東海道新幹線のN700S系の車両には東芝製のリチウムイオン電池が搭載されていますが、これは架線集電が不可能になった時に、緊急で低速走行したり、空調や照明用の電力を供給するものです。一方で走行用に電池を用いる車両も多く登場しています。本稿ではその現在と未来について考えます。
筆者は昨年秋に、名古屋から高山まで特急ひだで移動する機会があったのですが、その時にHC85系に初めて乗車しました。このディーゼルカーは、JR東海が単独で開発した初のハイブリッドカーで、カミンズ社製のディーゼルエンジンで発電し、インバーターを介してVVVF制御でモーターを駆動する方式です。実に興味深い車両です。
昔のディーゼルカーでは当たり前だった、発進時や加速時の騒音・振動と黒煙がほとんどなく、アイドリング時のゴロゴロ音も殆どありません。滑らかに加速し、静かに走行します。電車かと思うほどです。面白いのは客席前の掲示板に、「只今ディーゼルエンジンで発電中」とか「回生ブレーキを使って充電中」「電池残量〇〇%」といった表示が出ることです。
この列車のハイブリッドはシリーズ方式で、車軸に駆動力を伝えるのは電動モーターだけです。ディーゼルエンジンは、電池残量が少なくなると自動的に駆動するようですが、筆者は別のことを考えます。高山線に多く存在するトンネル内を走行する際はディーゼルエンジンを止めればいいのに・・・。やはりトンネル内に煙が漂うのです。
筆者は昔見た潜水艦映画を思い出しました。ディーゼル式潜水艦は、ハイブリッド推進の元祖とも言うべきものです。海上ではディーゼルエンジンで発電し、海中ではバッテリーでスクリューを回す訳で、艦長はしょっちゅう部下に電池残量を確認します。電池残量がゼロになれば「万事休す」です。しかしディーゼルエンジンを動かし充電するには敵艦のいる海上に浮上する必要があります。さて艦長はどうする?・・潜水艦がハイブリッドカーと異なるのは、回生ブレーキシステムが無いことです。高山線にはトンネルが多く、筆者は特急ひだに乗りながら、潜水艦乗りになった状態を夢想しました。「トンネル内は海中と同じだ・・。バッテリー走行しなきゃ。トンネル内でディーゼルエンジンは作動させるな」なんて考えている内に、列車は錦秋の飛騨路を走り、高山駅に到着しました。
しかし、これで終わりではないのです。筆者は別のことを考えます。鉄道の推進機関は、どんどん進歩しており、HC85系のようなハイブリッド車両が完成系とは思えません。JR各社はこれからの鉄道の電化、あるいは新型の推進機関をどう考えているのでしょうか?
本来鉄道は、電化するのが一番です。昭和30年代、国鉄の路線は電化区間と未電化区間に分けられ、計画的に電化される予定でした。しかし主要幹線が電化された後、事情は変化しました。未電化区間を電化するにはコストがかかり、採算に合わないことが明らかだったからです。主要幹線の電化を終えた後、残されたのはローカル線ですが、もともと赤字体質だったところに人口減少やモータリゼーションの進行が加わり乗客減に追い打ちをかけます。山間部を通るローカル線にはトンネルが多いのですが、架線を設置するにはトンネル径が小さすぎ、トンネルの掘りなおしが必要になったりします。そのため莫大な費用と時間がかかります。
地下鉄で採用している第三軌条での集電というのも非現実的です。
つまり、現時点で電化されていない区間の電化は非現実的なのです。未電化区間という呼び方は非電化区間に変わりました。JR各社は既存路線の電化について熱意を失いました。幹線は電化し、地方ローカル線は非電化のままとなりました。さらには山陰本線のように幹線なのに電化区間と非電化区間が混じった路線もあり、モザイク状態です。インフラは電車用とディーゼル用の二重投資となり、はなはだ非効率です。ではどうするのか?
現状のまま、ディーゼルカーを走らせていて良しとするのか?という質問には、筆者は否と答えます。鉄道の電化・無煙化は経済合理性だけでは議論できません。
自動車でEV化が進むように、環境保護の観点から電化を語る必要もあります。最初に行うべきはHC85系のようなハイブリッド化です。しかし、ハイブリッド化は燃費改善には有効ですが、内燃機関から逃れることはできません。次の段階では蓄電池車両化あるいは水素燃料電池化です。
もともとハイブリッドの概念が無かった頃から、ディーゼルエンジンで発電しモーターで駆動する機関車は存在しました。電気モーターの方が制御し易くトルクもあったため、急坂の登りに適していたからです。そして電池の性能が向上してからは、ハイブリッド化やEV化が健闘され始めました。考えてみれば、鉄道は自動車以上にハイブリッド化やEV化に適しています。基本的には電池の取り扱いの問題になるのですが、以下の特長があります。
自由に走る自動車と異なり、走行区域や走行パターンが決まっているため、充放電のパターンも計画的に選択できます。決められた箇所で充電し、決められた区間で回生ブレーキを作動させ、決められた区間で放電する訳です。車両管理や電池管理も決められた場所で専門の技術者が行います。
充電時間も自動車に比べれば短時間です。JR東の試験車両では10分間の充電で90Km走行可能です。それが可能なのは、架線から供給される電流の電圧がもともと高電圧だからです(交流20,000V、直流1500V)。
そしてもう一つ見逃せないのは廃車になった時、廃バッテリーになった時のリサイクルやリユースが確実に管理されることです。自動車の場合は、中古車や廃車が管理されないまま外国に流れ、貴重な資源が流出することになります。鉄道車両の場合はその心配がないのです。
また本質とは違う問題ですが、運転士の資格免許の問題があります。通常、SLの運転士にはボイラー技術者の免許が必要です。ディーゼルカーにはディーゼルの、電車や電気機関車にはそれようの免許が必要です。筆者の記憶が確かであれば、ハイブリッドカーの場合、電車の運転士の資格があれば運転できたはずです。
そこで残るのは、重量物の電池をどう収納するかです。自動車の場合と同様、床下に装備する方が安定するでしょう。振り子式の車両であれば傾動部分の下になるでしょう。それでも嵩張る電池の収納は難問ですが、複数の車両を連結するのなら、各車両の床下に分散して配置できます。設置場所と重量の問題は自動車の場合より小さいはずです。
電池の種類は重量やエネルギー密度の制約が緩いことから、リチウムイオン電池だけでなく、ニッケル水素電池も候補になります。川崎重工のSWIMOは、ニッケル水素電池を搭載したLRTでしたが結局採用されませんでした。安定さと安全性、低価格は魅力だったのですが、やはりエネルギー密度の低さというか、重量がたたったようです。トホホ
一方、JRが採用した蓄電池駆動車両(EV)は、JR東日本の男鹿線、烏山線、JR九州の筑豊本線、篠栗線、香椎線、鹿児島本線で運用されていますが、こちらは全てリチウムイオン電池です。
路線
| 型式 車両メーカー | 架線電圧 周波数 | 主電池種類 メーカー | 制御装置メーカー 方式 |
JR東 烏山線 | EV-E301 ACCUM 総合車両 横浜 | 直流1500V | リチウムイオン電池 GSユアサ | 三菱電機 VVVF方式 SC100型 |
JR東 男鹿線 | EV-E801 ACCUM 日立製作所 笠戸 | 交流20000V 50Hz | マンガン酸リチウムイオン電池 日立化成CH-75-6 |
日立製作所 VVVF方式 IGBT |
JR九州 各線 | BEC819 DENCHA 日立製作所 笠戸 | 交流20000V 60Hz |
(出典:WIKIPEDIA 詳しくは上記のリンクをご参照方)
こちらは、SWIMOと違い成功しているようです。最初は試験的に1編成ずつを入れたのですが、好評でその後5編成ずつ追加しているようです。言うまでもないことですが、電化区間を走る時は架線集電で走行すると同時に充電し、非電化区間ではバッテリー走行します。また駅に停車中も充電できます。回生ブレーキで得られた電力は、バッテリーの充電に回しますが、溢れた場合、インバーターで昇圧して架線に戻す方式です(電化区間の場合)。
これらの蓄電池車両の原形である、クモヤE995系の試験結果では、従来のディーセルカーに比べて走行に使用するエネルギーを60%、CO2排出量では75%を減らしています。
実際の烏山線や男鹿線、JR九州でも同様の結果がでていると思われ、これは大成功です。リチウムイオン電池を用いたJRの蓄電池駆動車両の前途は洋々です。
日本でのリチウムイオン電池の将来の方向性に注目するIRuniverse社の棚町裕次氏は、「日本ではBEVの普及があまり進まず息切れ感がある。これからはむしろESS(大規模定置型バッテリー)に注目すべきだ」と語ります。筆者はその考えに賛成しますし、異論を唱える訳ではないのですが、別のことを考えます。
BEV用とESS用の中間に、鉄道車両用という新しいジャンルがあり、日本ではそこに着目すべきではないか?
IRuniverse社が主催する第13回バッテリーサミットでは、鉄道車両用のバッテリーのセッションは設けられていませんが、GSユアサからの講演者が発表されます。
第13回 Battery Summit in TOKYO 2026年3月17~18日 2 Days! - IRUNIVERSE アイアールユニバース株式会社
担当外かも知れないけれど、ここはひとつ質問してみようかな?
筆者がJRの責任者なら、非電化区間が多く、採算も厳しい、JR北海道とJR四国に優先して蓄電池車両を割り当てたいと考えます。しかし、そこに問題があります。JR北海道とJR四国は財務状況がすこぶる悪く、高価な新型車両をおいそれとは買えません。ランニングコストが安くなっても、イニシャルコストが高いと厳しいのです。リチウムイオンバッテリーを搭載した蓄電池車両は、従来のディーゼルカーよりかなり高価になりそうです。自動車のBEVの場合、政府の補助金がありますが、鉄道車両では‥多分ないでしょう。筆者が根拠なしに考える限りでは、仮に燃料代が4割に減るとしても、従来のディーゼルカーの車両価格の1.5倍以内くらいの価格でないと、JR北海道やJR四国は買わないかも知れません(失礼!)。
経営が厳しくなると、将来利益を出すと分かっている投資すらできなくなり、ジリ貧に追い込まれます。「貧すれば鈍する」とはよく言ったもので、新日鉄に救済合併される前のS友金属工業がその状態でした。
それなら、関東圏で非電化の民鉄が多く存在する茨城県の民鉄はどうでしょうか?でもこれもなかなか難しそうです。これについて、廃線瀬戸際だった、ひたち海浜鉄道を見事に黒字化した、吉田千秋社長に意見を聞くことができました。
それについては次号で詳しく申し上げます。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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