これは、以前別のブログにも書いた話ですが、今は昔、昭和の時代の話です。
私が会社で机に向かって仕事をしていると、背後で声が聞こえました。
「香炉峰の雪いかならむ」「えっ?どういうこと」と顔を上げてみると、先輩社員が金属学会誌の論文を読みながら、同僚と話しています。
論文では、アルミニウムの還元精錬を高炉法で行う可能性について論じていました。その少し前に、電力コストの上昇により、日本のアルミニウム精錬は壊滅しました。正確には、自前の水力発電所を持つ日本軽金属蒲原は生き残っていましたが、その後やはり精錬事業から撤退しています。その中で、ホール・エール法に代わる方法としてコークス(炭素)によるアルミナの還元を提言した研究者がいたのです。
常識で考えれば、エリンガムダイアグラムを見るまでもなく、アルミと炭素の酸化傾向を考えれば炭素でアルミナを還元できるはずもありません。いわゆる「トンデモ学説」でした。
先輩技師の発言は「香炉峰の雪いかならむ」ではなく「高炉法なんていかん」だったのです。ではなんで、そんな「トンデモ学説」が飛び出したのかと言えば「速度論的な見方で還元反応を考えよ」という時代の流れが背後にありました。
昭和のある時期までは、金属精錬は平衡論の世界でした。しかしそこに時間軸を取り入れた微分方程式で現象を説明しようという速度論が急激に台頭してきました。精錬反応は常微分方程式、凝固の偏析は基本的に偏微分方程式が基本となります。(もっとも偏析の基本を表すフレミングの方程式は常微分方程式でしたが)。
速度論は大変魅力的な理論ですが、しかし非平衡またはトランジェントな状態を無原則に認めてしまうと、多くの反応が成り立つことになってしまう論理の危うさがありました。アルミナを炭素で還元できるはずはないのに、理論的にはできてしまうのです。それを詭弁と言うのも少し違うみたいで、私はかなり困惑したのを覚えています。
そのことを鉄冶金の専門家でない友人に語ると、彼は奇妙なことを言いました。
「確かに、炭素でアルミナを直接還元することはできないだろうが、一度、電気に変換すれば可能なのだろう? 石炭火力で発電し、それをホール・エール法とか言う電気精練で還元すれば同じことじゃないのか? 無論、エネルギー変換ではロスも大きいだろうし、日本の電力コストは高いから産業的には成り立たないが、石炭でアルミを作るというアイデアは全く見当外れとは言えないのでは?普通の酸化還元反応で考えた場合の限界が、電気化学によって突破できるという見方も可能だろう」
彼の専門は数学で、鉄冶金や無機化学の素人ですが、本質を突いた発言に思えました。いや私自身も鉄冶金は素人だったのですが・・・。
その頃、いつも化学反応や機械工学を意識していた私は、世の中の全ての現象は熱力学の法則(第1,第2,第3)に縛られていると考えていました。熱機関の熱効率はなかなか高くできないし、到達できる温度も限られていると思っていました。
例えば、反射鏡や凸レンズを使って、太陽炉を作ったとします。太陽光の焦点は高温になりますが、それでも太陽の表面温度である6000℃を超えることはできません。熱力学第三法則により、熱源より高温になることはありえないからです。勿論、これは理論上の最高の到達温度で、実際にはその6000℃に到達することはあり得ません。多分2000℃でも難しいでしょう。
しかし、その太陽熱で発電し、その電力で加熱すれば、6000℃以上も可能です。
いや電力に変換するまでもないのです。太陽光を直接レーザー光に変換する太陽光励起レーザー(神島化学工業などが生産しています)を使えば、熱力学第三法則の縛りを離れ、6000℃以上に到達できます。東工大(現東京科学大)の矢部教授はこの太陽光励起レーザーを使って酸化マグネシウムを還元し、マグネシウム循環型社会の構築を提唱していました。彼の計画はなぜかうまく行っていないようですが。
電気やレーザーを使えば熱力学の法則に縛られないのだ・・というのは当たり前ですが、少し不思議なことです。
今、自動車の世界が、EVへ向かうのか、内燃機関車が残るのか、ハイブリッド全盛の時代が続くのか、先は読めませんが、エネルギー効率を考えると熱機関は電気モーターには適いません。内燃機関の枠を外れて、燃料電池など電気化学的方法で発電すれば、熱力学の法則外になりますから、熱効率は極めて高くできます。
でも今のEVやPHEVのように電力会社の送電線から受電している場合は事情が違います。火力発電所(つまり外燃機関のランキンサイクル)を用いるなら、熱力学の法則に縛られます。ハイブリッド車のように内燃機関が発電する場合も同様です。
熱力学の法則の呪縛から逃れるなら電気化学的なエネルギーを用いるのが一番です。今、自動車メーカー各社は燃費改善にしのぎを削っていますが、熱機関の限界を突破するなら、電気化学的なエネルギーを用いるのが一番です。具体的にはグリーン水素またはブルー水素を用いて燃料電池で発電するEVが最適解になりそうです。燃料電池も一種の燃焼ですが、古典的な化石燃料を燃やすプロセスとは異なります。CO2排出だけの問題ではなく、熱効率の限界を超えるという点でも、燃料電池は注目されるべきです。
話が脱線しました。鉄鋼生産の話に戻します。
今、「高炉法はいかん。電炉にせよ」との意見があります。CO2削減は喫緊の課題ですが、高炉に水素を吹き込んで還元する水素還元技術などは、一朝一夕にできるものではありません。すぐにできることは、高炉から電炉への切り替えです。
日本製鉄は八幡に、JFEは倉敷に大型電炉を設置し、高炉からの置き換えを進めますが、素朴な疑問があります。高炉と電炉ではそもそも機能が違います。
高炉は鉱石を溶解するだけでなく還元するのが主要な機能です。電炉は単純に加熱溶解するのが機能です。電炉はスクラップを原料にしますから還元する必要はない訳ですが、スクラップと電力が潤沢に供給されることが前提となります。そのスクラップは、東鉄などの既存の電炉メーカーが低級品を用いるのに対し、高炉メーカーは高級スクラップにこだわります。鉄の蓄積が十分にある先進国ではスクラップ調達はそれほど大きな問題ではありません。無論、スクラップ市況が上がる可能性はありますが、電炉産業がなりたたなくなることは無いでしょう。電力供給の問題については別の機会に議論したいと思います。
スクラップのリサイクルだけでは今後の世界の鉄鋼需要を満たすことはできないので、高炉も残す必要があります。もしくは還元鉄(常温還元鉄(Cold DRI、以下CDRI)、熱間還元鉄(Hot DRI、以下HDRI)、およびホットブリケットアイアン(Hot Briquetted Iron、以下HBIという)を用いる方法もあります。還元鉄を電炉に添加することで、スクラップ精錬に多くの可能性が生じます。東鉄などが追求する、低級スクラップから高級鋼を溶製する技術において、還元鉄は重要な役割を果たすと思われ、これは不可欠な存在です。
高炉対電炉という比較で考えるなら、筆者は電炉法の方に可能性を感じます。高炉は19世紀以来の技術で既に成熟した技術と言えます。製銑技術の専門家には叱られるかも知れませんが、新たに画期的な改善がなされる可能性は低いと筆者は考えます。無論、計装技術や制御技術はこれからも発達するでしょうが、高炉操業の本質的な改革がなされるとは考えにくいのです。むしろ改善の余地があるなら、製鋼工場での転炉、炉外精錬の技術ですが、これも長い歴史があります。
一方、電炉は高炉に比べれば歴史が浅く、技術開発の余地は高いと筆者は考えます。かつて20世紀の時代、製鉄業が高炉主体の世界だったため、電炉技術の開発に経営資源があまり割かれてきませんでした。日本で平炉が電炉に切り替わったのは、第二次大戦後です。
また、製銑と製鋼は「酸化と還元」の世界であり「酸とアルカリ」あるいは他の化学反応は、あまり研究されてきませんでした。これからの電炉の世界は、スクラップと還元鉄を使う訳ですから「酸化と還元」を離れた化学反応を実現できます。無論、鉄鉱石の還元はどのプロセスに於いても必要ですが、予め還元鉄製造段階で還元しておけば、日本の製鉄所で配慮する必要はないのです。
そして還元鉄の製造工程は高炉法より簡便で安価になる可能性があります。この技術も比較的に新しく、今後新技術が開発される可能性は・・・かなりあります。
そこまで書いて、あれっ?と思います。還元鉄製造は一種の直接製鉄です。一方、高炉法や反射炉法は間接製鉄です。そして歴史を考えれば直接製鉄の方が古く、伝統があるのです。具体的には日本でも古代から盛んに行われていたタタラ製鉄が直接製鉄です。
直接製鉄と間接製鉄の違いは何か?と訊かれると難しいのですが、前者は固相のまま還元します。後者は一旦、液相にしてから還元します。反応効率から言えば後者にメリットがありますが、環境負荷や設備コストを考えると前者に軍配があがります。
高炉より電炉の方が新しくて、今後の技術開発の余地があると言いましたが、還元鉄製造プロセスを考えると、高炉よりも歴史があり、これは一種の先祖返りと言えます。
還元鉄の製造は、神戸製鋼など日本の企業が技術を確保し、実際の生産拠点は天然ガスが豊富にある海外です。これまで鉄鉱石を輸入していた代わりに還元鉄を輸入し、国内で発生するスクラップと合わせて、新開発の大型電炉で溶解するというのがこれからの日本の製鉄業でしょう。
前述の通り、タタラ製鉄という名の直接製鉄は平安時代にも盛んに行われていました。『枕草子』に登場する中宮定子が、清少納言に「香炉峰の雪いかならん」と尋ねた時、「高炉法なんていかん」と女官たちが聞き間違えた可能性もあるかも・・・いや、ないでしょうね。