1980年代の後半、日本がバブル景気に沸いた頃、鉄鋼の経営者達は焦りを感じていました。不動産をはじめ、多くの産業が売上高を伸ばし、史上最高の利益を稼ぎ出すなか、基礎産業で素材を作る鉄鋼業は、それほど売上高が伸びません。バブルの象徴として特殊な高級メッキ鋼板が売れたりしましたが、装置産業である以上、生産量が大きく変わる訳ではありません。最も大口の顧客である自動車産業からは毎年、コスト合理化を求められ、何もしなければ売上高は下がる一方です。相対的に鉄鋼産業の地位の低下をもたらすものとなりました。
一方で不動産価格が上昇し、製鉄会社の広大な所有地は含み益を出し、担保価値は増しました。銀行団は金を借りてくれと盛んに慫慂します。
そこで、高炉も電炉も、新規事業に活路を見出そうとしました。
JFEは鉄からの「脱皮」をスローガンにしました。
1990年に住友金属工業が提唱した「2000年ビジョン」では、2000年時点での売上高の半分は鉄鋼以外で稼ぐ・・・となっていましたが、具体的に何で稼ぐかは示されていませんでした。
いくらバブルの時代といっても、簡単に儲かる話がそうそう転がっている訳ではありません。まだどこの会社も手を付けていない事業を始めるならともかく、大半はそうではありません。製鉄会社にとっては初めてでも、社会にとっての新規性はなく、既に先行するプレーヤーが存在する場合は、概ね失敗します。
かつて「鉄は産業のコメ」と言われた頃があります。その後「今や産業のコメは鉄ではない。石(半導体)だ」と言われると、早速、鉄鋼メーカーはエレクトロニクスを事業の中核に据えて、自ら半導体事業とその周辺の事業を始めました。しかし、その分野には巨大な技術者集団である総合電機メーカーが存在し、そこに後発として参加することになります。
鉄鋼メーカー各社の電気電子部門は、一定の成果を挙げましたが、結局は竜頭蛇尾に終わりました。
愚かな経営者は、資金さえ投入すれば新規事業は何とかなる・・と考えがちです。しかし、全ての事業において最重要なのは人材です。優秀な技術者、熱意のある営業・・、これらの人材が揃わなければいくらお金をかけても失敗します。
そして理科系の人材は、なまじ専門性が高いがゆえ融通が利きません。昨日まで分塊工場で鋼塊の熱間圧延を研究していた人間に、シリコン結晶のエピキャシタル成長の研究をさせてもうまく行くはずがありません。「何を言うか!彼は東大の工学部を出ているのだぞ、能力は十分にあるはずだ。何でも出来るに違いない!」と言う上司がいましたが無茶な話です。
優秀な研究者(とその卵)は、どこでも引っ張りダコです。エレクトロニクスの分野で実績の無い、鉄鋼メーカーはリクルートに苦労しました。
だから新規事業といっても、鉄鋼の辺縁または延長上の世界で取り組むのが無難なのです。
そもそも論ですが、新規事業は大別して7種類に分かれると筆者は思います。
(1) 本業のビジネスが立ちいかなくなり、廃業になる前の生き残り策
具体例はたくさんありますが、有名なところでは常磐炭鉱が閉鎖される際に常磐ハワイアンセンターを開業した例があります。生き残るための真剣さがありますから案外成功します。第二次産業から第三次産業に転換した場合に成功する例が多いです。
(2) あり余る資金の使い道に困り、道楽で始める新規事業
経常利益だけで、小さな国の国家予算を超える、愛知県の某自動車メーカーは富士山麓に近未来的な実験都市を作りましたが、これも採算度外視の新規事業と言えます。極論すれば、経営者の道楽です。失敗してもお大尽の道楽であり笑い話です。
(3) 戦力外となった社員の受け皿としての新規事業
健康上の理由や年齢などの理由で、最前線で仕事が出来なくなった社員の受け皿としての新規事業があります。筆者はこれをアンヴァリッド(廃兵院)と呼びますが、事業自体はあまり収益を期待できません。
多く見られるのは、第一次産業への回帰です。趣味と実益を兼ねる形で農業や栽培漁業の真似をする訳ですが、価値生産の効率では第二次産業に適う訳はありません。収益を期待するなら、第二次産業からは、第三次、第四次産業に移行するのが常道です。
(4) コアビジネスの周辺業務を取り込んだ形の新規事業
それまでアウトソーシングしていたことを、キャッシュアウトを抑えるために社内に取り込むものです。例えば、メーカーが運送業を始める場合などが該当します。それ以外でもプラントエンジニアリング事業や建設事業、化学分析事業など、製鉄会社の一部門が独立した企業は、外部の顧客の獲得により、概ね成功しています。単なる口減らしではなく、収益をあげています。
(5) 既存事業の延長上にあり、“土地勘のある”世界での新規事業
業容拡大のために、コアビジネスの周辺分野の事業を始める例が該当します。
例えば、製鉄所の上工程では、COやH2ガスが大量に発生しますし、炭素の扱いは本来業務です。そこで従来の石炭化学を進めた形でのC1化学を子会社で始め、成功しています。高温技術、耐火物の技術の延長上でセラミックスの事業をする場合もあります。鉄の世界の延長で、チタンやシリコンの製造をするのもこの種の新規事業です。
(6) 厳密なFS(フィージビリティスタディ)や社会的ニーズの元に始める新規事業
IPPでの石炭火力発電事業がこれに該当します。神戸製鋼は神戸製鉄所に火力発電所を設立して成功しています。2002年に神戸製鉄所の敷地に火力発電所を建設し操業を開始した際、水越社長は「うちにはシームレスパイプのような、ある時は大儲けしてある時は大損するバクチみたいな商品は無い。IPP事業は大儲けはできないが、確実に収益が保証される堅実なビジネスであり、会社の基盤を支えるビジネスになる」と、日鉄や住金に対する皮肉を込めて語りました。
脱炭素の観点から、目の敵にされる石炭火力発電ですが、実は最新技術を用いれば高効率の発電が可能であり、むしろ脱炭素の観点からも推奨されるべき技術です。
特にIGCCと呼ばれる石炭ガス化複合サイクル発電は高効率です。その蒸気タービンに超々臨界圧の再熱再生ランキンサイクルを用いれば熱効率はさらに高くなります。実際のIPPは規模も限られ、全てが最新という訳ではありませんが、火力発電所の中では優れた設備になっています。
製鉄会社は膨大な石炭を消費し、巨大な石炭関連設備を保有します。しかしIPPはそれらの設備を利用する訳ではありません。製鉄所の石炭は原料炭と燃料炭のブレンディングを行ったあと、焼結鉱にして高炉に入れますが、火力発電所の場合、そのプロセスはありません。IPPは製鉄所から完全に独立した設備です。
ただ、石炭を利用する技術には共通点があり、IPPは製鉄会社にとって“土地勘”のある世界でした。IPP稼働にあたって神戸製鋼の社長が語った言葉は、他の製鉄会社とは異なる経営方針を示すものでしたが、何のことはない…確実に儲かると分かれば、高炉各社は皆IPPビジネスに乗り出しました。
その後、東日本大震災に続く、原発停止の流れの中で、IPPからの電力供給は、社会に大きく貢献した訳ですが、今は脱炭素化の流れの中で目の敵にされています。
製鉄会社の新規事業の中ではあまり多くない成功事例なのに、少し残念です。
(7) 経営者の単なる思い付きで始めた新規事業
例えば・・・、ジャンボタニシを飼ってエスカルゴの食材として販売しようとか、サッカーのピッチに最適な芝生を開発して、Jリーグのスタジアムに売り込もう・・とか、軽飛行機を買って飛行クラブを経営しよう・・とか、実に突飛なアイデアがバブル期とそれ以降の製鉄会社では、提案され実行されました。片道切符の出向でそれらの事業を任された社員にとっては、いい迷惑で一生を狂わされました。
いい迷惑だったのは、新規事業に融資した銀行団も同じです。
通常、融資する側は、事業計画を冷徹な目でチェックし、怪しげな事業にはお金を貸しませんが、バブル期は銀行もどうかしていたのでしょうね。とにかく融資実績を積むために貸し込みました。FSなんてどうでもよくて、事業の採算性はあるのか?と訊かれれば、土地の担保があるから大丈夫・・という奇妙な回答が来ました。そのバブルが弾けた後、多少の時間差を置いて、それらの融資は巨額の有利子負債として製鉄会社の経営を圧迫しました。
冒頭に述べましたように、基礎産業である鉄鋼は、売上高は急に増やせる訳ではありません。その中で、年間売上高をはるかに超える過大な有利子負債は、会社の存続を危うくしました。新日本製鉄と住友金属工業の経営統合は、存続が困難となった住友金属工業を救済するものであり、バブル期のバカげた新規事業投資がその背景にあります。
筆者は、巨額の負債を抱えていた住友金属工業を「債務超過に近いのでは?」と言って瞬間、上司に「滅多なことを言うものではない!」と厳しく叱責された記憶があります。真実を指摘された時ほど、人はうろたえ、怒るものだ・・・と後で思いました。
今回はバブル期の新規事業について語りましたが、次号ではバブル期の亜鉛、そして電炉、中国、韓国の話を申し上げます。