世界のコバルト市場は今、かつてないほどの劇的な構造再編の真っ只中にある。2025年、コンゴ民主共和国(DRC)がそれまでの輸出禁止措置を輸出割当制度へと転換したことは、市場に大きな衝撃を与えた。これにより、それまでの「供給過剰によって価格は低迷し続ける」という市場の共通認識は根底から覆されることとなったのである。2026年に入り、世界のコバルト市場は前年に形成された「段階的な供給過剰から絶対的な不足への転換」という大きなトレンドを維持しており、需給バランスはさらに逼迫の度を強めている。
まず供給側に目を向けると、原料構造において極めて深い再構築が進んでいることがわかる。中国におけるコバルト原料の供給構造は、未曾有の調整局面を迎えている。最新のデータによれば、2026年第1四半期において、中国のコバルト製品原料に占める水酸化コバルトの割合は約10%という極めて低い水準にまで低下した。その一方で、ニッケル湿式製錬の副産物である混合水酸化物沈殿物(MHP)の輸入比率は15%を超え、さらに再生原料(リサイクル)の比率は30%を超える水準へと急増している。この変化は、中国のコバルト供給モデルが、これまでの「DRC由来の中間品」に過度に依存する体制から、「インドネシア産のMHP」と「リサイクル原料」という多角的な供給源によって補完される新たな構造へと加速的に移行していることを如実に物語っている。
この構造変化は、特に硫酸コバルトの原料構成において顕著に表れている。中間品の比率が40%を下回る一方で、高コバルトブラックマス(廃電池を粉砕・選別した濃縮物)の比率が30%に達している。このような再生原料の台頭は、中国国内において電気自動車(EV)などに搭載された動力電池の退役ラッシュが本格化し、リサイクル市場が急速に拡大している状況を反映したものといえる。専門機関の予測では、2026年の中国における再生コバルト製品の生産量は、金属量換算で約3万トンに迫る勢いであり、今後も中長期的にわたって安定的な増加傾向を維持する見通しである。
しかし、こうした供給源の多角化が進む一方で、依然としてDRCの輸出割当制度が世界の供給側における核心的な制約要因であり続けている事実は見逃せない。2026年のDRCにおける輸出割当量は9.66万トンに設定されたが、これは2024年比で55%という大幅な減少である。特に世界的なコバルト生産者である洛陽モリブデン(CMOC)が取得した割当量はわずか3.12万トンにとどまり、同社の2025年の生産量である11.75万トンの3分の1にも満たない状況となっている。このことは、膨大なコバルト鉱山の生産能力が、資源国側の政策によって事実上「凍結」されていることを意味している。世界のコバルト流通の命運は、依然として資源ナショナリズムを背景とした資源国の政策決定という「見えざる手」によって厳しく握られているのである。
一方、需要側においても「構造的分化」という新たな課題が浮き彫りになっている。長年コバルト需要を牽引してきた車載用三元系動力電池(NCMなど)の市場シェアは、安価なリン酸鉄リチウム(LFP)電池による浸食を激しく受けている。2026年第1四半期の中国市場における動力電池搭載量において、LFPの比率は79.3%という圧倒的な水準に達し、三元系は20.7%という限定的なシェアにとどまった。コバルト価格の高騰と供給不安への懸念から、メーカー各社はコバルトの使用量を削減する動きを強めており、2026年第1四半期の前駆体製造におけるコバルト消費量は、1トンあたり金属換算で0.06トンを下回る水準まで低下した。
さらに、これまで需要の柱の一つであったスマートフォンなどの民生用電子機器(3C製品)分野もまた、強い逆風にさらされている。半導体チップ価格の急騰が製品コストを押し上げていることに加え、一部の企業がコスト削減のために正極材へのコバルト使用量を抑制する動きを見せている。その結果、2026年の3C向けコバルト需要は前年を下回る減少傾向となる見通しである。このように、従来型の需要原動力には一部で陰りが見え始めている。
しかし、こうした旧来の市場における停滞とは対照的に、全く新しい領域から次世代の需要が芽吹き始めている点には注目すべきである。人型ロボットの普及や、ドローンや空飛ぶクルマといった「低空経済」の発展、さらには再生可能エネルギーの導入拡大に伴う大規模エネルギー貯蔵発電所といった新興領域が、コバルト消費の新たな成長空間を切り開きつつある。また、中長期的な視点に立てば、次世代電池の筆頭候補である全固体電池技術は三元系正極材との適合性が高く、海外市場における三元系電池の採用比率も依然として高水準を維持している。これらの要因は、コバルト需要の持続的な成長を支える強力なバックボーンとなることが期待されている。
現在の市場価格の動向を見ると、需給の激しい綱引きの中で「底値は固いが、上値も重い」という、いわば膠着状態に近い展開となっている。2026年5月中旬時点での中国のスポット精製コバルト価格は1トンあたり42.5万元前後、コバルト中間品価格は1ポンドあたり26ドル付近で推移している。供給面では、DRCから出荷された貨物が物流の要所である南アフリカの港湾で滞留しており、市場への本格的な到着が7月以降にずれ込む可能性が高い。この供給の段階的な逼迫が、現在の価格を下支えする大きな要因となっている。
特筆すべきは、市場参加者の多くが下半期の相場に対して楽観的な見通しを抱いている点である。現物の保有者は将来的な価格上昇を見越して強気な価格提示を崩しておらず、一部の鉱山企業などは既に市場で中間品を買い付ける動きを見せている。これは、現在の価格水準が底値圏にあると判断し、需要が本格的に回復する下半期に向けた在庫確保の動きが進んでいることを示唆している。SMMによる需給バランスの試算によれば、2026年下半期のコバルト価格は、何らかの外部要因による攪乱があれば即座に急騰しかねない「下がりにくく上がりやすい」展開が予想されている。
2026年のコバルト市場が直面している状況は、単なる一時的な価格変動ではなく、産業構造そのものの「三重の転換点」にあるといえる。それは、原料構造の多元化、需要構造の分化、そして価格中心点の上方シフトである。DRCの割当制度による供給の弾力性低下は、市場のルールを根本から変えてしまった。その一方で、インドネシアのMHPやリサイクル資源の台頭は、供給リスクに対する新たな緩衝帯(バッファー)として機能し始めている。
資源ナショナリズムの台頭とサプライチェーンの安全保障が国家レベルの課題となる中で、中国のコバルト市場における構造調整は、そのまま世界の産業チェーン全体の方向性を左右する力を持っている。リサイクル技術の高度化や代替材料の開発が進む一方で、新興技術が新たな需要を創出するというダイナミックな循環の中で、コバルト市場は今、新たな均衡点を探るための重要なプロセスにある。この市場が今後どのような軌道を描くのかは、脱炭素社会の実現に向けたエネルギー転換の成否を占う上でも、極めて重要な指標となるだろう。
編集・IRuniverse