巨大内需が育てた中国型資源企業の45年
タングステンが中国型過当競争の原点なら、モリブデンは、地方に分散していた鉱山と加工工場が巨大な国内需要によって育ち、やがて世界資源企業へ収斂していった物語である。
モリブデンは派手な金属ではない。しかし、少量を鋼に加えるだけで、強度、耐熱性、耐食性が飛躍的に高まる。高張力鋼、ステンレス、石油精製触媒、発電設備、航空宇宙、化学プラント――。モリブデンは、近代産業の骨格を陰で強くする「縁の下の金属」である。
私は45年間、このモリブデン市場の変化を現場で見てきた。
福建省から始まった開発輸入
私が中国産モリブデンの開発輸入に取り組み始めた頃、最初の舞台は福建省だった。
当時の中国は、豊富な資源を持ちながら、鉱石の選鉱、焙焼、精製、品質管理の水準が十分ではなかった。製品品質にはばらつきがあり、納期も一定しない。分析値が契約書どおりでも、実際に使用すると問題が起きることもあった。
それでも日本側には、中国という新しい供給源を育てたいという事情があった。米国、チリ、カナダなど既存産地への依存を減らし、安定した供給ルートを確保する必要があったからだ。
福建省の次に取り組んだのが、天津のモリブデン工場である。その後、安徽省や浙江省で生産されたモリブデン酸アンモニウムも扱った。
振り返れば、私の中国モリブデン開発は、一つの鉱山や工場と長く付き合う仕事ではなかった。中国全土の鉱山、工場、貿易公司、地方政府の間を動きながら、品質、価格、数量、輸出許可を一つずつ組み合わせていく仕事だった。
その背景には、中国特有の貿易管理制度があった。
当初、対外貿易は国家によって厳しく管理され、化工公司が中国全土の総代理権を掌握していた。工場が良い製品を造っても、工場自身が自由に海外へ販売できるわけではない。どの製品を、誰が、どの価格で輸出するのかは、国家貿易の枠組みの中で決められていた。
したがって私の相手は、特定の一工場だけではなかった。工場と話がまとまっても、化工公司との調整が必要になる。中央の方針だけでなく、地方政府、工場、輸出公司、それぞれの事情を読まなければ商売は成立しなかった。
中国ビジネスとは、製品を買うことではない。
国家と地方と工場の力関係を読み、その時々に動く商流そのものを買う仕事だった。
国家統制と地方分権の綱引き
改革開放が進むと、中国は国家管理から地方分権へと大きく傾いた。
地方政府は雇用、税収、外貨獲得を重視し、鉱山開発や加工工場の建設を急速に進めた。中央が生産量や輸出秩序を管理しようとしても、地方には地方の経済合理性があった。
中央は「秩序ある輸出」を求める。
一方で地方は「いま売れるだけ売りたい」と動く。
工場は設備を止められず、貿易公司は数量確保を優先し、鉱山は価格が下がっても採掘を続ける。それぞれの行動は合理的だが、その積み重ねは市場全体として供給過剰を生み出した。
ここに、中国型過当競争の本質がある。
それは企業間競争ではなく、
国家戦略と地方経済、輸出統制と外貨獲得、供給秩序と雇用維持が同時に作用する構造である。
国家が強く統制していた時代は窓口が明確だったが、地方分権が進むと参入主体が増え、価格競争が激化し、商流は一気に複雑化した。
昨日までの総代理公司の力が弱まり、別の地方企業が輸出権を握る。工場同士が競争し、品質より価格が優先される。中央が締めれば供給が減り、緩めれば一斉に輸出が増える。
こうして過当競争と統制強化が交互に繰り返され、安定した貿易秩序は形成されにくくなっていった。
世界最大の鉄鋼内需が市場を変えた
モリブデンには副産物金属としての難しさもある。
世界では銅鉱山から副産物として回収されるモリブデンが市場の重要部分を占める。銅価格が高ければモリブデンも増え、逆にモリブデン価格が上がっても銅鉱山の事情で供給が増えないことがある。
一方、中国にはモリブデンを主目的とする鉱山が存在する。そして改革開放後、国内に巨大な需要が一気に立ち上がった。
高速道路、鉄道、発電所、石油化学、造船、自動車、建設機械、都市インフラ。世界最大級の鉄鋼産業が形成され、特殊鋼とステンレスの需要も急増した。
中国はモリブデンを輸出して外貨を得る国から、自ら大量に消費する国へと変化したのである。
この巨大内需は企業成長の基盤となった。輸出価格が下落しても、国内の鉄鋼会社やインフラ投資、国有企業が受け皿となる。鉱山から焙焼、酸化モリブデン、フェロモリブデン、特殊鋼までが国内で連結され、規模の経済と技術蓄積が進んだ。
輸出国であると同時に世界最大級の消費国であること。
これが中国の価格交渉力を決定的に強めた。
洛陽・欒川への収斂
福建省、天津、安徽省、浙江省と続いた私の開発輸入の経験は、最終的に河南省洛陽へと収斂していった。
その象徴が、欒川の鉱山を基盤として成長した洛陽モリブデン、現在のCMOC Groupである。
ただし重要なのは、最初から洛陽に産業が統合されていたわけではないという点である。地方分権のもとで無数の鉱山と加工業者が競争し、価格崩壊や環境問題、鉱山事故が発生し、政策による締め付けと緩和が繰り返された。
その過程で、資源量、技術力、資本力、地方政府との関係、国内販売力を備えた企業が生き残っていった。
つまり洛陽への収斂は設計された結果ではなく、
過当競争で市場が拡大し、淘汰で企業が絞られ、最後に国家戦略へ組み込まれるというプロセスの帰結である。
これが中国型産業発展の一つの形である。
モリブデン会社が世界資源企業になった
かつてChina Molybdenumと呼ばれた企業は、いまやCMOC Groupを名乗る。
これは単なる社名変更ではない。モリブデン企業が銅、コバルト、タングステン、ニオブ、リン、金へと事業領域を拡大し、世界資源企業へと変貌したことを意味する。
CMOCは洛陽のモリブデン・タングステン事業で技術と資本を蓄積し、コンゴ民主共和国では世界最大級の銅・コバルト鉱山を展開した。ブラジルではニオブとリン事業を持ち、さらに国際資源商社IXMを傘下に収めている。
2024年の生産量は、銅約65万トン、コバルト約11万4千トン、モリブデン約1万5,400トンに達した。コバルトでは世界最大、銅でも世界トップ10に入り、傘下の国際資源商社IXMは非鉄金属取引で世界第3位に位置する。
CMOCはもはや鉱山会社にとどまらず、鉱山開発から物流、販売、市場情報までを握る世界的な総合資源企業となった。