2026年3月に開催された全国両会(全国人民代表大会・中国人民政治協商会議)において、徳力西(デリシ)グループの董事局主席であり、19年連続で全人代代表を務める胡成中氏が提出した7件の提案の中で、「全固体電池産業の実用化加速」がひときわ大きな注目を集めた。
2025年に半固体電池の本格的な車載実装が開始されたことを受け、2026年は同産業が「技術的ブレークスルー」のフェーズから「スケーラブルな商業化(規模化)」へと移行する正念場となる。同氏の提案は、現状の課題を冷徹に分析するだけでなく、次世代電池技術を巡るグローバル覇権競争において、中国が優位性を確立するための具体的なアクションプランを提示している。
1. 現状の点検:商業化を阻む「4つの死の谷(デス・バレー)」
胡成中氏の提案はまず、急速な発展の裏に潜む全固体電池産業の構造的課題を、以下の「4つの関門」として冷静に指摘している。
標準化体系の「空白」リスク:
産業界の開発競争が先行する一方で、国家および業界の統一的な標準化体系(規格)が未整備である。ルールの不在は、企業の研究開発リソースの分散や検証コストの肥大化を招く。さらに、用途展開(車載から定置型蓄電、航空分野への拡張)やグローバル展開において重大なコンプライアンス・リスクとなる。
コア技術の量産化における「工学的ボトルネック」:
酸化物系、硫化物系、ポリマー系など多様な電解質技術が乱立する中、「高いイオン導電率」「低い界面抵抗」「低コスト」「量産安定性」というトリレンマ(またはクアジレンマ)を同時に解決する決定的な技術路線(ドミナント・デザイン)は未だ確立されていない。ラボレベルの「サンプル」から量産ラインの「製品」へ移行するための、材料・プロセス・製造装置にまたがる体系的なエンジニアリングの壁が最大の障壁となっている。
サプライチェーン連携の「脆弱性」:
全固体電池の競争は、本質的にサプライチェーン全体の総力戦である。現状、高純度の上流原材料(特定硫化物や酸化物前駆体)や、中流の精密製造装置(ドライ電極塗工機、静水圧プレス機など)のコアノードにおいて海外依存が残っており、経済安全保障上の弱点となっている。また、川上から川下までがリスクと利益を共有する強固なエコシステム(すり合わせ型開発体制)の構築が遅れている。
初期コストと市場受容性の「ジレンマ」:
膨大な初期投資と高い製造コストが、量産化の究極の障壁である。また、全く新しいアーキテクチャであるため、権威ある第三者認証システムや大規模な実証データが不足しており、川下の完成車メーカー(OEM)が採用を躊躇する「技術はあっても市場が立ち上がらない」というジレンマに陥っている。
2. 打開策:提案が示す「4つの戦略的ピラー(支柱)」
これらの課題に対し、胡成中氏の提案はトップダウンの制度設計からボトムアップの産業実践に至る包括的なフレームワークを提示している。
第1の柱:標準化による業界の「羅針盤」構築
「車載用全固体電池シリーズの国家基準(GB)」の早期策定と施行を最優先課題とする。性能、安全性、サイクル寿命などのKPIを明確化することで、企業の開発における試行錯誤コスト(内部摩擦)を劇的に削減する。また、バラマキ型の補助金から、コア技術への「選択と集中」型支援へと移行するための政策的根拠となる。
第2の柱:コア技術突破に向けた「イノベーション共同体」の形成
固体電解質材料、界面制御技術、ドライ電極プロセスといったチョークポイント(急所)に対し、産学官連携による共同研究開発を支援する。基礎研究から実用化までの「死の谷」を跨ぎ、支配的な技術路線の確立を加速させる。
第3の柱:強靭なサプライチェーン「エコシステム」の構築
バッテリーメーカー、素材サプライヤー、装置メーカー、そして完成車OEMが、長期的な戦略的パートナーシップを結ぶよう誘導する。特定企業への依存ではなく、垂直統合的かつ協調的なエコシステムを構築し、サプライチェーン全体のレジリエンス(回復力・強靭性)を高める。
第4の柱:実証プロジェクトを通じた「初期市場の創出」
財政資金を呼び水(シードマネー)として民間資本(ペイシェント・キャピタル)を誘導し、EV、定置型蓄電、電動航空機(eVTOL)などの領域で国家規模の応用実証プロジェクトを展開する。実際のフィールドテストを通じてデータを蓄積し、量産化に向けた学習曲線を一気に引き上げる。
3. 未来への展望:技術的ブレークスルーから次世代エネルギーシステムへ
2026年という時間軸からロードマップを俯瞰すると、全固体電池の実用化は単なる「モビリティの電動化」を超え、マクロなエネルギー・産業構造の変革を引き起こす。
短期(〜2030年):半固体のスケールアップと全固体の黎明期
標準体系の整備と実証プロジェクトの進展により、半固体電池がハイエンドEVや特定蓄電領域で普及し、量産効果によるコストダウンが進む。同時に、全固体電池は産学官連携によってパイロットライン構築フェーズに入り、技術路線の勝敗が徐々に鮮明となる。
中期(2030〜2035年):全固体の社会実装とアプリケーションの爆発
エネルギー密度(500Wh/kg超)、本質的安全性、長寿命を兼ね備えた全固体電池の量産化が実現すれば、EVの航続距離不安と安全リスクは完全に払拭され、ICE(内燃機関)車からのリプレイスが完了フェーズに入る。さらに、高エネルギー密度という特性が、電動航空機(eVTOL)や大型商用車、建設機械といった「重量級・高出力モビリティ」の完全電動化という巨大な新規市場(ブルーオーシャン)を切り拓く。
長期(2035年以降):次世代クリーンエネルギー基盤の完成
全固体電池は究極の「高効率モバイル・ストレージ(移動式蓄電ユニット)」として、太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギー(VRE)と深く統合される。V2G(Vehicle-to-Grid)技術を介して、億単位の車載バッテリーがスマートグリッドの有機的なバッファーとして機能し、「カーボンニュートラル」社会を支える次世代電力インフラの根幹を成す。
結論として、 胡成中代表の提案は、この壮大なグランドデザインに向けた実行宣言である。全固体電池を巡る覇権争いは、一企業・一産業の枠を超え、次世代のグローバル・エネルギー安全保障において国家がどのようなポジションを獲得できるかを決定づける。2026年は、中国の全固体電池産業が助走期間を終え、スケーラブルな商業化に向けて一斉にスプリントを開始する「キャズム越え」の歴史的転換点として記憶されるだろう。
(趙 嘉瑋)