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元鉄鋼マンのつぶやき#164 原研と動燃

2026/04/14 09:00
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元鉄鋼マンのつぶやき#164 原研と動燃

「棺を蓋うてその人物の評価が定まる」と言います。「文芸春秋」には「蓋棺録」というコラムもあります。それに倣って比較的最近亡くなった不破哲三なる人物を考えてみます。不破哲三は実兄の上田耕一郎と共に日本共産党の幹部で議長も務めています。宮本顕治に可愛がられ、志位和夫にその地位を譲るまで、長く共産党のトップに君臨しました。昭和時代の共産党には一種の東大閥がありましたが、不破も東大で物理を学んでいます。

 

どうでもいいですが、彼の卒業論文は『スェーデン独楽はどうして倒立するか?』です。スェーデン独楽とは、回転すると自動的に逆立ちする独特な独楽(コマ)で、長い間どうして逆立ちするのかは謎でした。戦後の物理学科(理論物理)では、量子力学を学ぶか、相対論を学ぶか、解析力学などの古典力学を学ぶか・・といった選択肢がありますが、この卒論を見る限り、不破哲三は最後の選択肢を選んだようです。

 

しかし、その卒論の内容には疑問があります。スェーデン独楽があえて重心を高くした位置で安定するのは、床面との複雑な摩擦が関係しており、その正確な挙動が解明されたのは最近です。実際、摩擦をほとんどなくした特殊な床面上で回転させても、スェーデン独楽は倒立しません。そしてその解明よりずっと前に書かれた不破哲三の卒論に、正確な現象解明がなされていたとは思えません。という事は彼の論文には誤謬があるのか?ということになります。

 

話が脱線しましたが、不破哲三は在学中から既に共産党員だったようで、大学の教室で講義が始まる前にオルグ活動をしていたようです。学生の誰からも相手にされず、悔しそうに引き下がる様子を見たという人がいます。筆者は東大とも物理学科とも縁が無いので、勿論これは伝聞です。

 

しかし、彼の影響を受けたのか、戦後の物理の研究者には左翼思想に染まる人が多くいました。それは発足後間もない原子力研究所にもいました。これは非常に困ったことです。しかしソ連(当時)には好都合なことでした。

 

ここから20世紀の核兵器開発の話に移ります。

 

第二次大戦後、核兵器(原爆)は、開発者の米国の意図に反して複数の国に拡散しました。核兵器製造技術は、まずローゼンバーグ博士夫妻のスパイ行為によりソ連に伝わりました。ソ連の核実験は1949年に成功しています。3番目の核保有国である英国は米国のマンハッタン計画に参加した後、戦後に独自開発で原爆製造に成功しました。1952年です。フランスはスエズ動乱の後、核兵器の必要性を悟り、一種のスパイ行為により1960年に核実験に成功しました。中国はソ連から技術を導入し1964年に核実験に成功しています。その後長い間、核兵器はこの5か国に独占されていました。

 

東西冷戦の下、両陣営はそれぞれ相手側の核保有国が増えることを極度に恐れました。具体的な対象国は、核兵器を開発する能力があるがまだ保有していない国・・・つまり日本です。旧ソ連や中国は、日本が核兵器を保有することを恐れ、それを妨害することに努めました。

 

核兵器を開発する上で、鍵となる技術は2つです。ひとつは全方位から均等にウランを爆縮するための爆薬の配置の計算、もう一つはウラン235を高濃度に濃縮する技術です。前者は火薬についての知見があれば計算できます。後者のウラン濃縮技術には、ガス拡散法、遠心分離法、化学法、レーザー法など各種の方法がありますが、90%以上の核兵器級に濃縮するのは容易ではありません。核を保有する各国は、ウラン濃縮技術が一つのネックになって核兵器は拡散しないと考えました。1950年代のことです。

 

しかしここに盲点がありました。民生用の原子炉として最初期に稼働した英国のコールダーホール原子力発電所は、黒鉛で中性子を減速し二酸化炭素で冷却する(つまりマグノックス型)炉で、これは各兵器級のプルトニウム(ウラン239)を自動的に生成する原子炉でした。発電する一方で、副産物としてプルトニウムを大量に製造するのです。これを使えば大規模なウラン濃縮設備なしで原子爆弾を製造できます。

 

プルトニウム自体は現代の軽水炉でも生成しますが、再処理工場で処理しないと分離回収できません。マグノックス炉を用いてウラン濃縮工程無しで原爆を製造できるとなると、これは問題です。旧ソ連や中国は、日本の核武装化を防ぐために、民生用の原子力発電をも妨害することになりました。

 

旧ソ連や中国は、日本国内の友好政党である日本共産党や日本社会党(当時)を通じて、原子力発電に反対することにしました。全く異なる原子爆弾と民生用の原子力発電とを意図的に混同させ、原水協や原水禁を通じて、原子爆弾の惨禍になぞらえて原子力発電所の建設に反対するキャンペーンを開始しました。

 

日本の原子力平和利用を研究する、原研(日本原子力研究所)にもその勢力のシンパが存在しました。彼らが不破哲三に感化されたかは不明ですが、原子力開発を研究する研究者が原子力発電所に反対するという奇妙な矛盾が生じたのです。

 

一方、マグノックス炉は、その効率の悪さやメンテナンス性の悪さから使われなくなり、原子力発電所は軽水炉(沸騰水型と加圧水型)が主流になりました。勿論、隠れた理由としてプルトニウムの取り出しが困難な炉に切り替えたという説もあります。つまり民生用の原子力発電所に反対する理由は無くなったのですが、左翼運動にありがちな「手段の目的化」によって原発反対活動は続くことになったのです。ちなみに軽水炉の場合、核燃料のウラン235の濃縮度は3%程度で、核兵器用とは程遠いレベルです。

 

原子力推進を図るべき研究所の研究員が(あくまで日本だけの)原発に反対するという矛盾を問題視した人物がいました。東海村のある茨城県を地盤とする政治家である梶山清六です。彼は左翼思想に染まっていない研究組織を新たに作ることにし、原子燃料公社を元に、動燃(動力炉・核燃料開発事業団)を発足させました。

 

基礎研究を主体にした原研と実用炉の開発やウラン燃料の開発を主体に行う動燃で性格が異なるから別の研究組織にした・・と言いますが、これはペテンです。両者の研究は一つの組織で行っても何の支障もありません。敢えて組織を分ける必要は何もありません。

 

左派系の思想を排除した動燃は、当然ながら左派系が主体のマスコミから目の敵にされました。原研も動燃も、そして日本原子力船開発事業団(原子力船「むつ」を開発していた)も、トラブルは同じように発生しましたが、動燃は特に叩かれました。高速増殖炉や新型転換炉の開発を目標にしましたが、高速増殖炉の開発は、ナトリウム漏出事故で挫折し、マスコミはさらに糾弾しました。その後1998年に「核燃料サイクル機構」と改称し、ついに2005年には原研と統合して「日本原子力研究開発機構」に改組されました。

 

茨城県を地盤にした政治家で、「動燃」の設立に尽力した梶山清六は、その自叙伝で、自分が産みの親である動燃でトラブルが多く発生し、結局原研に統合されたことに忸怩たる思いがある・・と語っています。

 

日本での核兵器原料製造を防止するために、原発に反対した勢力は、今でも原発の再稼働や新設に反対しています。昔のマグノックス炉と違い、今の軽水炉は、再処理しなければ核兵器の原料は作れません。旧ソ連や中国が恐れた、日本の核武装化とは無関係なのです。もっとも、日本には使用済み核燃料の再処理工場がありますし、フランスにも再処理を依頼していますからプルトニウムはふんだんにあります。今更原発に反対しても無意味です。

 

それでも「手段の目的化」により原発反対運動は続いています。反対派は、最終処分場の問題や、福島の処理水の問題などにかこつけて、(日本での)原発に反対しています。泉下の不破哲三、もって瞑すべしというところです。

 

世界を見渡すと、核兵器の原料の製造に余念のない国は多くあります。北朝鮮はマグノックス炉を建設・操業してプルトニウムを製造しています。当初北朝鮮は、原発を民生用で発電用だと主張していましたが、衛星写真で見ると、この発電所からは送電線が出ておらず、一目で嘘と分かります。

 

今、注目のイランは遠心分離法でウラン235を60%まで濃縮しています。普通の軽水炉の燃料にするには、3%程度の濃縮で十分です。一方、核兵器に用いるには90%程度の濃縮が必要です。イランが平和利用のためのウラン濃縮だと言っても無理があります。米国とイスラエルは、イランのウラン濃縮が90%に達する前に、これを防止しなければならないと考えて、イラン攻撃をした訳です。

 

確かに米国とイスラエルによる攻撃は一方的で、国際法に抵触する可能性は否定できません。しかし一方で、核兵器拡散を防ぎたいという事情も理解できます(なぜか、日本のマスコミはこの事情をほとんど報道しません)。動燃を執拗に叩いていた頃の左派系のマスコミと同じ臭いがします。

 

今、時代は変化しています。福島第一原発の事故の教訓を踏まえ、日本の原発はより安全になっていますし、三菱重工はマイクロ炉を開発しました。マイクロ炉 | 三菱重工

 

また日立はGEベルノバと共同で、次世代小型原子炉を開発しました。研究開発・新型炉:日立GEベルノバニュークリアエナジー株式会社

 

どちらも従来の巨大施設ではなく、小型化すると同時に安全性を高めた原子炉です。特に三菱のマイクロ炉は、使い勝手がよく、災害時の非常用にも使えます。これらはこれからの脱炭素化の切り札にもなりえます。

 

しかし、マスコミはなぜかあまり報道しません。少し不思議です。原子力と名前が付く限り、(日本での)採用は何としても阻止したいかのようです。

 

脱炭素化とエネルギー問題の最終的な解決策は核融合発電だとする意見があります。無論、それを否定する考えはありません。しかし、核融合発電が実用化するまでのつなぎをどうするのか?

 

イランのウラン濃縮が招いた今回のイラン攻撃のような事態を、今後防ぐにはどうするのか? あるいはその結果生じたホルムズ海峡封鎖と、それによる、石油・天然ガス、あるいはアルミ地金の価格高騰と需給ひっ迫をどうするのか? 筆者は核融合までのつなぎであるとしても、核分裂型の原子力発電はやはり重要であり、より安全で使いやすい新型原子炉の開発・普及は重要課題であると思います。今、多くのプロジェクトは民間企業で行われていますが、この分野で「日本原子力研究開発機構」が活躍する余地は極めて大きいと思います。

 

そうなれば、泉下の梶山清六、もって瞑すべし となります。

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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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