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元鉄鋼マンのつぶやき#135 またも京大か!

2025/10/09 09:38 FREE
元鉄鋼マンのつぶやき#135 またも京大か!

 この言葉は筆者の言葉ではありません。筆者が私淑していた文芸評論家にしてジャーナリストの徳岡孝夫氏が、旭化成の吉野彰氏がノーベル賞を受賞した時に、コラムに書いた言葉です。徳岡氏は先日他界しましたが、母校である京都大学をこよなく愛し、京大OBを讃え、一方で東大をひたすら貶した人物です。やや贔屓の引き倒しみたいなところがありましたが・・・。

 徳岡氏が言うように、京大出身のノーベル賞受賞者数は、日本の大学の中では突出しています。そして、今年も医学生理学賞の坂口志文教授に続いて、化学賞も京大の北川進教授が受賞しました。徳岡孝夫先生も泉下で喜んでいるでしょう。全くご同慶の至りです。受賞理由となる研究は、極めて微細な超多孔質物質を人工的に作り出し、その特性を活かした用途を開発したことだそうです。

【解説】ノーベル化学賞に京都大学・北川進特別教授

 東大と京大を比較すると、予算や研究者の数では、東大の方が多いのですが、ノーベル賞の数では昔から京大が圧倒しています。それはなぜか?

徳岡氏は「東大は官僚養成機関であって、真に学問研究を尊ぶ組織ではない。本物の研究者・学者は自由な雰囲気で研究できる京大でなければ育たないのさ」と言っています。残念ながら東大とも京大とも縁の無い筆者には何とも言えませんが、この点について京大関係者に尋ねたことがあります。

随分昔ですが、京大名誉教授で日本鉄鋼協会の会長でもあった牧正志教授とシカゴで食事をしたことがあります。ステーキをほお張りながら、筆者は尋ねました「(東大と比較して)どうして京大からはノーベル賞受賞者が多いのでしょうか?」牧先生は、ちょっと考えて、

「それは京大が特別に優秀という訳ではなく、東大の先生方が忙しすぎるからではないでしょうかね。東京にいて政府の近くにいると、何とか委員会だの何とか諮問会議だのに呼び出され、研究以外の雑用に忙殺されて、創造的な仕事に費やす時間が無くなるのでしょう。そこに行くと京都は政府から離れているので落ち着いて研究できますからね」。

「ところで、クセジュさんは東大と京大のどちらなんです?」筆者は慌てて話題を変え、マルテンサイト変態の進行速度についての質問に切り替えました。

筆者は京大の研究者には、弟子や後輩を適切に指導して育てる独特の風習があるのではないか?と推測します。

今回、旭化成の吉野彰博士が、読売新聞のインタビューに答えて、吉野氏も北川氏も福井健一先生の指導を受けた、兄弟子、弟弟子の関係だ・・と語っています。

化学賞受賞も京大工学部石油化学科でも「先輩」の吉野彰さん「たいしたものだ」…福井謙一さんの「孫弟子」の共通点も : 読売新聞

福井謙一教授といえば、日本初のノーベル化学賞受賞者でフロンティア電子理論の発明者です。このフロンティア電子理論は、有機化学を勉強する者にはとても重要な理論です。たしか受賞時には京都工芸繊維大学の教授だったと記憶しますが、京大時代に多くの優秀な弟子を育てたと聞いています。福井、吉野、北川の三人の先生は工学部ですが、理学部でも同様だそうです。

昭和の時代、日本の理論物理学の研究者は、湯川秀樹先生の薫陶を受けた人か朝永振一郎先生の薫陶を受けた人がほとんどで、一大人脈を築いていました。

筆者の専門分野に近い中国文学でも、内藤湖南、吉川幸次郎につながる一大人脈がありました。医学部については・・・知りません。

それはともかく、京都大学には確かになにかあるのでは?と考えてしまいます。

そしてノーベル賞については、筆者は言いたいことが幾つかあります。日本の科学研究衰退の悲観論に反駁したいのです。実は、福井健一先生がノーベル賞を受賞したころから、朝日新聞には、悲観論を唱える記事が載っていました。

曰く「湯川博士や朝永博士、福井博士のノーベル賞は、過去の実績が認められたもので、現時点では世界に通用する研究などないし、予算も足りない。紙と鉛筆さえあれば研究できた湯川・朝永の時代と違い、大規模な実験設備がなければ研究できない現代の物理学では、予算の乏しい日本は太刀打ちできない。だからこれからはダメになる」この意見は、福井謙一先生以降、何度も繰り返されています。不思議なことに自然科学系のノーベル賞受賞者がでる度に、これからはダメになる・・という説が登場するのです。きっと今回のノーベル賞騒動でも、この意見がでるでしょう(多分、朝日新聞あたりから)。

でも実際には、日本人受賞者は、数に波はあるものの、コンスタントに出現しています。根拠に乏しい悲観論に意味は無いと思います。もっとも科学の基礎研究にはもっと予算を付けて欲しいとは思いますが。

そして、筆者にはもう一つ言いたいことがあります。ノーベル賞には、巡り合わせみたいなものがあり、たまたまその年の研究テーマに合致していたから受賞でき、たまたま分野が違ったから受賞を逃すということがあります。受賞者の背後には、世界的成果を挙げた研究者がゴロゴロいます(特に日本には)。

本来ノーベル賞を貰って当然だったのに、受賞を待たずに逝去された研究者は星の数ほどいます。多くのノーベル賞予備軍がいることを知っている筆者には、日本のノーベル賞枯渇論は全く信じられません。

実際、新素材、新エネルギー、環境問題などの分野では、日本人研究者の存在感は大きくなる一方であると思います。実は来年こそ受賞していただきたい研究者を筆者は複数知っています。

 さらにもう一つ言えば、たしかに研究者の育て方に特長はあるかも知れませんが、筆者は京大出身者が全員特に優秀だとは思いません。私はこれまでの人生で多くの京大出身者と接してきましたが、素晴らしく優秀で尊敬する人もいれば、全くそうでない人もいます。玉石混交であることは京大も東大も、そして私大も同じです。

 筆者の考えは、徳岡孝夫氏とは微妙に違います。

そして筆者は最後にもう一つ言いたいのです。後輩のノーベル賞受賞についての吉野彰氏のインタビュー記事が何で読売新聞なのか?ということです。ここはIRuniverseの出番でしょうに、どうして特落ちしてしまったのか!

 来年の佐川博士の受賞時には遅れを取らないように・・準備しましょう。

(最後は楽屋落ちで済みません)。

 

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久世寿(Que sais-je)

茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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