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元鉄鋼マンのつぶやき#179  これからのチタン その1

2026/07/16 14:51
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製造業に携わっていると、時々空しさを感じることがあります。技術的には成功し、優れたものを開発しても、それが事業として成功するとは限りません。研究開発やプロセス改善で成果をあげ、最高品質・最高性能の製品を生み出しても、価格で負け、市場を奪われ、涙を呑んで退場していった産業はたくさんあります。

 為替相場の変動、地政学的な理由で、現場の地道なコスト改善努力が吹き飛んでしまった経験は誰もが味わったことがあります。それでも全ての製造業で、品質向上とコスト低減は永遠の課題であり、終わりがありません。

 素材産業(特に鉄鋼)について言えば、バブル期には、コスト度外視でいいから最高級の製品を造れ、チャンピオンデータを出せと言われました。[P]≦6ppmを達成したり、複雑で高性能の表面処理鋼板や超ハイテンの製造に取り組みました。やがてバブルが終わり、経済合理性が重視され、今度はコストパフォーマンスに優れたものを造れと言われました。

 現在、多くの素材産業の開発目標は、追い上げるアジア各国の製品とどう戦っていくかに移っています。どちらかというと、コスト削減が主要課題です。

その中で、今でもひたすら高純度・高品質を追求し続けている特異な存在が、チタン業界です。今回、大阪チタニウムテクノロジー(以下大チタ)を見学する機会を得て、鉄鋼とは違う世界を知ることができましたが、全ての意味で、驚きの連続でした。

同じ金属産業といってもチタン精錬は製鉄所とはまるで違います。工場に入る際、靴底を毎回洗う必要があり、ボールペンの持ち込みが禁止されるなんて、まるでクリーンルームを備えた半導体工場のようです。

では全工程が、最先端のハイテク満載なのか?といえば、そうとも言えません。ルチルからスポンジチタンを取り出す工程は昔ながらのクロール法です。より効率的な精錬法は常に研究され、発表されますが、量産ベースでものになった技術はありません。

世界中でクロール法を用いて精錬を行うプレーヤーは限られます。あまり儲からないビジネスゆえか、あまりに煩雑で管理が厳しい製造工程だからなのか、米国のTIMETやATIは既に生産を取りやめています。その結果、世界最大手のスポンジメーカーとなった大チタは、残存者利益を享受する・・・というと微妙ですが、大チタは世界にとって不可欠な存在になりました。一方で世界の航空機産業に対する供給者責任が生じた訳で、これは同社の経営方針に影響を与えています。

チタニウムの精錬は、以下の手順で進みます。

まずチタン原料のルチルですが、レアアースやクリティカルマテリアルに比べて、さほど偏在している訳ではありません。主な産地はカナダ、オーストラリア、カザフスタン、ケニア等ですが、チタンはクラーク数も大きく、珍しい元素ではないのです。しかし選別・精錬工程で発生する残渣には放射性物質が含まれることもあります。この辺りはアクチニウム系列のレアメタル精錬と似ています。残渣中の放射性物質の管理におおらかな外国(例えば中国)と比べて、日本での生産にはハンディキャップがあります。主要な輸入先をオーストラリアからカナダに切り替えた事情にも関係しそうです。

次にクロール法ですが、ご専門でない方のために、簡単にご紹介します。まず、容器内のチタン原料にカルサインコークスを加え、さらに塩素ガスを吹き込むことで、四塩化チタンとCO2を発生します。

ここで還元に用いるカルサインコークスは、電極素材として多用される煆焼石油コークス(つまりロータリーキルンで煆焼するコークス)で炭素分が高いのが特徴です。

この四塩化チタンは、蒸留つまりガス化して回収する工程を経て純度を上げていきます。確かに合理的な方法ですが、一旦ガス化するというのは金属精錬では珍しく、他ではシリコンぐらいです(シリコンは正確には半金属)。

そうして精製した四塩化チタンは常温では無色透明な液体ですが、それに金属マグネシウムを加え真空下で還元すればスポンジチタンとなります。一方マグネシウムは塩化マグネシウムになります。

塩素ガスは、隣接する大阪ソーダの工場から配管で供給され、マグネシウムは中国等からの輸入品を用います。もっとも後述する通り、マグネシウムは還元して再使用しますから、消耗分を補填するだけです。

生成したスポンジチタンはギロチンで破砕され、ドラム缶に入れて販売されますが、社内でも溶解され、インゴットにした後でも出荷されます。

航空機用途の場合、破砕されたチタンの小片は、ベルトコンベアに流れ、人間が行う目視検査で異物混入が無いことを確認します。信じがたいことですが、膨大な数の小石程の大きさの金属塊をひたすら人間の目で追いかけるのです。

今の時代、パターン認識やAIを活用して異物混入チェックを自動化するのは難しくないはずですが・・・、あえてそうしないのは、航空機産業の保守的な体質によるものと思われます。少しじれったさを感じる業界です。

インゴットは、スポンジチタンを真空容器(VAR炉)内で溶接し、自身を電極にして通電し、再溶解することで製造されます。インゴットの生産能力は年間6000トンです。「溶接はTIG溶接ですか?」と間抜けな質問をしてみます。

案内する荒池乗務は「ははは・・、まさか。タングステンを嫌い、ギロチンの刃もタングステン無しの鋼材を用い、ボールペンの持ち込みすら禁止するのに、TIG溶接はないでしょう」との返事です。

読者諸兄ご承知の通り、スポンジチタンをインゴットにする方法は複数あります。代表的なものはEB炉(電子ビーム炉)と、VAR炉(真空アーク炉)ですが、前者はスクラップを使用できる反面、設備は高額で生産性も低くなります。

製造の連続性で言えば、VAR炉はバッチ炉、EB炉は連続炉と言えますが、他の金属の連続鋳造とは大きく異なります。

大チタはVARを自社製作し、その操業技術を確立しています。金属精錬業界は、連続化の流れの中にありますが、大チタは敢えてバッチの世界を究めているのです。

一方、EB炉については、過去に日本製鉄直江津(当時には日鉄住金直江津)がウクライナから導入するも、立ち上げに苦労し、最終的には大チタからVAR炉を2基導入した経緯があります。

大チタでは尼崎ではチタンスクラップを使用せず、全てVAR炉を活用しています。一方、チタンスポンジの一部とチタンスクラップは、岸和田製造所でインゴットにしています。

VAR炉の場合、この工程を繰り返すことで、チタン純度を上げることができます。一部の高級用途については、VAR炉での溶解・凝固を2回実施するとのことです。

スポンジチタンの製造工程で生成する塩化マグネシウムは電気分解して金属マグネシウムに戻します。大チタの場合、VAR炉の隣の建屋に、電気分解設備があります。この工程は、製造所の電力消費の7割を占め、電力コストの高い日本でのチタン製造のネックになります。

もともとマグネシウムは電力コストの低い中国産です、敢えて日本で塩化マグネシウムを還元して金属マグネシウムにする必要があるのか?という疑問がわきますが、実際には中国のメーカーの例では、マグネシウムの循環設備を持たない工場の方が経営上不利になり、廃業に追い込まれているとのことです。塩化マグネシウムの電気分解装置は、正極をカーボン、負極を鉄で作っており、いわゆる電気炉とはかなり違います。個人的には、その特異なカーボン電極に興味がわきます。

スポンジチタンの話に戻ります。

現在、大チタの尼崎工場では年間4万トンのスポンジを生産する能力がありますが、将来の需要増の見通しから、能力拡大を進めています。既に発表されている通り、設備投資額は390億円(従来の330億円から60億円増加。うち80億円はNEDOの助成金)で、2027年以降、スポンジチタンの生産量を年間5万トンに増やす予定です。

新設備は、新しい土地を求めて建設するグリーンフィールドへの建設ではなく、既存の工場をスクラップ&ビルドの建設となります。生産工程の中でボトルネックとなる工程のみの増強に留め、全工程の生産能力を揃えることで全体の効率を上げる方針です。これにより投資額を最小限に抑えて最大の効果を上げる作戦です。

前述の通り、米国のTIMETやATIは既にスポンジの生産を取りやめ、大チタからの購入に切り替えています。また2027年以降、エアバスとボーイングの生産機数が大幅に増加する見込みであり、スポンジチタンの需要が増加すると思われます。

ボーイングについては、以前のB737-MAXの欠陥隠蔽スキャンダルの結果、年間製造機数を制限されています。エアバスについてはプラット&ホイットニー社製のエンジン供給が遅れ、機体生産にもブレーキがかかっています。その影響もあり、両社とも、8~9年分のバックオーダーを抱えています。来年、それらの制約が解かれると生産機数が増加し受注ラッシュが予想されます。大チタの設備投資は、その時期にちょうど一致します。今後、長期に亘って安定的な収益を見込める設備投資であると、筆者は考えます。

設備投資についての大チタの説明は論理的で、納得できるものでした。しかし、今後の経営に問題や課題は無いのか?と言えば、無論あります。それについては、次回ご報告いたします。

久世寿(Que sais-je)

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