2026年7月8日、東京理科大学と科学技術振興機構(JST)が「世界初、超急冷を必要としない強磁性正20面体準結晶を実現」と題するニュースリリースを発表。その内容に着目したMIRU取材班は7月27日、東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の田村隆治教授の研究室を訪問し、お話を伺った。
前編となる本報では研究の背景や技術的なブレークスルー、後編となる次報では準結晶の応用や新材料が切り出す技術革新について紹介する。
プレスリリース:世界初、超急冷を必要としない強磁性正20面体準結晶を実現 ~高品質試料の実現で準結晶磁性研究が新たな段階へ~
超急冷を必要としない強磁性準結晶
田村教授らは希土類元素を含む5元系Au-Cu-Al-In-R(R = Gd, Tb, Dy)合金において、通常のアーク溶解と熱処理のみで作製可能な世界初の強磁性正20面体準結晶を実現した。さらに、希土類元素の違いによる磁気臨界挙動を系統的に明らかにし、その起源が準周期構造とスピン対称性にあることを示した。本研究は、準結晶が組成設計によって磁気特性を制御できる新たな材料プラットフォームであることを実証した。
従来、強磁性準結晶を得るには、溶融した合金を極めて速く冷却する超急冷法が必要だった。しかしながら、超急冷によって生まれる準結晶は熱力学的に安定した状態ではなく、限られた条件でのみ存在する準安定相である。そのため、試料の高品質化や結晶構造の精密な解析が難しかった。今回の成果により、超強磁性準結晶は特殊な方法でしか作れない物質から通常の熱処理によって作製し、高品質化できる新たな磁性材料群へと一歩進んだ。
2010年、田村教授は準結晶とよく似た原子構造を持つ近似結晶において、磁気秩序が現れることを発見した。近似結晶は準結晶を構成する特徴的な原子クラスターを持ちながら、全体としては周期的な構造を形成する物質である。近似結晶で磁気秩序が現れるのであれば、周期性を持たない準結晶でも同様の磁性が生じるのではないか。そうした予想が研究の始まりだった。
しかし、当時は強磁性を示す準結晶が存在するという保証はなかった。そもそも、どの元素をどの割合で混ぜれば準結晶になるのかさえ明らかではなく、例えば三つの元素からなる合金であっても、組成の選択肢は膨大となる。経験から準結晶ができそうな領域を予想して元素を溶かして固めても、目的の構造が現れるとは限らない。新物質探索は、地図のない場所で目印を探すような作業であるという。
田村教授はまず、超急冷によって準結晶が得られやすい組成領域を探した。そのうえで、準結晶や近似結晶の構造、電子状態、磁性の関係を徹底的に調べた。2010年代後半になると、合金を構成する元素の平均価電子数を指標にすることで、磁性の違いを整理できることが分かってきた。強磁性、反強磁性、スピングラス的な状態が現れる領域を、平均価電子数によって見通せるようになったのである。
準結晶でも同じ平均価電子数を実現できれば、強磁性が現れる可能性がある。その設計指針を手掛かりに研究を続け、2021年に世界で初めて強磁性準結晶の発見に至った。これは最初の着想から約10年を要した成果だった。
周期性がないのに秩序がある準結晶
通常、結晶は原子が同じ間隔と規則に従って繰り返し並んでいる。鉄や銅、シリコンなど、身の回りの多くの固体は周期的な結晶構造を持つ。一方、準結晶には周期性がない。同じ原子配列が一定間隔で繰り返されることはないが、原子が無秩序に並んでいるわけでもない。全体としては長距離にわたる高度な秩序を持っている。周期性がないのに秩序がある。この一見矛盾した特徴が準結晶の本質である。
準結晶が最初に報告されたのは1984年である。それまでの結晶学では、結晶とは周期的な原子配列を持つ物質と考えられてきたため、準結晶の発見は結晶の定義そのものを揺るがした。1992年には、国際結晶学連合が結晶の定義を見直した。それまでの周期性を基準とする考え方から、解析や実験において離散的な回折点を示す固体を結晶とみなす定義へと改められた。これによって、準結晶は正式に結晶の一種として位置づけられた。
今回作製された準結晶は、正20面体対称性を持つ。正20面体は20枚の正三角形からなる立体であり、通常の周期結晶では実現できない5回回転対称性を備えている。正20面体対称性には120個の対称操作があるのに対し、一般的な立方晶では最大でも48個である。このように、準結晶は、通常の結晶よりもはるかに高い対称性を持つ構造となる。
この特殊な対称性の中で、電子や磁気モーメントがどのように振る舞うのかは、まだ十分に解明されていない。通常の固体物理では、周期性を前提とするブロッホの定理が電子状態を理解するための出発点となる。結晶中の電子を波として記述し、そのエネルギーを計算するバンド理論も周期構造を基礎としている。
一方、準結晶には周期性がないため、固体物理の教科書の最初に登場する前提がそのままでは使えない。結晶学では準結晶を含める形で定義が書き換えられたが、準結晶の電子状態や磁性を説明する物理学は未だ完成していない。田村教授が目指すのは、新しい物質を発見することだけではなく、準結晶を含む新しい固体物理の教科書を作ることでもある。
AIが膨大な五元系合金から候補を絞り込む
今回の準結晶は、金、銅、アルミニウム、インジウムに、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウムのいずれかを加えた五元系合金である。元素数が増えるほど、組成の候補は急激に増加する。五つの元素を1%刻みで変化させるだけでも、実験可能な組み合わせは膨大な数になる。そのすべてを人の手で作製して調べることは現実的ではない。
そこで、田村教授らの研究グループが活用したのがAIである。2019年より新学術領域「ハイパーマテリアル」という大型プロジェクトを進め、これは材料科学の分野でAIを本格的に取り入れた最初期のプロジェクトであった。AIを扱う際、まず過去の実験や経験則をもとに候補となる元素をある程度絞り込み、その組み合わせの中から準結晶が形成される可能性の高い組成を予測させた。予測結果に基づいて実際に合金を作製することで、探索の効率を大きく高められる。
AIは学習したデータの範囲内で結果を予測する内挿には強いが、学習範囲を大きく外れた領域を予測する外挿には弱い。準結晶のようにデータ自体が少ない分野では、AIに学習させる材料が不足しているため、最終的には研究者が自ら実験を行い、データを蓄積していく必要がある。
興味深いのは、準結晶の予測精度を高めるために通常の結晶のデータも役立つことが分かってきた点であるという。準結晶だけを学習させるのではなく、結晶や近似結晶を含む幅広い物質データを取り込むことで、AIが準結晶形成の規則をより深く学習できる可能性がある。材料科学、結晶学、物性物理、AIを組み合わせることによって、従来は研究者の経験と勘に大きく依存していた新物質探索が変わり始めている。
ただし、AIが示した候補を実際の物質として成立させ、その構造や性質を確かめるのは実験研究者の役割である。AIが地図を描き、人間が現地へ行って確かめる。今回の成果は、その連携によって生まれた。
超急冷を必要としない純結晶
従来の強磁性準結晶は、溶融した合金を急速に冷却して原子が安定な結晶構造へ並び替わる時間を与えないことで作られていた。超急冷法では準結晶を得られる一方、作製できる試料は薄片や細いリボン状になりやすく、結晶性も十分ではない。精密な構造解析や物性測定に必要な高品質試料を得ることが難しかった。
田村教授が求めたのは、熱を加えても構造が壊れない準結晶である。今回見つかった五元系準結晶は通常のアーク溶解で合金を作製した後、適切な温度で長時間熱処理しても準周期構造を維持した。超急冷によって一時的に構造を凍結するのではなく、熱処理によって準結晶を形成し、高品質化できたのである。高品質な試料を作れるようになれば、放射光X線や中性子散乱を用いて原子がどこに配置され、磁気モーメントがどの方向を向いているのかを詳しく調べられる。今回作製された三種類の準結晶は、いずれも明確な強磁性秩序を示した。
一方、磁気相転移の際の臨界挙動は希土類元素によって異なっていた。ガドリニウムは4f電子を7個持ち、電子軌道が半分だけ埋まった半充填状態にある。このとき電子分布はほぼ球対称となり、周囲の原子が生み出す結晶場の影響を受けにくい。これに対し、テルビウムやジスプロシウムでは電子分布に方向性があり、磁気モーメントが特定の方向を向きやすい磁気異方性が生じる。
この違いにより、ガドリニウム系は平均場理論から大きく外れた磁気臨界挙動を示し、テルビウム系とジスプロシウム系は、より平均場理論に近い振る舞いを示した。これは、準結晶の磁性が原子配列だけで決まるのではなく、準周期構造とスピンの対称性の組み合わせによって決まることを示している。
言い換えれば、希土類元素を選ぶことで、磁気相転移の性質を制御できる可能性がある。これは、新しい磁性材料を設計するための指針になり得る成果である。
後編へ続く
(IRuniverse Midori Fushimi)