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元鉄鋼マンのつぶやき#181 究極の暑さ対策は“おしくらまんじゅう”か?

2026/07/23 11:15
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読者諸兄に暑中お見舞い申し上げます。

日本もついに、気温が摂氏40度という時代が到来しました。酷暑日というのだそうですね。

何年か前から、日本では1日の最高気温が37℃台の日が、夏場は当たり前になりました。そんな日は、筆者は生徒の皆さんに、ある熱力学の問題というかパラドックスの話をすることにしています。

「気温の方が体温より高い場合、“おしくらまんじゅう”をした方が涼しくなるか?」

答えは否です。当たり前ですが、人間の身体は一種の熱機関であり、エネルギーを消費し、それらは最終的に熱になります。熱を発生させる以上、体温は常に外気温より高いということになります。もっとも人間の場合、熱機関といっても機械的な熱機関ではなく化学的な熱機関ですから、体温と外気温の差をエネルギーとして取り出している訳ではありません。

つまり“おしくらまんじゅう”をしようと、人間が生きている限り、基本的に体温は気温より高くなるはずで、やがて体温が上昇して、気温を上回るだけの話です。

そうは言うものの、人間の身体にはホメオスタシス(恒常性維持機能)があり、いたずらに体温が上昇するのを食い止める機能があります。即ち汗をかくことで、その気化潜熱を奪うことで体を冷却します。あまり汗をかかない犬などは口を開けて舌を出し、ハァハァすることで体を冷却しますし、同じく汗をかかないウサギは長い耳から放熱して躰を冷やします。

なぜ、体温を一定にする必要があるのか・・、医者でない筆者にはよく分かりませんが、体温が上がり過ぎると、各臓器がダメージを受けます。特に脳のタンパク質が変質する可能性があるそうです。タンパク質は加熱すると不可逆的に変質します。鶏卵を一旦ゆで卵にすると、常温に戻したり冷蔵庫にいれても生卵には戻らない理屈に近いかも知れません。体温が42℃を超えると、脳みそが湯豆腐になるから、例え生命が助かっても後遺症が残る可能性があるとのことです。脳以外の臓器にも深刻なダメージがあるそうですが、やはり脳のダメージは怖いです。

“おしくらまんじゅう”の議論はばかげていますが、それに近い愚かな議論を人々はしばしばします。1970年代~1980年代にあった、地下鉄の空調問題です。

 開通した当初の地下鉄は、冬暖かくて、夏涼しい乗り物です。地下の温度はほぼ年中一定だからです。しかし、開通して暫くすると車両の発生する熱が、トンネル内に籠り、冬の暖かさはともかく、夏の暑さは耐えがたいものになります。旧式の電車では、回生ブレーキで発生した電力を抵抗器で熱に変えて、排出します。昔の電車は停車したあと、ドアが開くと下からムァッとした熱気が上がってきたものです。

 地下鉄車内は季節を問わず暑くなり、地下鉄の車両にエアコンを付けようと言う話になりました。

ここでいわゆる“専門家”からクレームが入りました。

「地下鉄のトンネルという閉じた空間内でエアコンを稼働させても、車両内の温度を下げる以上にトンネル内の空気を暖めることになる。最終的にエアコンが消費する電力は全てトンネルの温度を上げることになるので逆効果だ。地下鉄の空調を考えるのなら、駅のホームに巨大な空調装置を設けて、トンネル全体を冷却すべきだ」。

たしかに一理あります。

その意見もあり、東京の地下鉄の駅のホームには、大型の空調設備を備えている例も多くあります。しかし巨大な地下鉄のトンネル空間を冷やすことはできません。結局地下鉄の電車にもエアコンは取り付けられるようになりました。

同時に、1980年代以降、首都圏の地下鉄は、郊外の私鉄からの電車の相互乗り入れが一般的になり、電車にエアコンを付けない・・なんていう愚かな選択肢は無くなったのです。今では、相互乗り入れをしていない、都営大江戸線も含めて、みなエアコンを装備しています。そして何より大きいのは電車の省エネ化が急速に進み、電車からの放熱量が減ったことです。車体は軽くなり、照明はLEDになり、モーターはVVVF制御で消費電力は以前の1/3になりました。そして抵抗器で熱に変換していた回生電力は有効活用されるようになりました。

地下鉄車内の暑さ対策の問題は一応解決し、最近では話題にのぼらなくなりました。

それから10年遅れの1990年代、私がいたロンドンの地下鉄の蒸し暑さが問題になりました。これは奇異なことです。チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄は東京の地下鉄より遥かに長い歴史があり、蒸気機関車の頃から走っています。100年も経ってから、暑さ問題が話題になるとは・・・。理由はやはり、長い年月が経過し、トンネル内の熱の蓄積が増したことと地球温暖化でしょうか?

しかし「チューブにもエアコンを!」という議論はあまり聞かれませんでした。理由は日本と同じで、車両内を冷房するのではなく、トンネルを冷却しなければ意味がないという熱力学的な原則論です。

それ以前に、チューブのトンネルは狭く、車両も小型であり、車両に空調設備を取り付ける空間も無いではないか?という意見もありました。筆者などは「やはり回生ブレーキの電流を回収して熱として放散しないのが最優先ではないか?」と思いました。

一つのウルトラCの解決策として、テムズ川の水を冷却水にして地下鉄のトンネルを冷やすという案を筆者が同僚に話したことがあります。ジュビリー線という地下鉄はテムズ川の下を通るのですが、そこに大型の熱交換器を設けて、トンネルに冷風を送ることを提案したのです。勿論、誰からも相手にされませんでしたが…トホホ。

ロンドンだけではありません。欧州全体で1990年代から温暖化の傾向は顕著になっていきました。当時、筆者は欧州の自動車産業事情を追いかけていたのですが、面白いことにフランスでは南部の地中海沿岸地域から北部に向けて、北上する形で、自動車のクーラー装着率が上がっていきました。しかし、筆者が帰国した1999年時点では、クーラー装着車両はまだパリに到達していませんでした。これはエルバ島から脱出したナポレオンの進軍速度よりかなり遅いと言えます。

当時、南欧を除けば、欧州ではクーラーは不要でしたし、乗用車のクーラーは必需品ではなく贅沢品という認識でした。クーラーを前提としない設計の自動車に後付けでクーラーを載せると、非力なエンジンに負荷がかかり、故障してしまうという情けない話もありました。

そんな中、当時まだスェーデンの企業だったボルボは、全車種にクーラーを標準装備すると宣言しました。しかし“クーラー不要論”に配慮してか「事故発生率をみるとエアコン無しの車の方が、エアコン装備車より事故率が高い。これは暑さがドライバーの注意力や判断力の低下をもたらすからであり、クーラー付きの自動車の方が安全だ」という、珍妙な理屈を展開しました。「安全」を売り物にしていたボルボらしい説明ですが、当時はクーラーを装備するにもエクスキューズが必要だったのです。

一般家庭用のエアコンとなると、南欧以外はほとんど普及しておらず、市民権を得ていませんでした。ちょうど昭和時代の日本です。

その欧州が今夏は殺人的な暑さに見舞われ、各国で熱中症による死者が続出しているとのことです。それならエアコンを各家庭に・・・と提案したいところですが、ここでもエアコン反対論や、環境原理主義が登場します。

「地球全体でみれば、エアコンで電力を消費した分、空間全体を暖める結果になる。そしてその電力を得るためにCO2を排出するのではなおさらだ」というトンデモ論です。確かにその通りですが、こちらは地下鉄のトンネルどころではありません。壮大というか大気圏全体の話です。

このためにエアコン導入には消極的な意見が欧州にはあるのです。ドイツの場合、より現実的な問題としては発電能力の問題があります。

ドイツは原発を廃止した後、深刻な電力不足と電気代の高騰に悩まされています。発電量はピーク時を大きく下回り、電気代は原発廃止前の3倍程にもなっています。

(電力料金はダイナミックプライシングを導入しており、一概に3倍とは言えませんが)。

日本でも過去のリーダーの愚かな判断が禍根となっている例がありますが、ドイツでは皆さん「メルケルの置き土産」で苦しんでいるのです。今後もしドイツで家庭用エアコンが普及した場合、電力需要のピークは、夏の昼間に集中するでしょうから、その時間帯の電気代はうなぎのぼりになり、停電も発生するでしょう。EVの充電どころの騒ぎではありません。

本当の暑中お見舞いをお送りしたいのはドイツに暮らす人々にです。

以前、アメリカ人と話をした際、「シカゴの一般家庭の消費電力のピークは冬場なのに、日本は夏場だ。これは不思議だ」という話になりました。筆者は「シカゴでは冬季に電気暖房による電力消費が伸び、日本では夏場のクーラーによる電力消費が大きい。それに日本の冬の暖房は石油ストーブだ」と説明し、相手は納得しましたが、その際「日本の夏はとにかく蒸し暑いですから」と説明した記憶があります。1990年代のことです。今なら・・・シカゴでも電力消費のピークは夏かも知れません。

話を元に戻します。地球温暖化とか電力供給の問題とか、そんな大局的な話はどうでもいいのです。

欧州では現に死者が続出しており、危機が目の前にあります。フランスでは電器店に並ぶ数少ないエアコンを奪い合って喧嘩になり、扇風機でさえ入手が困難だそうです。

ここで筆者が恐れるのは、日本以外のアジア製の粗悪品のエアコンが好機とばかりに、欧州市場と北米市場を席捲するのではないか?ということです。日本の家電業界は、白物家電の市場は殆ど中国に奪われましたが、エアコンだけはその高性能・高品質を武器に生き残っています。ヒートポンプ方式で冷暖房の両方に使え、インバーター制御で省エネにも優れています。冷媒もオゾン層を破壊しないガスを使います。

個別の会社名を挙げるのは気が引けますが、業務用エアコンでのダイキン、家庭用ではビーバーエアコンの三菱重工などは、海外で一流のブランドとして通用します。

それなのに、うかうかするとエアコン事業でも、中国に覇権を取られる可能性があるのです。

ここは日本製品が、北米や欧州で、その省エネ性能を大々的にアピールして、中国製品との差別化を図るべきなのですが・・・、どうなのでしょうか?

もうひとつ、差別化を図れる点があります。それはリサイクルのしやすさです。皆様ご承知の通り、エアコンは、銅、アルミ、電磁鋼板、亜鉛メッキ鋼板等、多種の金属材料が混じって使われています。

エアコンの室内機・室外機が老朽化してリサイクルされる際、解体が容易で金属素材ごとの分別・回収が容易であれば、大きなアドバンテージとなります。日本のエアコンメーカーがその辺りに気を遣って設計しているか、寡聞にして存じませんが、これからアジア各国の製品に対して差別化しようというのなら、ここは配慮すべきです。(特に欧州市場を相手とするのなら)。

欧州の“意識高い系”の人々に申し上げたい。エアコン使用のデメリットを語って、やせ我慢するのもいいけれど、熱中症になってもつまりません。ここはひとつ“おしくらまんじゅう”でもしてはどうですかね? 気温の方が体温より高いのだから。

ところで、筆者は去年から生徒さんに対して「“おしくらまんじゅう”した方が涼しいか?」という熱力学の問題を出していません。

それはある生徒さんから「先生、“おしくらまんじゅう”って、何ですか?」と質問されたからです。

「いふまいと、思えど けふの暑さかな」昭和もだんだん遠くなっていきます。

久世寿(Que sais-je)

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