3月は春たけなわ、卒業や進学の季節です。そして新入学と言えば、なぜか筆者は万年筆を思い出します。
今は昔、昭和の時代、筆記用具の主役は万年筆でした。そして、万年筆は腕時計と共に、中学生になると親から与えられる記念碑的な小道具だったのです。子供から成長する過程で、ひとつ大人に近づいたと実感させるアクセサリーであり、小学生時代の鉛筆書きの日々との訣別は、新しい生活への期待につながりました。
当時、国産の万年筆の大手メーカーは、パイロット万年筆とセーラー万年筆で、中学生の多くはそのどちらかを持っていました。パーカー、ペリカン、モンブランといった舶来(当時は舶来とは高級品と同じ意味を持ちました)の万年筆は、大人、それもお金持ちの持ち物でした。昭和の時代、アクセサリーやステーショナリーは、今以上に社会的地位や裕福さを表す、一つの「記号」だったのです。
話が脱線しました。
「これまでの鉛筆で書いた文章は消しゴムで消せる。しかしペンで書いたインクの文章は消せない。大人の書く文章にはそれだけの重みと責任がある」とややお説教めいた言葉で、筆者は母親からプレゼントされました。60年近く昔の話です。母の説明はそれに留まりません。
ペン先の金(といっても14金)は、筆圧に応じて柔らかく弾性変形して、文字の太さを変えることができ、ペンの先端が細くなっているのも、適度に変形して、筆圧を緩和して紙面に伝えるのに役立つし、ペン先が割れてスリットが入っているのは毛細管現象でインクを保持するのに役に立つ・・・といった具合に、ペン先の機能と構造についての講釈が続いたのです。
小学校を卒業したばかりの筆者は、いきなり弾性変形だの毛細管現象だのという物理用語を聞かされて面食らったのを記憶しています。しかしその後で説明は止まります。ペン先に雫のようにくっ付いている、小さな金属球がよく分からないのです。説明書きにはイリドスミンと書かれていました。母は首を傾げて「おそらく金は軟らかいので簡単に摩耗するだろうから、それを防止するための工夫ではないか?」とのことです。なるほど・・と思い、筆者は入学した中学の理科の教師である金岡先生に質問しました。
「イリドスミンとは何ですか?」今と違い、ウィキペディアもチャットGPTも無い時代です。金岡先生も首を傾げ「名前からしてイリジウムとオスミウムの合金だと思いますが、なぜペン先にそれがあるのかはよく分かりません。イリジウムもオスミウムも白金族で非常に希少かつ高価な金属です」との回答でした。
確かにイリドスミンはこの2つの金属の合金で、イリジウムが70%のものでした。余談ですが、今ではイリジウムと言えば、インターネットを支える、膨大な人工衛星群を用いたシステムのことです。勿論、これはイリジウムの元素番号と人工衛星の数が一致することから名付けられたものです。
さらに言えばイリドスミンは貴金属群の中では硬度が高く、耐摩耗性に優れたものでした。そして高価な貴金属でした。貴金属を宝飾に用いるのは太古の時代からの風習で、今も続いていますが、当時の日本では中学生が初めて身に着ける貴金属がペン先のイリドスミンだった訳です。
耐食性と耐摩耗性だけを考えれば、イリドスミンでなく、ステンレス鋼などでも良かったのでは?と思いますが、ペン本体の金(14金)との親和性などでイリドスミンだったのかも知れません。
中学・高校と、筆者は鉛筆と万年筆を併用して文字を書いてきました。その後、ボールペンやサインペンが普及し万年筆は急速に姿を消していきました。万年筆が消えていった理由は幾つもあります。インクを注入したりカートリッジを交換する煩わしさ、インク漏れの失敗、キャップを被せる煩わしさ、紙以外の物に書けないデリケートさ・・などが理由でしょう。実際、ボールペンが登場した理由は、梱包用の木材の上に直接書き込める頑丈な筆記用具が求められたからと聞いています。
でも筆者は別のことを考えます。
今考えると、硬筆(つまりペン)というのは、アルファベットの筆記体を書くのに最適な筆記具だったように思います。実際、欧米で書かれた19世紀の日記や手紙文を見ると、実に流麗で綺麗な文字が書かれています。これはペン文字固有の美しさです。一方、日本語や中国語などの縦書き漢字文や漢字仮名混じり文は、やはり毛筆が適しています。墨痕鮮やかな毛筆文もまた美しい芸術です。やはり日本語に万年筆はふさわしくないのか・・?
でも万年筆文化が廃れていくのは欧米でも同様みたいです。それはなぜか? 人々はあまり筆記体を用いなくなりました。だから筆記体に適した万年筆は廃れたのかも知れません。一方、ボールペンやサインペンは筆記体でも活字体でも漢字でもOKです。(もっとも漢字の場合、楷書はOKですが、草書や行書は難しいかも)。この融通の利くところが、ボールペンが生き残った理由かも知れません。
実は筆者は中高生に英語を教えることもあるのですが、ホワイトボードに筆記体で文章を書くと、読めないとクレームする生徒がいます。学校では筆記体を教えず活字体(ブロック体)の文字だけを教えます。そして書く文字は一様に汚く下手くそです。でもこれは日本だけではありません。米国でも英国でも筆記体を書く人は減り、下手くそな活字体で文字を書く人が増えてきました。数少ない筆記体を使う機会は、小切手に金額を記入する時でしたが、いつの間にか小切手も少なくなり、カード決済かスマホ決済になってしまいました。残る機会は署名ですが、こちらも万年筆より文字通りサインペンの方が好都合です。やれやれ、人々は筆記体を手放し、そして万年筆を手放したのです。
19世紀から20世紀、万年筆が活躍した時代、多くの条約が締結され、多くの公式文書に署名がされました。
日清戦争後の下関条約では、伊藤博文、陸奥宗光、李鴻章らの署名は毛筆でなされましたが、日露戦争後のポーツマス条約では、日本全権の小村寿太郎、ロシア全権のウィッテは共に硬筆(万年筆ではない普通のペン)で署名しました。太平洋戦争後の戦艦ミズーリ号上での日本の降伏文書(ポツダム宣言受諾文書)調印では外務大臣重光葵が万年筆で署名しています。その後のサンフランシスコ講和会議では吉田茂が毛筆で書かれた巻紙を読み上げ、そしてサンフランシスコ平和条約には万年筆で署名しました。署名に用いられた万年筆は貴重な記念品として大切に保管されるのが通例です。
それと同時期、ロサンゼルスで開かれた世界水泳の大会では日本人選手古橋広之進が驚異的な世界記録をうち立てました。彼を讃え、応援する多くの人々は、古橋選手の胸ポケットに多くの万年筆を差し込みプレゼントしました。万年筆は貴重品であると同時に特別な意味を持つ贈り物にもなったのです。
では21世紀の現代はどうでしょうか? そもそも、人々は手書きで文字を書かなくなりました。まずワープロやパソコンの普及で、QWERTYのキーボードから入力するのが一般化し、次に携帯電話のボタンからの入力が普及し、今ではスマホの画面でのタップ入力が当たり前です。次に来るのは音声入力でしょう。文字は書くものではなく入力するものです。
署名の方はどうでしょうか? 米国のトランプ大統領は就任以来、膨大な数の大統領令に署名していますが、それには万年筆でなく太字のフェルトペンを用いています。そして署名後にそのペンを観衆に放り投げ、記念品としてプレゼントしています。それもまぁ一つの趣向ですが、かつての万年筆による署名のような重厚感はありません。
それどころか、ベネズエラの大統領拉致や、イラン空爆では大統領令への署名もしていないようです。もはやフェルトペンもサインペンも必要なくなりました。ああ、万年筆は20世紀の遺物として博物館に飾られる存在なのでしょうか・・・。万年筆は、万年も持たず、筆記用具としては過去のものになっていきます。
では金やイリドスミンは今後どうなるのでしょうか? 世界的に金価格はうなぎのぼりです。世界情勢が不安定になり戦争が起これば「有事の金」として買いが集中します。中国は米国債を売る一方で金を買い集めています。これは財政悪化で米国債を売らざるを得ない状態を隠すために、資産を米国債から金に切り替えているだけのようにカムフラージュする側面もありましょうが、本当に金が好きなのでしょう。もっと金価格が上がり、金や貴金属が世界的に不足する事態になれば、都市鉱山の発掘を試みる人が出るでしょう。
東京オリンピックのメダルの材料として、昔の携帯電話や使わないスマホの供出が呼びかけられたように、昔の万年筆のペン先の提供を呼び掛ける運動がおこるかも知れません。
でも携帯やスマホと違って万年筆は難しいでしょうね。親父の形見、威厳のあった祖父の形見は捨てられません。昔の恋人に電話したりメールを打った携帯電話は捨てられても、初恋の人に送るラブレターを綴った万年筆は捨てられません。昭和人のメンタリティは現代人のそれとは少し違います。何と言うか、万年筆はある種センチメンタルな存在なのです。
そうはいうものの、筆者のあの昔の万年筆はとうに無くしてしまいました。さてどこに行ったのかなぁ? 金価格が高騰したら、売りたいと思うのですが・・・。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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