半導体材料としてダイヤモンドが脚光を浴びています。高市首相がトランプ大統領に約束した対米投資項目の中に、人工ダイヤモンドの製造プロジェクトがあり、私は「なぜ今、人工ダイヤなのか?」と思いました。
そこで人工ダイヤの歴史を振り返ります。
人工ダイヤが開発されたのは1950年代で、その方法はアンビルを用いた高温高圧法です。その後1980年代にCVD(化学的気相成長法)が登場して、人工ダイヤの世界は広がりました。
初期の頃の人工ダイヤは宝石としての価値は乏しく、粒も小さくガラス切りなど工業用途が主でした。ダイヤモンド固有の硬度を利用したものです。美しさはどうかというと、初期の頃の人工ダイヤは黄色みがかっていて美しい存在ではありませんでした。
しかし、CVD方式の発展と同時に、近年、透明・無色・大粒の人工ダイヤが登場し、宝飾品としての価値が出てきました。
しかし、ここで問題が生じます。ダイヤモンドが貴重で高価なのは、その高い屈折率と高い透明度、高硬度が理由ではありません。その希少性が理由と言えます。特にデビアース社が世界市場を管理し、値崩れや価格高騰がない安定した資産として価値が認められているからこそ、人気があり高値で扱われるのです。
かつて南アフリカのキンバリー鉱山でダイヤモンド採掘の利権をめぐってボーア戦争が起こりました(あくまで理由の一つですが)。小説『小公女』の主人公セーラクルーは父親がインドでダイヤモンド鉱山の開発に失敗して客死したことから、苦難の人生が始まります。特に英国ではダイヤモンドに絡む問題が多かったように思います。
宝石界の代表であり、安定した資産であるダイヤモンド・・・、しかしもし大粒の人工ダイヤモンドが安価に大量に製造され、市場に溢れたら、ダイヤモンドの価値は総崩れになるかも知れません。現実の問題として、中国は人工ダイヤモンドの生産では世界の2/3を占めます。仮に西側経済を混乱させるために、人工ダイヤモンドを世界中にばら撒けば、混乱が生じるかも知れません。
現実には、人工ダイヤモンドは不純物が無く、無欠陥、無疵であるため、天然ダイヤと識別できます。しかし、そのぐらいの誤魔化しはどうにでもなるでしょう。無疵・無欠陥であるために、かえって人工物と見破られ、価値が下がるというのは、ちょっとした矛盾ですが、現実にはよくあることです。
京セラはクレサンベールの名前で再結晶宝石を市場に出していますが、最初に作ったクレサンベールエメラルドは、天然物以上に美しく無欠陥であり、かつては天然のエメラルドに近い価格で取引されていました。今でも他の人工宝石よりも高価です。これが可能なのは、供給元がクレサンベール(京セラ)に限られ市場管理が可能だったことや、製造に長時間を要し、実際のコストが高かったこと、再結晶宝石は天然の宝石を原料にしているので、組成が天然物と同じだったことなどが理由です。
人工ダイヤモンドでもクレサンベールと同じような市場管理ができれば、値崩れや市場の混乱は防ぐことができます。しかし中国にはその論理が通じない可能性もあります。
天然の石を再結晶させて作るクレサンベールですが、さすがに人工ダイヤモンドだけはそれができず、クレサンベールダイヤモンドはCVD法で製造するそうです。
宝石としてのダイヤモンドを離れ、電子材料とダイヤモンドを考えると、卓越した性能を持つことに気づきます。シリコンやゲルマニウムと同じIV族結晶ですから、半導体として優れているのは早くから予想されました。
大電流、高電圧に耐え、高い放熱性を持ち、スイッチング速度も速いとなると、パワー半導体として最適です。これが最近、実現したのはエピタキシャル成長の技術が進歩し、集積化が可能になったからです。特にこの分野で進んでいるのは佐賀大学の嘉数教授のグループです。
ダイヤモンド半導体パワー回路 世界初の開発に成功 佐賀大 | Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」
佐賀大学、ダイヤモンド半導体で120GHzの電波増幅 6Gも視野 - 日本経済新聞
既に産学連携の形で、伊藤忠グループのCTCやJVCケンウッド、アダマンド並木精密などの民間企業と共同開発を進めています。
佐賀大学とCTC、ダイヤモンド半導体の社会実装に向けた研究で連携 | 佐賀大学広報室
鉄オタの筆者などは、交直両用の鉄道車両のインバーターに使いたいとか、製鋼工場の電炉をVVVF制御したい・・などと、突拍子もないことを考えますが、実際にはその高速性を利用し、最初にミリ波やマイクロ波の通信への利用を考えているようです。
既に製品供給の段階にきているそうですが、将来、シリコンやシリコンカーバイド、ガリウム砒素、窒化ガリウムの半導体を置き換える可能性もあります。そうなると半導体業界のゲームチェンジャーとなりますが、どうなるのでしょうか? 産総研の梅沢仁博士はパワーデバイス用ダイヤモンドMOSFET(金属酸化物電界効果型トランジスタ)の現状と将来について報告しています1)。
まだ大径のウェハー作成や高集積度化には課題がありそうですが、解決は時間の問題でしょう。日本が世界の半導体産業で覇権を取り戻す機会ともなりえますが、この分野に米国が目を付け、日本に米国への投資を促したとしたら、慧眼と言えるでしょう。
逆に日本はダイヤモンド半導体をどう育てていくべきか、国家として方針を考えるべき時期が来たと言えます。
アンジェイ・ワイダ監督のポーランド映画『灰とダイヤモンド』では、第二次大戦で瓦礫の山となったワルシャワを灰に喩え、その中にも永遠に光を放つものとして残った希望を、ダイヤモンドに喩えたと筆者は解釈します(ご異論もあるでしょうが)。主人公のマーチェクは、酒場で知り合った恋人に「君はダイヤモンドだ」と告げますが、その翌日に惨めに殺されます。実は永遠なのは女性の美ではなく、ポーランドに残される希望です。
ダイヤモンドの輝きは永遠か・・・?と言われれば、そこは所詮炭素ですから燃えてしまえばCO2ガスになります。しかし硬くて疵も付きませんから、輝きはずっと続くと言っても過言ではありません。同じ宝石でもオパールや真珠に比べれば遥かに長寿命です。
その特性ゆえか、亡くなった人のご遺体から脂肪を取り出し、その炭素分を元にダイヤモンドを作るサービスがあるそうです。火葬して遺骨にするのもいいですが、ダイヤの指輪になって、残された配偶者の指で光り続ける・・というのもロマンチックです。
なんでもイタリアのベルルスコーニは脂肪吸引術でダイエットした際、取り出した脂肪からダイヤモンドを作ったとのことですが、生きているうちから、ダイヤを作るのはなんとなく嫌ですね。
筆者も死んだらダイヤモンドの指輪にしてくれ・・と遺言を残そうかな。筆者が結婚した時に家内に贈った芥子粒のようなダイヤの指輪よりは大きくなりそうです。なにせ、原料となる脂肪はたっぷりありますから。
いや待てよ、世の中の役に立つ・・・ということならダイヤモンド半導体になって、電気機関車を動かすのもいいかも。いやいやダイヤモンドなどおこがましい。グラファイト電極になって電気炉を燃え尽きてくれ・・という声もありそうです。
同じ炭素でもダイヤモンドは珍重され、グラファイトが駄物として蔑まれる、そしてどちらも燃えてしまえば、CO2として社会から忌避される。なんとも炭素とは因果な元素です。
- 『応用物理』vol.95 No.4 2026
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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