世界にあふれる粗鋼設備 日本鋼材の「逃げ場」はどこか
世界の粗鋼生産能力は需要をなお大きく上回り、過剰設備の是正は見通せない。中国の住宅不況で内需が縮むなか、日本の鋼材輸出はASEANやインド市場に活路を求めるが、価格競争の激化と通商規制の網も強まりつつある。輸出依存モデルの持続可能性が問われている。
経済協力開発機構(OECD)が2025年5月に公表した鉄鋼産業分析は、業界関係者に重い現実を突き付けた。OECD鉄鋼委員会向けの資料によれば、世界の粗鋼生産能力は25年末に約25億4700万トンに達し、28年には約26億5600万トンまで増える可能性がある。
より深刻なのは過剰能力の絶対量だ。OECDの推計では、世界の過剰能力は24年の約6億2000万トンから、27年には約7億2100万トンへ拡大する見通しだ。OECD統計を引用した業界報道では、2025年の過剰能力が6億8000万トン超に達し得るとの見方も示されている。この過剰能力の規模は、日本の年間粗鋼生産量(世界鉄鋼協会データで24年は約7600万から7800万トン)の8倍以上に相当する。世界中で日本全体の鉄鋼業を8社分以上も余分に抱えているのと同じ状態だ。
中国住宅不況、構造化する需要減
過剰能力問題を深刻化させているのが、世界最大の鉄鋼消費国である中国の需要減速だ。中国の粗鋼生産量は世界全体の約半分を占めており、その動向は世界市場に決定的な影響を及ぼす。
S&Pグローバル・コモディティ・インサイツの分析によれば、中国の不動産部門における鋼材需要は2024年に前年比11・5%減、25年もさらに8%減の約2億1900万トンまで落ち込む見通しだ。国際鉄鋼協会東南アジア支部(SEAISI)の報告では、24年の中国新規住宅着工床面積は前年から約23%減少した。
調査会社ケン・リサーチは、中国の表面鋼需要(見かけ上の消費量)が25年に約2%減と予測し、住宅不況を主因とする需要縮小が続くと分析している。過去20年間の急速な都市化と住宅開発により、主要都市では既に住宅の供給過剰が生じている。人口減少局面に入った中国において、住宅需要が以前の水準に戻る可能性は低いとの見方が支配的だ。
中国国内の需要減速は、同国の鉄鋼メーカーの輸出攻勢を招く可能性がある。内需が縮小すれば、中国メーカーは過剰生産能力を抱えたまま、海外市場での販路拡大を図らざるを得ない。実際、24年後半から中国からの鉄鋼輸出は増加傾向を示しており、これが世界市場での価格下落圧力となっている。
世界生産、前年比減に転じる
世界全体の粗鋼生産も明確な減速局面に入っている。HDスチールの市場分析によれば、2025年の世界粗鋼生産は約18億4600万トンと見込まれ、2024年(世界鉄鋼協会の速報値で約18億8600万トン)と比べて3400万トン程度下振れし、前年比マイナスに転じる予測だ。
月次ベースで見ると、減速の実態はさらに鮮明になる。HDスチールによれば、2025年6月時点の世界粗鋼生産は1カ月で1億5140万トンと推計され、前年同月比6%減と、今年最低水準のペースに落ち込んだ。これは需要の停滞を受けて、各国のメーカーが生産調整に動いている証左だ。
ファストマーケッツの市場分析では、2025年通年での生産減少は避けられないとの見方が示されている。需要サイドでは、中国の住宅不況に加え、欧州の経済成長鈍化、米国での金利高による建設投資の抑制などが重なり、主要市場での鋼材需要が同時に冷え込んでいる。
日本輸出、主要市場で軒並み減
こうした世界市場の構造変化は、日本の鉄鋼業にも直接的な影響を及ぼしている。スティールオービスが日本鉄鋼連盟(JISF)統計をもとに報じたところによれば、24年の日本の鉄鋼製品輸出量は3171万トンで、前年比3・4%減となった。これは2年連続の減少であり、輸出市場の縮小傾向が鮮明になっている。
国別の輸出動向を見ると、減少の実態はさらに深刻だ。同統計によれば、2024年の主要仕向け先では、韓国向けが478万トン(前年比15・1%減)、中国向けが267万トン(6・2%減)、タイ向けが428万トン(8・4%減)、米国向けが121万トン(1・5%減)といずれも前年を下回った。
特に韓国向けの大幅な減少が目立つ。韓国は日本にとって最大の鉄鋼輸出先だが、2桁の減少率を記録した。これは韓国国内の鉄鋼メーカーが設備増強を進め、高級鋼材の自給率を高めたことが背景にある。かつては日本からの輸入に依存していた自動車用鋼板などでも、韓国メーカーの技術力向上により代替が進んでいる。アイシュー・スチールによる別の統計でも、24年1から11月累計で日本の鉄鋼輸出は前年同期比4・1%減とされ、数量ベースでの減少傾向が明確になっている。
インド市場、18億ドル規模に
主要市場での輸出減少に直面する中、日本の鉄鋼業界が新たな活路として注目しているのがインド市場だ。国連貿易統計(UN COMTRADE)のデータを集計した貿易統計サイト「トレーディング・エコノミクス」によれば、日本からインドへの鉄鋼輸出額は24年に約18億1000万ドルに達した。これは金額ベースで見ると、日本の鉄鋼輸出先として無視できない規模になっている。
日本からインドへの輸出品目を見ると、熱延鋼板などの平鋼や合金鋼が主要品目となっている。インド国内では普通鋼の生産能力は拡大しているものの、高級鋼板や特殊鋼の分野ではまだ技術的な課題が残っており、日本製品に対する需要が根強い。
インド市場の魅力は、その成長性にある。世界鉄鋼協会の統計では、インドの粗鋼生産量は2024年に約1億4000万トンに達し、前年比でも中長期的に年率5%から7%の成長を続けている。インド政府は2030年までに粗鋼生産能力を3億トンに引き上げる目標を掲げており、国内需要の拡大が見込まれている。ただし、インド市場への期待には慎重な見方も必要だ。インド政府は自国の鉄鋼産業育成を重視しており、輸入品に対しては品目によって10%から15%程度の関税を課している。価格競争力の面で課題があるほか、インド市場では中国や韓国のメーカーとの競争も激しい。
大手商社の鉄鋼部門の幹部は「インド市場は今後10年間で最も成長が期待できる市場の一つだが、関税や競合他社との競争を考えると、品質面での差別化が不可欠だ」と指摘する。

ASEAN、地域構成が変化
インドと並んで日本の鉄鋼輸出が期待を寄せるのが、ASEAN(東南アジア諸国連合)市場だ。タイや台湾、ベトナムなどは従来から日本の主要輸出先であり、日系製造業の現地進出に伴って鋼材需要も拡大してきた。
しかし、ASEAN市場も一枚岩ではない。前述のように、タイ向け輸出は2024年に8.4%減と大幅に減少した。タイ国内では製鉄所の新設や拡張が相次いでおり、輸入依存度が低下している。アイシュー・スチールの分析でも、韓国・タイ向けは数量ベースで減少しており、地域構成が変化しつつあるとされている。ベトナムは成長市場として注目されている。経済成長率が年率6%から7%で推移し、製造業の集積も進んでいる。ただし、中国からの低価格品が大量に流入しており、日本製品は価格面で苦戦を強いられている。
価格競争と通商規制の壁
世界的な過剰供給と需要の停滞は、鉄鋼市場での価格競争を激化させている。複数の価格情報会社の報告によれば、国際的な鋼材価格は2024年後半から下落傾向が続いており、メーカーの収益を圧迫している。特に汎用品の分野では、中国や韓国のメーカーが低価格で攻勢をかけており、日本メーカーは受注を維持するために値下げを余儀なくされている。
価格競争と並んで日本の鉄鋼輸出を制約しているのが、各国の通商規制の強化だ。米国は18年以降、安全保障を理由に鉄鋼・アルミニウムの輸入に対して追加関税(いわゆるセクション232)を課している。欧州連合(EU)も、域内の鉄鋼産業を保護するため、輸入数量規制(セーフガード)を導入している。インドやASEAN諸国でも、反ダンピング関税や相殺関税などの貿易救済措置が頻繁に発動されている。
世界の鉄鋼業は、構造的な過剰能力という重い課題を抱えている。OECDは「過剰能力の拡大は市場の安定性、雇用、脱炭素化計画を脅かす」と警告している。中国の需要減速がその問題を一層深刻化させ、日本を含む各国のメーカーは厳しい競争環境に置かれている。
日本の鉄鋼業は、輸出市場の縮小、国内需要の減少、環境規制の強化という三重苦に直面している。従来の輸出依存モデルは通用しなくなりつつあり、高付加価値製品への特化、新興市場の開拓、技術革新による差別化など、抜本的な戦略の転換が求められている。
(IRuniverse T.Morio)