脱炭素の部屋#168 脱炭素と社会的インパクト
最近あちこちで耳にするようになったコトバの一つに「社会的インパクト」があります。主に金融分野から出てきた概念ですが、投資がもたらす価値を評価する上で、従来のリスクとリターンのみで見るのではなく、環境課題や社会課題への貢献度を可視化して測定しようとする考え方のことを言います。
たとえば脱炭素は、CO2排出量の削減という明らかな変数によって可視化できるので、社会的インパクトとして社会の負託に応えられる属性を持っているわけですが、では脱炭素なら何でも同様の社会的インパクトを持つと言えるのか?と問われれば、残念ながら「それはそうではない」と言わざるを得ません。
理由はごく単純で、とあるアプローチが他のアプローチに比べてCO2排出量の削減が著しく少ない、といった場合もごく普通に存在するからです。たとえばカーボンクレジットの購入によるオフセットがそれで、誰か他の人がすでに達成したCO2削減を購入するという活動が、直接的な削減をもたらすものでないことは自明だと思います。むろん、市場が広がってクレジットの供給量が増えてくれば、社会全体として脱炭素が進行するという間接的な効果はあるだろうと思われるわけですが。
そういう目で見ると、たとえばマスバランス方式による低CO2鋼材の提供なども、社会全体で見ればCO2の排出量が減ったことにはならないので、脱炭素に関する社会的インパクトという意味ではあまり評価されない事例なのではないかと思います(仕組み作りという点では意義があるかもしれません)。
逆に、たとえば原発再稼働を考えればこれは明らかにCO2削減に寄与するわけですから、脱炭素に関して大きな正の社会的インパクトを持つものであるということができます。他方で社会的インパクトは脱炭素以外の社会的課題にも波及する考え方なので、たとえば核のゴミ問題や、地震対策そしてテロや紛争に関するリスクなど、大きな負の社会的インパクトを持つものであるということも同時に注目されるべきであると言えます。
ハイブリッド車も、対ガソリン車という意味ではCO2排出削減に貢献するわけですが、結局のところガソリンを燃やして走るというメカニズムは変わらないので、電気自動車や水素を使う燃料電池車に比べると、寄与度は必ずしも大きくないと言えるでしょう。
ここで求められるのはやはり革命的な技術開発で、たとえば核融合技術などがそれに該当しますが、もしも安全にCO2排出を根絶できるとすればそれは圧倒的な社会的インパクトをもたらすものだと言えます。
太陽光発電もCO2排出削減の面では正のインパクトをもたらしてくれましたが、景観保全の阻害や災害リスクの増大など、負のインパクトが言われるようになったことへの対策はまだ十分とは言えないと思われます。さらに想定される大量廃棄時代への対策はまだ未然な段階にあります。
社会的インパクトは、このようにあらゆる社会課題を対象として検討しうるという属性を持つものなので、時代の変化に合わせてどんどん新しい変数が議論されてゆくものであることを認識する必要があると言えます。そのうえで、ここしばらくは脱炭素が一丁目一番地となることも疑いようがないものだと思いますので、会社の貢献度を可視化してそれを社会に対して遅滞なく訴求することにぜひ取り組んでいただきたいものだと思います。
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西田 純(オルタナティブ経営コンサルタント)
国連工業開発機関(UNIDO)に16年勤務の後、コンサルタントとして独立。SDGsやサーキュラーエコノミーをテーマに企業の事例を研究している。国立大学法人秋田大学非常勤講師、武蔵野大学環境大学院非常勤講師。サーキュラーエコノミー・広域マルチバリュー循環研究会幹事、循環経済協会会員
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