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元鉄鋼マンのつぶやき#3 日本製鉄がUSスチールを買収する真の狙いは?

 日本製鉄によるUSスチール買収提案が米国内で政治問題化しつつあります。大統領選に絡み、バイデン大統領もトランプ前大統領も買収に反対を表明しています。当初から反対が予想されたUSW(全米鉄鋼労組)も反対を表明しています。日本製鉄に打開策はあるのか?

 ここで、日本製鉄がなぜUSスチールを買収しようとするのかを考えてみます。勿論、本当のことは、橋本会長ほか日鉄の幹部にしか分かりませんが、推測することはできます。

 

 もともと素材産業というか基礎産業は、マーケットシェアでヘゲモニーを取ることこそ正義とする考え方があります。ずっと日本の鉄鋼業界をリードしてきた日本製鉄は特にその思いが強いはずです。製品の販売でも、材料・原料の購入でも価格交渉で指導力を発揮できるのは、トップシェアを持つ企業です。自動車用鋼板の場合、日本では日鉄とトヨタで価格交渉がなされ、他のメーカーはそれに追随するしかありませんでした。鉄鉱石と石炭の購入は少し事情が違いますが、鉱山側も寡占化が進んでおり、バイヤーとして交渉力を持つにはシェアの拡大が重要です。

 

 1980年代まで群雄割拠だった世界の製鉄会社は1990年代以降、急速に寡占化が進みました。欧州の場合、1国に1社以上あった高炉メーカーが、インド人の実業家ラクシュミ・ミッタル率いるミッタルグループが買収し、ほぼ1社体制となりました。

 日本では5社あった高炉メーカーが3社にまで減りました。驚くべきは中国で、依然多くの高炉メーカーが存在しますが、特に大手の2社(宝武鋼鉄集団と河北鋼鉄集団)は年間粗鋼生産量が1億トンを超えます。他にも韓国のポスコ、インドのタタなど多くの超大手鉄鋼メーカーが存在します。

 

 WSA(世界鉄鋼連盟)には、かつて粗鋼1000万トンクラブなるものが存在しましたが、今は1億トンクラブの時代です。住友金属や日新製鋼を吸収合併し、粗鋼4000万トン台を維持する日鉄も、いつまでも業界の盟主で居続けるのは大変です。海外の高炉メーカーを合併して粗鋼量を確保するのが手っ取り早い方法です。

 高炉メーカーの合従連衡は北米でも進みましたが、少し事情が違います。北米ではミニミルと呼ばれる電炉メーカーの台頭で、高炉メーカーは早くに勢いを失いました。旧式な製鉄所を持つ高炉メーカーは、非製鉄業が母体のコングロマリットやミッタルグループの「草刈り場」になりました。

 

 日鉄は新日鉄時代に、インランドスチールと提携し、合弁会社、I/N TEKとI/N KOTEを持っていましたが、インランドスチールがミッタルグループ(米国法人はAMUSA)に吸収され、さらにI/N TEKとI/N KOTEの株がAMUSAからコングロマリットであるクリーブランドクリブスに売却されると、新日鉄も持ち分の株式をクリーブランドクリブスに売却し、米国から撤退しました。日鉄としては米国に新しい拠点が欲しいとことです。

 

 米国に拠点を置くとしたら、クリーブランドクリブスやミッタルと組む訳にはいきませんから、USスチールと組むしかありません。USスチールには、既にクリーブランドクリブスが買収攻勢をかけていますから、対抗馬として日鉄も買収提案するしかありません。

 日鉄が米国の製鉄会社を買収したい理由は、企業規模や粗鋼シェアの問題だけではありません。今、鉄鋼業界が直面する技術的課題、即ち脱炭素化とその手段である水素製鉄の実現は、極めて大きな課題であり、日鉄1社だけで対応できるものではありません。

 

 製鉄業では、20世紀以降、ゲームチェンジャーと言うべき幾つかの革新的なプロセス技術が登場しました。1970年代に言われた製鉄業三大発明とは、以下の3つです。

1. ホットストリップミル

2. LD転炉

3. 連続鋳造

 

 第二次大戦後、それらをいち早く採用して日本の製鉄業は発展したのですが、残念ながらそれらは日本の発明ではありません。

 1970年代以降に開発されたプロセス技術には、真空脱ガス、連続焼鈍、制御冷却、制御冷却圧延(TMCP鋼)などがあり、真空脱ガス以外は、日本での開発ですが、前掲の三大発明に比べれば小粒です。

 しかし水素製鉄は、従来の高炉法に代わるもので、それまでの新プロセス技術に比べると遥かに複雑で大規模な技術です。日鉄といえども1社だけでは対応困難です。

 そこでパートナーとなる高炉メーカーを海外に探すことになります。距離的に近いのは韓国のポスコや中国の宝武鋼鉄ですが、これらの会社は知的財産権を尊重しなかったり、市場コントロールで協調減産に応じない等、パートナーとして不適な面があります。

 

 そして共に技術開発を進めるなら資本関係を持たなければなりません。資本関係なしに技術を供与・共有する場合、米国の独禁法に抵触する可能性があります。USスチールがクリーブランドクリブスから買収提案をされている以上、日鉄も買収するしかないのです。

 米国の高炉メーカーは、かつての勢いを失っていますが、技術開発能力はかろうじて残っています。繰り返しになりますが、日本製鉄が米国にパートナーを求めるならUSスチールしかなく、そしてタイミングは、クリーブランドクリブスと争える今しかないのです。

 しかし、実際に買収するとなるとデューデリジェンスや、独禁法対応が大きな問題となります。それらは、M&Aなどの専門家が対応することになりますが、その前にAIが活躍する場面があります。それについては次号で申し上げます。

 

 

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久世寿(Que sais-je)

茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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