ミャンマーからの風その1 改めて日本の資源戦略上 重要なミャンマーについて
2025/08/12 16:13 FREE
近年、日本のメディアやビジネス界でも徐々に注目度を高めている国、ミャンマー。
ビーチリゾートや歴史遺産の国として知られる一方で、近年は電気自動車(EV)や風力発電、先端防衛技術に欠かせないレアアース資源の一大供給地として国際的な存在感を増している。特に北部カチン州では、ディスプロシウムやテルビウムなど、世界市場での重要度が極めて高い元素が採掘され、2023年時点で世界供給量の約60%を占めるまでになった。
国土面積は日本の約1.8倍、人口は約5,500万人。天然ガス、ヒスイ、木材など豊富な天然資 源を有するが、近年もっとも戦略的価値が高まっているのが、このレアアースだ。カチン州の採掘地は現在、少数民族武装勢力である**カチン独立軍(KIA)**の支配下にあり、政治的混乱と資源開発が複雑に絡み合っている。
資源と政治の交差点
ミャンマーは2021年のクーデター以降、国内の統治機構が混乱し、環境保護や鉱業規制が事実上崩壊した。これにより、採掘量は急増し、輸出先の大半は隣国中国へと向かっている。中国は世界のレアアース精製能力の約90%を占め、ミャンマー産レアアースの約57%を輸入。こうした状況は、世界市場における供給リスクを高める一方で、日本の資源確保戦略にも直接的な影響を及ぼしている。
2024年にはKIAがチウィ、ツォーロー、パンワなど主要採掘地域を制圧。これにより中国向け輸送が一時停止し、世界市場ではテルビウム酸化物の価格が数か月で22%上昇、ディスプロシウムは2022年以来の高値を記録した。資源の戦略的価値と脆弱性が同時に露呈した瞬間だった。
中国の二重戦略
中国は「内政不干渉」を掲げつつも、実際にはミャンマー軍政、少数民族武装勢力双方と関係を持ち、資源供給を維持する巧妙な戦略を取っている。油ガスパイプライン、複数の水力発電
所、国境経済協力区、チャウピュー港など、多くの大型プロジェクトが民族紛争地域に位置しており、中国は「どちらが勝っても資源は確保できる」立場を維持している。
日本にとっての戦略的可能性
現状では西側諸国の制裁やOECDガイドラインによる規制により、日本企業がKIA支配地域から直接レアアースを調達することは難しい。しかし、中長期的に見れば、ミャンマーは日本にとって重要な資源パートナーとなり得る。
その理由は次の通りである。
1. 供給源の多様化 – 中国依存からの脱却を図る上で、政治的安定化後のミャンマーは有力候補となる。
2. 環境技術協力 – 日本の環境保全技術を活用した持続可能な採掘モデルの導入は、国際的評価を高める。
3. インフラ整備 – 港湾、道路、電力などの基盤整備を通じて、資源輸送ルートを確保。
4. 人材育成 – 鉱業技術者や環境監督官の教育支援により、長期的な協力関係を構築。
環境と開発のバランス
現状のカチン州では、森林破壊や河川汚染、住民の強制移住など深刻な環境問題が進行している。日本が関与する場合、この環境面での改善が国際的信用の鍵となるだろう。ASEAN域内でも環境配慮型の資源開発を進められる国は限られており、日本がそのモデルケースを示すことは、外交的にも大きな価値を持つ。
「ポスト混乱期」に向けた布石
短期的には直接的な商業進出が困難であっても、学術交流、NGOを通じた環境改善プロジェクト、多国間枠組みでの対話を通じて、将来の関与基盤を構築することは可能だ。これは、かつて日本がインドネシアやベトナムで行った「信頼の蓄積」による資源外交と同じ戦略である。
「ASEANの優等生」とは呼びがたい現状のミャンマーだが、その資源的潜在力は無視できない。政治が安定し、適切な規制と国際協力が整えば、日本にとって中国依存を減らす切り札となる可能性を秘めている。
今はまだ混乱の中にあるミャンマー。しかし、将来の「資源と環境の共栄モデル」を構築するための準備は、今から始める価値がある。日本にとって、その第一歩を踏み出す好機は静かに近づいている。
今後、私(サンコリン)のほうから定期的にミャンマー情報をお送りしていきたい。
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Hsan Ko Lynn(サンコリン)
ミャンマー出身。1998年生まれ。国際関係専攻卒業生。
言語資格:日本語(ビジネスレベル)、英語(ビジネスレベル/バイリンガル)、ミャンマー語(ネイティブ)。2018年から日本に留学(東京国際大学)。
職務経験としては、2018年から2020年までスポーツ専門誌「Sport Myanmar」のジュニア編集者を務める。
趣味はサッカーのプレーおよび観戦、アニメ鑑賞、読書、国際情勢の研究。異なる背景を持つ人々と知識を共有し、交流することに情熱を持っている。
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