5月22日、MIRU取材チームは資源リスクを低減する「EV主機向けレアアースフリーモーター」を開発したAstemo株式会社を訪問し、開発経緯や技術的な特徴、今後の課題についてお話を伺った。
資源リスクを背景にレアアースフリーモーターを開発
Astemoはネオジム磁石のサプライチェーンに対する地政学リスクの高まりを背景に、レアアースを使用しない新型モーターを開発した。
ネオジム磁石は、鉄とホウ素を主成分とした合金にレアアース(希土類)の一種であるネオジムを添加して作られる永久磁石である。非常に強い磁力を発揮することから、EV向けモーターや電子機器、風力発電設備など幅広い分野で利用されている。近年、EVや風力発電の普及拡大に伴って高性能ネオジム磁石の需要が急速に増加しているが、その原料となるネオジムの採掘や分離精製では中国が世界シェアの大半を握っている。
2011年には尖閣諸島問題を契機にレアアース価格が高騰し、日本メーカー各社はネオジム磁石の代替技術開発を加速させてきた。2013年頃にはネオジムの価格が落ち着き、産業界では再びネオジム磁石を採用する動きも見られたものの、Astemoでは「レアアースの高騰や供給制限が再び起こる可能性は消えていない」と判断し、継続的に研究開発を進めてきたという。その後、2025年の米中間の関税措置を巡る緊張や、2026年に中国が実施した日本に向けた希土類関連の輸出規制措置により、ネオジム磁石の調達リスクが再び顕在化した。
近年、日本のみならず世界中でレアアース依存脱却に向けた代替技術への関心が高まっており、欧州でもEVのサプライチェーン全体で「資源リスク回避」が重要テーマとなっている。特に、欧州委員会によるCRMA(重要原材料法)も追い風となり、自動車OEM各社はネオジム磁石の調達リスク分散を重視する姿勢を強めている。
レアアースフリーモーターの実現手段としては、ネオジム磁石からフェライト磁石への置き換えに加え、磁石を使わないIM(誘導モーター)や、EESM(巻線界磁モーター)などの選択肢がある。例えば、欧州ではBMWなどでEESMが採用されており、米国ではTeslaが2011年のレアアースショックを契機に、前輪(駆動輪)にネオジム磁石モーター、後輪(非駆動輪)にIMを組み合わせることでレアアース使用量を削減している。
しかしながら、レアアース依存を回避するためにEESMやIMを採用すると、大量の銅を必要とする。近年、銅資源はEVや再生可能エネルギー、データセンター向け需要の拡大を背景に需要が急増しており、価格高騰と供給逼迫への懸念が強まっている。このため、Astemoは銅使用量を増やさない方向性を重視し、同期リラクタンスモーターをベースにフェライト磁石を補助的に組み合わせた構成を採用した。
フラックス構造でフェライト磁石の弱点を補完
同期リラクタンスモーターとは、磁石を使わずローターとステーターの磁気抵抗(リラクタンス)の差によって発生する「リラクタンストルク」を利用して回転するモーターである。


フェライト磁石の残留磁束密度は約0.45T程度と、約1.2Tのネオジム磁石と比較して約3分の1に留まるため、単純にネオジム磁石から置き換えた場合は同等性能を得るためにモーターの体積が3倍に増大してしまう。これに対し、Astemoは同期リラクタンスモーターの構造を見直し、磁力を伝える経路を複数層に分ける「多層フラックス構造」を開発した。これは、ローターコア内部に磁極が形成されるよう電流を最適制御することで、従来ネオジム磁石が担っていた強力な磁力を補完し、リラクタンストルクを増大させる設計となっている。さらに、多層フラックス構造を持つ同期リラクタンスモーターにフェライト磁石を補助的に埋め込み、磁石トルクも活用。このフェライト磁石補助型同期リラクタンスモーターは、従来のネオジム磁石モーターと同等の出力180kWの出力を維持しつつ、体積増加を30%に抑えることに成功した。
この体積増加は自動車のパワートレインに換算すると、軸方向で数センチ程度拡大にとどまるという。近年のEVでは前方スペースに比較的余裕がある車種も多く、モーターの延長方向も車軸方向となるため、本レアアースフリーモーターを採用してもトランク容量など車室空間への影響は限定的とされる。また、重量増加についても数kg程度に収まる見込みである。一方、副駆動モーター向けには磁石を一切使用しない同期リラクタンスモーターを開発し、惰行時のエネルギーロスを抑えつつ最大135kWまでの出力領域をカバー可能としている。
本レアアースフリーモーターはモーター部分のみを変更する設計思想を採用しており、インバーターやギアユニットは既存システムを流用可能としている。また、インバーターハードウェアだけでなく制御ソフトも既存資産を活用でき、既存の同期リラクタンスモーターや永久磁石モーター向けの制御アルゴリズムを適用可能だという。
レアアースフリーモーターの実用化の目標は2030年代
同期リラクタンスモーターは家電用途などで広く普及しており、Astemoではそこへ独自のフラックス構造技術を組み合わせ、自動車向けへ最適化した点を差別化要素としている。本モーターのモックアップは、2025年10月30日からJapan Mobility Show 2025で展示された。会場では自動車メーカー各社とのディスカッションも行われ、「この程度のサイズ増加であれば、フェライト磁石モーターへの置き換えは現実的な選択肢になる」といった反応が得られたという。Astemoでは今後、自動車メーカーとの具体的な協議を進め、レアアースフリーモーターの実用化・搭載に向けた取り組みを加速していく。
Astemoは本レアアースモーターの実用化の目標を2030年代としているものの、その狙いは単純な「全面フェライト化」ではなく、将来的な資源リスクや地政学リスクに備え、自動車メーカーが選択可能な技術オプションを持っておくことにあるという。今後は量産技術確立とともに、自動車メーカーとの具体的な協議を進めていく考えだ。

レアアースを巡る地政学リスク顕在化を受け、筆者はネオジム磁石を取り巻くサプライチェーンや代替技術について調査を進めてきた。業界関係者の間では「本来は高性能なネオジム磁石を安定的に活用できる環境を維持することが、性能や効率の観点から見れば望ましい」という意見も多い。
しかしながら、仮に平時にはネオジム磁石が最適解であったとしても、供給制限や価格高騰が発生した際に産業全体が停止してしまう状況は避けなければならない。その意味で、フェライト磁石モーターやEESM、IMなどの代替技術を「すぐ使える選択肢」として持っておく重要性は今後さらに高まるだろう。
日本は過去にもオイルショックを契機としてエネルギー構造転換を進め、石油依存からLNG活用拡大や省エネ技術強化へ舵を切ってきた歴史がある。今回のレアアース問題についても単なる調達問題として終わらせるのではなく、日本企業が持つ材料・制御・生産技術を活用しながら、新たなモーター技術やサプライチェーン構築へつなげていくことが期待される。
今後は中国の輸出規制動向だけでなく、欧州を中心としたレアアースフリー要求の広がりや自動車メーカー各社のモーター採用戦略、さらにフェライト磁石モーターの量産技術確立やコスト競争力の進展に注視していきたい。
(IRuniverse Midori Fushimi)