹介してきたインドラは、フランスの南東ソローニュに位置する同社の扉を再び我々に開いてくれた。迎えてくれたのは同社の広報部長・オリビエ・ゴドー氏(Olivier GAUDEAU)氏。今回は、フランスにおける自動車解体業界の現状から、国内の拡大生産者責任制度(EPR)の強化、来る新使用済自動車規則がもたらす業界への影響まで話を聞いた。
ルノーグループの傘下で循環経済を推進
2022年以降フランスの自動車メーカー・ルノーが80%、スエズが20%を出資する「The Future Is Neutral」の子会社となったインドラは、これまで独自の戦略を展開し、国内でリーダーとしての地位を占めることを可能にしてきた。同社のネットワークは、約350の認定処理業者(ATF)を結集し年間約35万台の車両を処理しており、国内市場シェアは35%に達している。自動車の循環経済に特化する業界初の企業である「The Future is NEUTRAL」においてインドラは、このモデルの推進と新車へのリサイクル材料のより積極的な活用において中心的役割を果たしている。
ルノーグループは、傘下におく子会社(一部所有も含め)やそのパートナーに、解体業者、プラスチック・金属リサイクル業者、電池リサイクル業者を抱えている。The Future is NEUTRALは、親会社が長年にわたり形成したネットワークを通じて自動車下流部門の事業拡張を図り、自動車および部品の長寿命化と新車への再生材使用を大幅に引き上げることを目指す。
競争の激化に伴う戦略転換と生き残りへの道
現在、欧州自動車業界は、EV需要の減少、充電インフラの遅れ、さらには米国・中国との通商摩擦といった、業界の競争力を脅かす諸要因に直面している。さらに、新型コロナウイルス感染症の蔓延により引き起こされ、ロシアによるウクライナ侵攻と継続する紛争によって拡大したインフレの急騰が、欧州消費者の消費行動に大きな影響を与え、自動車販売の後退を招いている。また消費者が新車購入を先延ばしにしていることから、使用済自動車の供給も減少しているという。
こうした状況下においてインドラは、数年前から事業戦略の転換を開始し、解体施設の買収を通じて自社設備を拡大・活用することに着手した。前述のとおり、同社はフランスの解体業者の約30%と技術・商業パートナーシップを構築しており、上流(事故車両・使用済自動車調達)から下流(循環経済由来部品のデジタル商取引、非鉄・プラスチック材料のリサイクルソリューション)までを管理している。しかし一方で、自社の解体サイトは2か所、年間処理能力は約7,000台にとどまっていた。
2年前から進めている施設の買収により、今年末までには10件の施設を所有することになっている。また2026年までにはこの数を20件に増やす計画で、自社処理能力は45,000台に達する予定である。従来のインドラの事業モデルは、主として車両を回収しパートナーに振り分けるという「仲介」的な機能に焦点を当てていたが、新戦略では自社処理能力の増強に重点を置いている。こうした方向転換は、業界の経済モデルそのものの変化を反映しているといえる。
歴史的に地域の中小企業が支配してきた自動車解体業界に、現在集約化の波が押し寄せている。例えば、スウェーデンの解体大手オートサーク(Autocirc)グループの欧州企業のフランス市場参入は、解体施設の集約化を進めており、同社のような国際企業が国境を越えたネットワークを構成しつつある。こうした影響を受けて、フランス国内でも買収が相次いるという。業界内の「調和化」が進みつつある欧州域内市場において、規模の経済を活用できる大企業は、明日には規制遵守、循環経済、収益性を両立させる能力を持つことになる。インドラは、現状に乗り遅れることなく競争優位を維持するため、内部能力の強化を選択した。
フランスの拡大生産者責任制度に見るシステムの複雑さ
フランスでは2020年、拡大生産社責任制度(EPR)の強化が行われ、自動車への生産者責任組織(PRO:フランスではエコ・オルガニズムと呼ばれる)の設置が義務付けられることになった。これを受けて、2024年4月にPROである「Recycler Mon Véhicule」が設立された。フランスの自動車OEMはこれまで、自動車生産者と解体業者二者間の回収システムを構築しており、PROの設立には反対の意を唱えてきた。結果的に政府が進めるサーキュラーエコノミー政策のもと自動車のPROが設立されることになったが、この組織の登場で国内のEPRシステムは複雑化したようだ。国内大多数の自動車OEMはこれまでの主張に基づき、EPRを遂行する「個別システム」を公式に登録、その数は20件に上る。一方で、BMWフランス、ボルボ、ダイムラーはPROへの参加を選択しており、これまでのOEMの姿勢とは対照的である。特に興味深いのは、BMWフランスがPROに加入し、同社のCEOが機関の会長に就任していることだ。また特徴的なのは、フランスでPROに加盟する自動車ブランドの市場シェアは約10%と少ないことである。
フランスの制度下では、PROは全てのブランド車両を扱えるが、個別システムは契約ブランドに限定される。そのため、インドラは15のメーカー(ルノーグループ、トヨタフランス、日産、ホンダ、スズキ、キア、テスラ、MG、ジャガーランドローバー、ルノートラックス、イベコ、ピアジオグループ、イスズ、ハーレーダビッドソン、エクサム)のサービス提供業者として、450を超える解体業者のネットワークを構成・運営し、これらブランドの車両を規制要件に沿って処理している。一部の解体業者は、全てのブランドを処理するため多数の契約を結ばなければならない状況だという。この複雑性を避けるため、PROのみとの契約を選択する業者もいる。片やメーカーとの良好な協力関係を保つため、両方のシステムと契約を結ぶ業者もいる。
リサイクル材料市場の構造的課題と容易ではない道
EUの新使用済自動車規則では、新車におけるプラスチック再生材の使用へのターゲット数値が設定されることになっている。このターゲット数値は業界内で最も注目を浴びた要件の一つだ。欧州委員会が法案で提案した数値25%については、多数の自動車メーカーが「現実的ではない」と修正を訴えた。現段階では、EU理事会による修正案15%(その後25%まで段階的に目標値の引き上げ)と欧州議会の20%が上がっており、今後3者協議により妥協案が審議されることになっている。
ゴドー氏は、これら目標数値の「実現可能性」に懸念を示す。主な問題は、リサイクル材料のコストがバージン材料のコストを大幅に上回る可能性が高いことにあり、特にメーカーの仕様が高品質を要求する場合にそうであるという。必要な工程と誘発される物流コストが総費用を押し上げ、リサイクル材料を構造的に高価にする結果になるというのだ。「メーカーはこの追加コストを支払う用意があるのだろうか」同氏は疑問を投げかけた。
この問題は市場や規制だけでは解決できるものではなく、ゴドー氏いわく「技術・経済方程式」を最適化するためには、バリューチェーン上のアクター(メーカー、サプライヤー、材料生産者、材料リサイクル業者、破砕業者、解体業者)間での密接な協力が必須となる。20年前との比較では、バリューチェーン上のアクター間の関係は大幅に改善され、協力体制を構築することは容易になっていると言える。しかし、競争力、コスト、利益、イノベーションにおいて利害が分かれる競合セクターを同じテーブルに集結させることは、依然として大きな挑戦である。「その挑戦に現在取り組んでいるのがThe Future Is NEUTRALなのです」
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SCHANZ, Yukari
オーストリア、ウィーン在住フリーライター。現在、ウィーンとパリを拠点に、欧州におけるフランス語、英語圏の文化、経済、産業、政治、環境リサイクル分野での執筆活動および政策調査に携わっている。専門は国際政治、軍事、語学。
趣味は、書道、絵画、旅行、フランスワインの飲酒、カラオケ、犬の飼育。
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