元鉄鋼マンが第10回バッテリーサミットに参加して(3) VRFBの二次電池市場での立ち位置
前回に引き続き、9月12日に東京学士会館で開かれたバッテリーサミットの講演内容を元鉄鋼マンの視点で解説する。今回が最終章。
7.バナジウムレドックスフリーバッテリー(VRFB)の二次電池市場での立ち位置、今後の市場展望、課題
株式会社RSテクノロジーズ経営企画室 担当課長 田中利朗氏
レドックスフロー電池が注目されたのは、通産省(当時)のムーンライト計画で夜間電力の保存・有効活用手段として、定置型電池が提案されたのがきっかけです。住友電工などがこの電池を開発し、柏崎や鹿児島などに設置しました。この電池は、2つの電解液タンクの間を電解液が相互に移動する際に、酸化・還元反応をして充放電する仕組みです。その特長は、電解液を増すことで簡単に電池容量を増やせることです。タンクの大型化は縦方向にも可能で、敷地面積をそれほど変更せずに大容量化が可能です。
安全で発火の可能性は無く、またLiBと比べると長寿命で、充放電回数も遥かに多いのですが、反面、エネルギー密度は小さく、コスト的にも有利とは言えません。当初モバイル用も検討されましたが、現在は定置型電池として採用されています。
鍵となるのはバナジウムです。この金属は、鉱石だけでなく、火力発電所の煤や灰、または製鉄所のスラグなどから回収可能です。廃棄物やスクラップから資源を得る「都市鉱山」の概念が確立する以前からバナジウム回収の発想は存在しました。特に鹿島北共同火力発電所の煤からバナジウムが発見されたことで、バナジウム回収のプロジェクトが具体化しましたが、バナジウムの含有量は、発電所ごとに異なり、重質油を用いる発電所ほどバナジウム含有量は多くなります。
問題点は、煤や灰を遠隔地まで輸送してから精錬・回収するビジネスモデルでは、輸送コストで嵩みます。オンサイトでバナジウム回収しなければペイしませんが、バナジウム回収拠点として成立する場所は多くありません。またバナジウム相場の変動も大きな影響を与え、バナジウム回収事業の採算分岐点はしばしば変動します。現在、レドックスフロー電池は4~4.5GWの規模のものが実用化され、さらに大型化が予定され、市場規模は2035年時点で約4兆5千億円が見込まれます。海外でも特に中国で需要があり、競合するLiBの火災問題が明らかになった北米でも増加が見込まれます。
日本に於けるバナジウム製造のパイオニアである旧LEシステム社は、NEDOの補助金を基に、メタバナジン酸アンモニウムを用いた独自の「Vの4価プロセス」を開発し、RSテクノロジー社がLEシステムを子会社化した後、福島県浪江町に日本最大規模のバナジウム電解液製造設備を設置し、国内供給と北米向け輸出に実績をあげています。
質問内容
・レドックスフロー電池は、競合するNAS電池と比較して有利な点は何か?定置型バッテリーとして将来的にどちらが普及するか?
・バナジウムは価格変動が大きくバナジウム回収事業の採算性がしばしば変化する。さらに安価な回収プロセスを検討する必要があるのでは?
余談ながら私の以前の勤務先でも製鉄スラグからのバナジウム回収を研究したことがあります。その結果、高炉スラグや転炉スラグでは採算が合わず、COREX法という特殊な精錬法のスラグのみ採算性があると判明するも、同方法が日本で採用されていないため断念した経緯があります。また使用する原料や燃料によってバナジウムの含有量が異なり、安定的なバナジウム回収の難しさにつながっています。
8.限りあるレアメタル資源を未来につなぐ -FET事業説明-
株式会社エマルションフローテクノロジー 事業開発部長 江達氏
エマルションフローテクノロジーは、原子力研究所からスピンアウトした企業で、LiBから有用資源を回収リサイクルする事業と、工場排水からPFAS(フッ素を含む有害物質)を回収除去して浄化する事業、抽出プロセスの提案・事業化のサポートビジネスの3本立ての会社。
LiBから回収すべき有用な金属資源はLi, Co,Niの3元素で、いずれも需要増に対して供給が追い付かず、価格の高騰なども予想されます。これらの分離抽出には、従来は、水相の処理対象液に油相の抽出材を混ぜ、混合・静置して分離を待つ「ミキサーセトラー」方式が用いられましたが、非効率で長時間を要し、多くの槽を必要とするなど問題が多くありました。
新開発のエマルションフロー方式は、ブラックマスの硫酸浸出液が正抽出工程と逆抽出工程を経た後に晶析工程を経るもので、1つの槽野中で、混ざりながら分離するという現象を用いて、高い濃縮率による工程の簡略化と省エネを実現するものです。これによって、槽が8段から2段に減り、抽出率も60%から97.5%に向上しました。
LiBリサイクル用1号プラントは2024年度中にパイロットプラントが運転開始する予定です。LiBリサイクル事業は今後、世界的に急拡大する見込みで、日本では三菱マテリアル、JX金属、住友金属鉱山などが取り組み中です。
エマルションフローテクノロジー社が提案するファウンドリサービスは、正極材メーカーや電池メーカー、自動車OEMが、自社でリサイクル設備を所有しなくてもリサイクラーに委託する形で、資源リサイクルを回収できるシステムで今後の展開が注目されます。
質問内容
・今後、リン酸鉄型の電池が普及したり、新しい電極材料が開発されれば、Co使用量と回収量は減っていくのでは?
9.インドのバッテリー業界について
日本インド国際産業振興協会(JIIPA)理事長 ゴドガテ プラシャント氏
インドへの産業誘致を目的として、インドの好立地条件を紹介する講演です。発表の趣旨は以下の通りです。
産業あるいは事業を興す際の三要素は、人と土地と金ですが、インドにはその全てが揃っています。14億人の人口は、英語を話す優秀な労働力が供給可能であることを意味し、労働コストも低いです。土地は十分に広いし、従来懸念されたインフラ整備も今は改善しています。具体的には、かつてのインドは停電がしばしば起こりましたが、今は停電の問題はほとんどありません。
EVは、2輪、3輪(インド固有のオート三輪)、4輪、バスに分かれますが、どのカテゴリーも、今後さらに急速に生産量が増える見込みで、リサイクル対象となるLiBも大量に発生し、またリサイクル品への需要も旺盛になる見込みです。従って、LiBリサイクル事業を考える企業家は、インドを魅力ある候補地と考えるべきです。
質問したいこと
・インドに優秀な人材が多いことは周知なるも、理科系の多くの人材は、ITやAIなどの分野を志向し、素材・金属産業は今一つ不人気なのが現状。優秀な人材確保はどの国でもどの時代でも難しく、インドだから容易に人材確保ができるというのはやや楽天的では?
・インフラ整備が急速に進んでいるのは好都合ですが、しばしば中進国では、動脈側のインフラは整備されても静脈側のインフラ整備は後回しにされます。つまり上水道は整備されても下水道の整備が後回しになるということです。LiBリサイクルを始め、レアメタルの分離・回収では、膨大な要処理排水や汚染物質が発生します。その処理設備の設置や処理費用を全て企業が負担するのか、行政がある程度負担するのか?が気になります。インドでは、ボパール化学工場事故以来、外資系の化学プラントに対して厳しい目が向けられています。それが企業側にとっての一つの懸念点になっています。
・インドの自動車産業/EV産業の将来には不確定な要素があります。EV推進の行政の熱意は、国によって違います。最も熱心な中国、熱が冷めつつある欧州、大統領選挙の結果いかんで変わりうる米国など様々です。インドの場合、国産のタタ自動車や日本のスズキ自動車が多くのシェアを有しており、これらの企業の動向を注視する必要があります。タタもスズキも小型車が中心であり、その場合EV化を進めるとしても、リン酸鉄型の電池が主流になる可能性があります。また資源が中国に集中するCoの使用を敬遠する可能性もあります。LiBリサイクル事業も、Co抜きのパターンを考慮する必要がありそうです。
10.全体を通しても感想
講演者のバックグラウンドも発表内容も多岐にわたり、バラエティに富んだシンポジウムでしたが、その全てに、多くの人が興味を持ち、活発な議論があったのは驚きで他の学会では見られないことだと感じました。惜しむらくは、企業秘密やノウハウ、共同開発企業との関係で詳細な情報を開示できず、奥歯にものが挟まったような表現にとどまる例が見られたことです。
このシンポジウムの講演内容を後世に残すために、ぜひプロシーディングを発行して欲しいと思いますが、発表の多くがパワーポイントの資料でテキスト文の資料が無いことや知的財産権の問題から、それは難しいだろうなぁ・・と感じた次第です。
以上
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久世寿(Que sais-je)
茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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