金属学を勉強していて戸惑う事があります。それは合金と金属間化合物の違いです。皆様ご承知の通り、合金は複数の元素が多様な比率で混じり合った混合物ですが、金属間化合物は一定の整数比率で混じった化合物とされています。両方共結晶になりますが、普通の合金は共晶などの結晶になり、金属間化合物はより規則性が明確な結晶となります。また結合の種類としては、合金は金属結合、後者は共有結合などが主になると筆者は理解します。
さらに考えると、金属間化合物と合金の共存状態というのは、筆者には分かりにくい存在です。鋼の場合なら、フェライトパーライトの組織をイメージできます。純鉄であるフェライトと鉄と炭素の金属間化合物であるFe3C(セメンタイト)が層状になってパーライトを作り、それとフェライトが混じる言わば2重構造ですが、セメンタイトが金属間化合物で、フェライトパーライトが合金的存在・・・(普通、鉄と炭素の場合は合金とは言わないが)と言えるかも知れません。鋼鉄の凝固では必ず偏析が発生しますから固液界面の炭素濃度は随時変化します。その結果、鉄と炭素の比率が局所的に3:1になった瞬間にセメンタイトが生成し、他の濃度域では炭素が追い出され純鉄であるフェライトになる訳です。そう考えると鉄炭素合金である鋼では、必然的に極めて硬いセメンタイトが鋼中に存在することになります。この結果、鋼は千変万化のとても面白い金属になったのです。鋼中に分散する金属間化合物は、他にもあります。ニオブカーバイト(NbC)も、鋼の強靭化に非常に有用です。うむ、鉄と鋼は実に面白い金属です。
非鉄の世界は筆者の専門とは違うので詳しくは語れませんが、こちらも金属間化合物を考えると非常に面白い現象が見つかります。
そもそも論ですが、非鉄金属の場合、鋼と違って、熱処理や炭素添加で強度や硬度を上げるのは難しく、どうやって強度を上げるかは長年の課題でした。有力な手段は時効硬化で、アルミの場合のジュラルミン、超々ジュラルミンがこれに該当します。当然ですが単体の金属では無理で合金化が鍵です。銅の場合では、時効硬化/析出効果で硬度の向上を図った例としてベリリウム銅が有名です。これは銅の組織中にベリリウムやコバルトが固溶した状態で、時効硬化/析出効果で硬度が向上しますし、焼き入れ焼き戻しも可能です。
そしてその次にあるのが金属間化合物の活用です。筆者は銅こそが、金属間化合物による強度/硬度の向上が期待できる金属だと考えます。
銅合金として最もありふれた黄銅について考えます。
黄銅(つまり銅と亜鉛の合金)の場合、銅と亜鉛は任意の比率で混ざり合い合金となりますが、ある比率では金属間化合物となります。具体的にはCu:Zn=1:1で金属間化合物になるのですが、これが筆者を混乱させます。
黄銅も真鍮も、モル比を考えると、銅の方が亜鉛よりずっと多いので、全体では1:1の比率にはなりません。しかし時間をかけて凝固する場合、前述の通り、必ず凝固過程で偏析が生じます。つまり合金の濃度勾配が生じ、局所的には1:1の比率になる状態ができます。そうすると、合金の中に金属間化合物が混在する形となります。これは鋼のフェライトパーライトと同じ考えで説明できます。その場合、銅合金の強度はどうなるのか?耐摩耗性はどうなるのか? 金属間化合物が合金中に分散した状態をイメージすると、より硬い物質が混じるのですから、強度向上に寄与すると考えるのが自然です。確かに黄銅は単体の銅よりも強度/硬度が高いはずです。それでも筆者にはうまくイメージできません。
以前、アイスクリームの中に氷の粒が混じった氷菓があり、筆者の鉱物でした。舌に乗せると、まろやかなアイスクリームに硬い氷の粒が混じって、一つのアクセントになっていました。合金中に金属間化合物が混じった状態とはそんなものかな・・・?と全く非科学的なことを考えます。
さらにそれを発展形としたのがコルソン合金であると筆者は思います。これは銅の中に、ニッケルとシリコンの金属間化合物を析出させたものです。Ni:Siを2:1にしてNi2Siの金属間化合物をつくり、銅合金中に分散させる訳ですが、実際にはメーカー各社で工夫し鼻薬として、亜鉛やマグネシウムを添加しオリジナリティを出しています。
鋼のフェライトパーライトや黄銅と違い、金属間化合物中にはベースの銅は含まれず、溶質元素であるNiとSiで構成されるというのが特徴です。
このコルソン合金は、前述のベリリウム銅と違い毒性がなく、電気伝導度や熱伝導度にも優れ、強度や耐摩耗性にも優れます。ベリリウム銅だって、舐めたり切削加工時の粉塵を吸い込まない限り、体に害は無いのですが、やはりリサイクルを考えた場合、鉛やカドミウムと同様、ベリリウムは避けたい金属です。
銅を生産する業界は、大規模な精錬設備を持ち、銅地金を大量に生産する、財閥系などの大手メーカーと、特殊な銅合金を固有の技術を駆使して製造する中堅メーカー、更に圧延工程や電解工程で銅箔や銅管を製造するメーカーに分かれ、それなりに棲み分けができています。しかし、どの会社も製品の高付加価値と新規需要の開拓に熱心です。その中で比較的新しい合金で、バリエーションも多いコルソン合金に各社が注目するのは当然です。
銅合金の中では、将来需要が急増すると見込まれる品種で、かつ大手の精錬メーカーも、中堅の銅合金メーカーの両方からアプローチできる合金です。三菱マテリアル、三井金属、JX金属、DOWAメタルテック、古河電工、中越合金鋳工、大和合金/三芳合金等、多くの企業がコルソン合金製造を進めています。高い電気伝導度と高い耐摩耗性を活かし、主たる用途はコネクターなどの電子部品ですが、筆者はこれから用途がますます広がると考えます。
例えば、高速鉄道の架線です。新幹線などの高速鉄道で最高速度を上げるには、様々な課題解決が必要ですが、架線集電用の電線やパンタグラフの性能改善も大きな課題です。実際、新幹線で運休や遅れが発生する理由には架線故障がかなり含まれます。高速でパンタグラフが摺動することで架線が摩耗し断線するのです。コルソン合金を架線に使用することで性能改善が可能です。
実際、東海道新幹線では固溶強化型の硬銅トロリ線を使用していましたが、より高速走行が求められる東北新幹線(八戸・新青森間)では、析出強化型銅合金トロリ線(PHCトロリ線)が使用されています。強度的には、鋼を芯にして周囲を銅でくるむ銅覆鋼トロリ線(CSトロリ線)も優れており、北陸新幹線や九州新幹線に使われていますが、こちらはリサイクル時に銅と鋼が混じって、リサイクルを非常に難しくします。析出強化型銅合金は極めて有用です。
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それ以外でも折り畳み式のノートパソコンでは疲労強度の高い銅箔が求められ、コルソン合金の使用が最適と思われます。
そしてもう一つ、密に筆者が考える用途はレールガンです。火薬を使って砲弾を飛ばす従来の大砲と異なり、ローレンツ力(フレミング左手の法則)で砲弾をマッハ6以上の高速で飛ばすレールガンは理想の大砲と言えます。しかし各国とも開発に苦慮しています。既に米国は諦めましたが、日本の防衛装備庁は開発に成功したと発表しています。
防衛装備庁、レールガン(電磁砲)の洋上射撃に成功 火砲と比べた利点と課題は? - CNET Japan
ここでの成功とは120発以上の連射を可能にしたということです。
レールガンの課題は、電力を一時的に蓄えるキャパシターの性能や、高性能な冷却装置など多くありますが、特に問題となるのは集電部分に用いられる銅合金の損耗です。高温と強い摩擦で銅合金が変形・損耗して連射に耐えないのです。筆者は、日本だけがレールガンの開発に成功したのは、特殊なコルソン合金を採用できたからであると推測します。勿論、その合金組成は最高の機密事項であり、筆者には伺い知れませんが、日本企業が開発した特殊合金(おそらくはコルソン合金の派生型)であることは間違いありません。
このように多くの可能性を秘めたコルソン合金ですが、問題も多くあります。
第一にリサイクルの難しさです。JRの架線(トロリー線)であれば、まとめて回収して再溶解・再利用できますが、小規模なコルソン合金の場合、回収後に銅からニッケルとシリコンを分離することはかなりやっかいです。さらに言えば、各社それぞれに工夫して添加している鼻薬の元素を分離するのは大変です。コルソン合金と一括りにしますが、規格化・標準化が遅れ、多くの品種ができてしまったことがリサイクルを難しくしています。
そうは行っても、新幹線の架線で申しましたように、鉄と銅が混じった場合の問題に比べれば容易であり、「鉄を混ぜなくても同じ強度が出せる素材」として考えた場合、コルソン合金の優位性は高いと思われます。
第二の問題点は、電解銅箔に応用するのが難しいことです。電解銅箔は純銅のフィルムを作るのに適していますが、金属間化合物を混ぜた形での箔製造は難しいでしょう。より軽量・小型化を志向する情報家電の世界で、電解銅箔に使えないのは、大きな制約です。
話を元に戻します。自衛隊の艦船に積む艦砲がレールガンになったとしても、私たちがその射撃シーンを見ることはまれでしょう。一方、新幹線のトロリ線の材質の変化は目で確認することが可能かも知れません。前述の通り、新幹線のトロリ線には、固溶強化型の銅合金、鋼を銅でくるんだ銅覆鋼トロリ線(CSトロリ線)、析出強化型銅合金トロリ線(PHCトロリ線)の3種類が用いられており、高速化と耐久性向上、リサイクル性などの観点から析出強化型銅合金トロリ線(PHCトロリ線)がどんどん増えていく見込みです。鉄オタの人達は、路線ごとに違う架線の材質を知っていて、パンタグラフとの間に飛ぶスパークの火花の色が微妙に違う・・と噂しますが、本当のところは分かりません。
コルソン合金の普及に伴い、銅合金の業界地図も変化するかも知れません。より高い技術でより高性能の合金を提供する会社が優位に立つでしょう。それは大企業とは限りません。
ちょうど軟らかい銅の組織の中に、非常に硬い金属間化合物が存在することで全体の強度を上げるように、日本の銅メーカーの中に小粒でキラリと光る会社が存在することで産業全体の強度を上げるそんな時代が来ていると、筆者は考えます。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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