Loading...

青山学院大学・長谷川美貴教授に聞く希土類錯体が拓く光材料の未来(後編)

2026/08/03 09:07 FREE
文字サイズ
青山学院大学・長谷川美貴教授に聞く希土類錯体が拓く光材料の未来(後編)

MIRU取材班は7月16日、青山学院大学・理工学部の長谷川美貴教授を訪問。前編では長谷川教授の研究内容について述べたので、後編となる本報では長谷川教授の研究哲学や学外での活躍について報告する。

関連記事:青山学院大学・長谷川美貴教授に聞く希土類錯体が拓く光材料の未来(前編)

 

研究スタイルと希土類研究への期待

長谷川教授は学生の頃、分子が関わるスペクトル解析を専門とする星敏彦教授の研究室(同大理工学部)で、分光分析や計算化学を含む実験系の物理化学を学んできた。目の前で起こる現象やデータを出発点に分子材料を設計することが最高に楽しいと思う。分光分析や計算化学を学んだ経験を生かして希土類の特性を分子設計によって引き出し、新たな現象を見いだす研究スタイルを貫いている

長谷川教授が一貫して追い続けてきた研究の本質は、「現象を理解し、それを分子設計へ反映させる」という言葉に集約される。希土類という個性的な元素の可能性を引き出し、光、磁気、電気、さらには力学的エネルギーまで自在に変換する材料を生み出す。その挑戦は一つの発光材料の開発にとどまらず、次世代のエネルギー・情報・センシング技術を支える新しい材料科学へと広がり続けている。

現在、希土類分野の研究室を主宰する研究者の多くは学生時代に体系的な教育を受けたのではなく、研究を始めてから独学で希土類化学を学び、研究領域を築いてきた世代である。長谷川教授自身も、その一人で、博士を取得した後から希土類を扱うようになった。だからこそ、今後もこれまでの研究者が蓄積してきた知識や技術を未来にむけた世代へとつないでいかなければならない。長谷川教授は、若い研究者が希土類の世界へ入り、新たな視点から未解明の現象に挑戦することを期待している。

 

IUPACと世界の研究者との歩み

長谷川教授は53の国・地域の研究者が参加し、化学分野の国際標準を定める組織であるIUPAC(国際純正・応用化学連合)の一員である。IUPACは世界中の化学者や関連学協会が参加する国際的な学術機関であり、化学に関する専門用語、記号、測定単位などの世界的な標準化を担っている。

化学物質には、原子の種類や数、結合の仕方に基づいて体系的に名称を付けるルールがある。日常生活ではエタノールやメタノールといった慣用名が使われることが多いが、論文や国際共同研究では同じ物質に対してどの国でも特定できる共通言語が欠かせない。国や地域、研究者ごとに異なる名称を使っていては、研究成果を正確に共有することはできない。そこで、IUPACは物理・生物化学、無機化学、有機化学、高分子化学、分析化学など各分野において、用語や命名法、定義を国際的に整備している。その役割は、既存の物質に名前を付けることだけではない。新しい研究分野や新材料が誕生した際、その概念をどのように定義し、どのようなルールで分類するかを議論し、世界共通の基準を築くことも重要な使命である。

長谷川教授は約15〜16年前、IUPACのプロジェクトでMOF(Metal–Organic Framework:金属有機構造体)の命名規則に関する議論にも携わった。MOFは、金属イオンと有機分子が規則正しく結び付いてできる多孔質材料であり、内部に無数の微細な空間(細孔)を持つことから、ガス吸着・分離や触媒、センサーなどへの応用が期待され、近年急速に研究が広がっている。しかし、研究分野が立ち上がった当初は、構造や材料の呼称が十分に統一されていなかった。研究者がそれぞれ独自の名称を用いると、同じ構造が別々の名前で報告されたり、反対に異なる材料が似た名称で扱われたりする可能性がある。そこでIUPACでは、MOFをどのように定義し、命名するかについて各国の専門家と議論が行われた。長谷川教授も国内外の研究者と議論を重ね、共同研究や共著論文を通じて命名規則の整備に取り組んだという。

また、IUPACの無機化学分野で中核的な役割を担い、ニホニウム(Nh)の命名にも関わった。このほか、長谷川教授は2025年にノーベル化学賞を受賞した北川進教授の文部科学省科研費特定領域研究プロジェクトに、研究室が独立した頃に参画し、共同研究を通じ共著論文の指導を受ける機会を経験する等、国際的な研究活動を続けてきた。ウイーン工科大学W. Linert教授とは学生時代から30年間共同研究を続け、共著論文は15報を超える。こうした活動を通じて長谷川教授が実感したのは、科学が国境や政治的な対立を越えて人と人を結び付ける力を持っているということだった。

その象徴として挙げるのが、超重元素の研究である。人工的に合成される超重元素は極めて寿命が短く、生成されても瞬く間に崩壊する。産業材料や資源として大量に利用できるものではなく、その存在を確認し、原子核の性質を明らかにすること自体が目的となる純粋な基礎科学の対象である。超重元素の発見には、大型加速器を用いた膨大な回数の実験が必要となる。日本の研究グループによる新元素探索では、四百兆回にも及ぶ衝突実験を重ね、最終的に観測できる原子はわずか数個という世界だ。

巨大な研究施設を建設し、長期間にわたって実験を続けながら、最後に確認できるのは数個の原子だけ。実用化や短期的な利益だけでは決して測ることのできない、基礎科学ならではの研究である。このような研究は、一つの国や一つの研究機関だけで完結するものではない。装置、資金、人材、解析技術を持ち寄り、国際的な協力体制の下で初めて成り立つ。

日本にも基礎科学を支える大型研究施設がある。J-PARCやSPring-8そしてNanoTerasuでは、原子や分子レベルの現象を解明するための最先端研究が日々行われている。大型研究施設は、建設にも運用にも莫大な費用を要する。しかし、その施設がなければ決して観測できない現象があり、生まれない知識がある。分子科学、材料科学の世界でも、目先の成果だけではなく、世界を見据えた貧困や平和やより生活しやすい社会のための長期的な科学技術基盤として維持することが、日本の研究力、モチベーションを支えている。そのためには日本で政府を含めた社会全体の理解や資金の仕組みが長期的な支援が必要である。

 

レアアースが持つ本質的な可能性

長谷川研究室が設立されたのは2002年であり、一貫して掲げてきた理念が「省エネルギー」と「効率向上」を意識した分子科学である。エネルギーを無駄なく利用すること、限られた資源から最大限の機能を引き出すこと、複雑な工程を減らし効率よく目的の性能を実現することである。

この理念をもとに、長谷川教授は既存技術の改良ではなく「0から1を生み出す研究」を一貫して追求してきた。レアアースの電子状態から生まれるさまざまな光の現象には、いまだ解明されていない点が数多く残されており、その本質を分子レベルで理解することが新たな機能性材料やエネルギー変換材料の創出につながると考えている。レアアースが秘める電子状態の本質を解き明かすことは、新たな学理の構築だけでなく、次世代の発光材料やエネルギー変換材料の創製にもつながる。

「これまでのレアアース研究は『機能があるから使う』という応用中心の研究が多かったと思います。しかし、その機能がなぜ生まれるのかという本質はまだ十分に理解されていません。だからこそ、もっと分子レベルから研究する人が増えてほしい。もっと若い研究者が、この分野へ入ってきてほしい」と述べる長谷川教授は、今後もレアアースが持つ可能性を切り拓き続けていく。


 

長谷川教授と、新たな発光材料の研究に取り組む研究室のメンバー

 

(IRuniverse Midori Fushimi)

Midori Fushimi

関連記事

新着記事

ランキング