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株式会社キノテック 亜鉛精錬のカーボンニュートラルへの挑戦

今秋、富山大学で鉄鋼分野の学会で「アルカリ浸出法による電炉ダストからの亜鉛リサイクルプロセスの開発」と言うテーマで講演が行われた。発表者は、㈱キノテック CTO拝生憲治氏、国立大学法人東京大学工学部・大学院工学研究科マテリアル工学専攻准教授松浦宏行氏、キノテック顧問元場和彦氏、CEO母里修司氏で、次世代亜鉛精錬法の開発の詳細を講演した内容が、改めて㈱キノテックの記者会見で9月29日に公表された。

 

東京大学の研究場所は、古風な茶色のタイルのマテリアル工学の建物の地下1階で、松浦先生の研究室の一部で行われてきた。

(写真:開発の説明をする㈱キノテックCTO 拝生憲治氏)

キノテックHP

 

次世代の亜鉛精錬開発へ挑戦した開発チームは、拝生憲治氏をリーダーに玉井さん、菅野さん、西岡さんの4名である。当日は日夜ビーカーをふるってきた菅野さんが詳しく実際に使用したサンプルを示して、説明してくれた。

 

世界的に1910年頃から大量生産が始まった亜鉛精錬法は、大量の亜鉛精鉱を主に北半球へ偏在する北米などの鉛亜鉛鉱山から日本まで大型船で運搬して原料を確保してきた。記者が鉱山会社へ入社した1972年当時、亜鉛精錬所は生産拡大の時代で、現在の2倍近い数の亜鉛精錬所で亜鉛地金を生産していた。所属した会社でも2ヵ所の亜鉛精錬所があったが、今は存在していない。

 

生産された亜鉛地金は鉄鋼会社へ毎日運搬されて、亜鉛メッキ鋼鈑が生産されていた。鉄鋼生産が毎年増加していた時代は所得倍増などを唱える政治家が居た時代であった。筆者を育てて呉れた1954年操業開始した亜鉛精錬所が閉鎖されたのは40代半ばで、約40年間で事業が終焉した。閉鎖した理由を当時の課長へ最近尋ねてみた。理由は亜鉛精錬所から大量に発生する赤鉱と言われる最終残渣の廃棄場所が無くなった事が理由であった。廃棄物の新たな技術開発が途絶えた事が主因であった。

 

亜鉛精錬所が閉鎖された頃、筆者は上司から環境リサイクル研究を指示されたが、1990年代世の中は未だ環境リサイクルと言う言葉も広まっていなかった。キノテックが挑戦している資源は亜鉛原料であるが、特別管理産業廃棄物と言う法律上の名前も持っている。そんなテーマに挑戦してきた技術者がキノテックの拝生さんのチームである。

 

今日本の非鉄製錬業界は挙げてリサイクルテーマに挑戦している時代である。静脈や動脈などと言う言葉も既に消えた。リサイクルへ真剣に挑戦していない企業は消えてゆく時代ではないか。この様な挑戦をベンチャー企業が孤軍奮闘している。

 

(IRUNIVERSE 片桐)

 

 

 

 

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