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元鉄鋼マンのつぶやき#77 憧れの米国工場

 昨年を振り返ると、2024年のニュースのひとつに日本電解の民事再生法申請があります。同社の経営が破綻した理由はやや複雑で、詳しく研究する必要があり、ここで軽々に論じることはできません。しかし、一説によれば、三井金属から買い取った米国の子会社が経営の足を引っ張ったとのことです。また米国での新工場建設プロジェクトが挫折したのも、経営破綻に影響している可能性があります。それが真実なら、なるほど・・と思うことがあります。

 

 北米で仕事をしたり、留学した経験のある人なら、皆さん、米国やカナダの社会のすばらしさを強く印象に持ちます。

 

 それらは、以下の理由によるものです。

  1. 実力があれば誰でもアメリカンドリームを実現できる、公平に機会が与えられる社会であること。
  2. 人種差別や宗教差別はあるものの、それらを否定し改善する努力を常に行う公正な社会であること。
  3. 質の高いインフラが充実し、土地が広く、労働力が豊富であること。
  4. 巨大なマーケットが存在すること。
  5. 行政が過度に介入せず、賄賂や汚職もない、清潔な社会であること。
  6. 英語さえ話せれば用が足り、優秀な専門家のサポートも得られること。
  7. 法の下に、人権や自由が守られ、ひとりひとりの人格が認められる社会であること。

 

 ある引退したビジネスマンに「今からどこかで事業するならどこで仕事をしたいですか?」と尋ねると「やはりアメリカがいいね」と答えたのを思い出します。

 

 日本電解の中島社長はカナダでPhDを取得し、海外ビジネスにも非常に詳しい人物です。(個人情報なのであまり詳しくは言いませんが)。彼が米国でのビジネスの可能性を強く信じたのは、理解できます。

 

 中小企業や中堅企業が事業拡大の過程で海外進出を考えることはよくあります。その際、低賃金で生産するためなら、中国や東南アジアでの工場建設を考えます。高いブランド価値や技術力・高品質を求める場合は欧州や英国に拠点を設けます。高い技術力と大きな市場を狙う場合は北米に工場や研究所を設けます。

 

 しかし、どの場合もそれぞれに問題があります。今回は米国の場合について申し上げます。

 

 米国の場合、英語が通じますし、勤勉で一定程度の教育を受けた労働力を期待できます。そして商習慣は比較的に清潔というか、賄賂なしで通用する世界です。一方、人件費や生活コストは非常に高価です。地域や為替相場にもよりますが、ある程度経験のある工員を雇おうとすると、日本での執行役員クラスの年俸を用意しなければなりません。日本で生産し輸送費と関税を払って米国で販売する場合と、現地生産とでどちらが得か、常に考える必要があります。

 

 そして従業員は勤勉とはいうものの、契約社会ですから、雇用契約で認めた以上のことはしませんし、本当のところでLoyalty=ローヤリティ(忠誠心とでも訳すべきか)には不安があります。日本人の経営者の元で働くアメリカ人が本当に誠心誠意仕事をしてくれるか・・? 私には分かりません。そもそも、米国ではサラリーマンの転職は当たり前です。他社からスカウトがかかって転職するというのは、実力を認められることで名誉だと考える人もいます。日本企業でなくても転職は当たり前なのです。そういう社会で、来月は別の会社に行くかも知れない人に、会社へのLoyaltyを求めても限界があります。もっとも、これは米国だけでなく中国でも同じことです。

 

 その一方で、現地の工場の責任者には全幅の信頼を置ける人を充てる必要があります。できれば米国人を・・と考えますが、そんな人は金のワラジを履いて探したって見つかりません。日本から人を派遣することになりますが、その日本人のトップに工場経営の全てを監督しろというのは、無理です。

 

 中国の工場であれば、購買担当者は、納入業者から袖の下を貰うのが当たり前の文化というか風土がありますから、それをある程度黙認した上での管理となりますが、米国の場合はそうは行きません。

しかし、中国ほどではなくても、日本人のトップの目が届かなければ、いろいろ悪いことをする人が現れます。会社に不平・不満を持つ人がいれば、狡猾な手段でサボタージュすることがあります。例えば、仕事に疲れた時に、意図的に機械を故障させたり、電気系統を止めたり・・という具合です。或いは、工場の操業に関係なくても隠れて麻薬を吸う社員が発見されたら、どう処分するか? 性善説でなく、性悪説で対処すべきか・・難しい問題です。

 

 米国の工場の現場に、日本流の考え方を持ち込み、強制するのも禁物です。例えば、小集団活動や自主管理活動を導入して生産性や品質を上げようとしても、簡単ではありません。米国人社員は、活動で成果が上がったとしても、それが自分達の利益になるのか?という観点で考えます。うまく丸め込まれて労働強化に繋がるのではないか?という疑心暗鬼もあります。

 

 安全管理についての考え方も違います。

 

 日本の工場では、暑熱環境下でも作業服は長袖が当たり前で、帽子かヘルメット着用が強制されます。しかし、米国人はよほど寒くない限り半袖を好みます。やけどや切り傷の恐れがあるから危ないじゃないか・・と言っても、かえって長袖の袖が機械に巻き込まれたらそっちの方が危ないじゃないか!と反論されます。暑い工場の中で長袖を強制するのは、わざと辛い状態を強いるabuse=いじめだと言ってきます。

 

 ヘルメットだって顎紐を絞めろと指導すると、衝撃時にヘルメットが跳んだ方が安全かも知れないと屁理屈を言います。

 

 その根底にあるのは、安全管理は究極において自己責任なのに、なんで日本流を強制するのかね?という不信感です。

 

 日本人の工場長はそれらの疑問に丁寧に答えねばなりません。海外の工場の場合、経営者は現場の状況を常に把握することが極めて重要ですが、現場を知るとは、現場の声、現場の不平不満を聞き、問題点を把握する事も含みます。それらを全てこなすのは、一種の超人だけです。

 

 そして、現場の問題を把握し、それぞれに対策を取らなければ工場の採算は良くなりません。つまり工場長や現地法人の社長が現場を知らなければ、必ず経営に問題が生じます。

 

 1990年代、今は無き住友金属は、LTV(これも無くなりました)との合弁のメッキ工場を2社持っていましたが、なかなか黒字にならず、苦労しました。

 

 鹿島製鉄所では、副所長級のNさんをLS-Ⅱの経営者として派遣し、経営の改善に当たらせました。Nさんは鹿島の薄板工場や薄板技術で高い実績をあげた実力者で、人格温厚、人望のあった方です。

 

 そのNさんと私は、全くの偶然で休暇中にニューヨークで出会いました。しかしNさんは何となく元気がなく、顔色も悪かったのです。そして開口一番「いやあ、会社がなかなか黒字にならなくてなぁ」と挨拶より先に、愚痴がこぼれたのです。ちょっと驚きました。なんで下っ端の私に、そんな話をしたのか・・分かりませんでした。

 

 その後、Nさんは一時帰国した際に、東京本社の国際企画部で経営状況を報告した後、帰宅の途中、東京駅のコンコースで倒れました。すぐに緊急搬送されたのですが、そのまま他界されたそうです。米国の合弁会社の経営が、大変なプレッシャーだったのは想像に難くなく、一人のビジネスマンの命まで奪ってしまったと私は考えます。

 

 かく言う私も、65歳で仕事をリタイアした後、某日本企業の米国工場のSuper Intendent(=工場長)をやらないか?という話がありました。自動車部品の工場でペンシルバニア州の片田舎の小さな工場ですが、さっそくSNSで評判を調べました。

 

 FacebookやTwitter(当時)には現場の従業員のコメントが幾つか載っていました。どれもいい評判ではありません。

 

 「うちの社長は、会社の費用で日本にしょっちゅう帰国しているけれど、その一方で俺たちのたった週5ドルの昇給要求を認めてくれないケチンボウだ。従業員のことを考えているのか?」

 「田舎だから他に働き口がないと思って、従業員の足元を見て待遇改善の要求を無視しているのさ。ひどい話さ」といった具合です。

 

 この会社は東南アジアにも工場を持っており、米国工場は人件費では東南アジアの工場に全くかないません。だから待遇改善には応じられないのですし、日本に頻繁に帰るのも本社への報告のためでしょうから、仕方ないのです。でも従業員にはその説明ができていないようです。

 

 「これはこの工場の工場長になったら大変だろうな・・・・」。

 

 幸か不幸か(恐らくは私の年齢ゆえに)、その話は破談となり、その会社とは縁がありませんでしたが、米国の工場のトップとは難しいものだな・・と感じました。

 

 では、今現在、米国に工場を持っている会社、あるいはこれから工場を持とうとする会社はどうすれば良いか?

 

 難しいところですが、もし可能なら、現地の事情に通じて、日本の親会社への忠誠心を持ち、マネジメント能力がある超人を連れてきて、監督に当たらせることです。もし適当な人材が見つからなければ、日本の親会社の経営者自身が直接乗り込むしかありません。工場建設から操業開始までは現地に駐在し、その後も不定期かつ頻繁に現地を訪れ状況をチェックする必要があります。現地採用の社員の誰よりも工場の経営、および設備について詳しくなる必要があります。

 

 操業が軌道に乗った後も、現地の管理者からの日本の本社への頻繁な報告は不可欠です。四半期毎の財務諸表(バランスシート、損益計算書、キャッシュフロー報告書)提出なんてのでは全く不十分で、毎朝、前日の生産量、売上、現金出納を日本の経営者に直接報告させるべきです。時差がありますから、毎日、日本時間の午後に、現地とのオンラインの「朝会」を開き、現地の日本人トップと現地採用の責任者から報告させる必要があります。オンライン会議は、ZoomでもteamsでもGoogle meetでも構いません。なあに、業務には使えないとされるSkypeだっていいのです。

 

 米国に子会社、あるいは工場を持つというのはそういうことです。私の知る限り、米国工場(=transplantと呼ばれますが、何だか臓器移植みたいで変な名前です)の経営がうまく行っているのは自動車会社に多いようです。一方、鉄鋼などの素材メーカーはうまく行かない場合が多いようです。それはなぜなのか?私には分かりません。

 

 日本電解の米国子会社である電解アメリカでは、設備トラブルによる機会損失の他、米国でのEV電池用銅箔の販売不振、さらにはシステムがハッキングされランサムウェアに感染した・・なんていうトラブルで、損失を多く出しています。

 

 本当に日本の親会社と緊密に連絡が取れていたのか? 経営の一体化は進んでいたのか? 民事再生の手続きを進めるうえで、それらの点を検証し対策を議論する事が不可欠であると私は思います。

 

 

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久世寿(Que sais-je)

 茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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