【市況概況】
鉄スクラップ価格の上昇基調が鮮明となっている。東京製鉄は30日、自社のスクラップ購入価格を全工場でトンあたり2000円前後引き上げた。これにより、指標となるH2の価格はトン5万円の大台に乗せた。筆者が予想していた「H2ベースでトン6万円」という強気シナリオに向け、まずはトン5万5000円が現実的なターゲットとして視野に入ってきた。
しかし、この原料高の裏で、製品である鋼材市況には特有のリスクが顕在化しつつある。地政学リスクと為替動向が絡み合い、鉄鋼業界は未曾有の複雑な舵取りを迫られている。
1. ホルムズショックによる為替(ドル円)への波及と予測
スクラップ価格を押し上げている要因の一つである「円安」は、ホルムズショックによってさらに長期化・定着する可能性が高い。今後の為替相場は以下のメカニズム、構造的な円安(1ドル=160円〜170円水準の底堅い推移、局面によってはさらに円安進行)に向かうと予測される。
(為替円相場(TTS)の推移)


(東京製鉄 田原陸上H2購入単価の推移)
資源高による貿易赤字の拡大: ホルムズ海峡の緊張による原油・天然ガス価格の高騰は、エネルギーの大部分を輸入に頼る日本にとって致命的である。実需のドル買い(円売り)が膨らみ、為替を強力に円安方向へ押し下げる。
世界的インフレと金利差の固定化: エネルギー起因のインフレが世界的に再燃すれば、米FRB(連邦準備制度理事会)などは高金利政策を維持せざるを得ない。日米の金利差は縮小しづらく、投機的な円売り圧力も継続する。
2. 中国・イラン情勢が引き起こす「鋼材の玉突き供給」
原料高が続く一方で、製品である鋼材市場は「中国発の過剰供給リスク」に直面している。
通常、中国はイランに対して年間約2000万トン規模の鋼材を出荷しているが、現在のホルムズショック等の情勢悪化により、この輸出ルートが事実上機能不全に陥っている。自国内の不動産不況で内需が冷え込んでいる中国がこの余剰分を抱え込む余裕はなく、行き場を失った鋼材が日本を含むアジア市場に安価なオファーとして流入(玉突き出荷)してくる可能性が極めて高い。
3. 鉄鋼メーカーへの業績影響(電炉 vs 高炉)
この「原料(スクラップ)高・製品(鋼材)安」といういびつなデカップリング現象は、国内鉄鋼メーカーの業績に深刻な影響(マージンスクイーズ=利幅縮小)をもたらす。
電炉メーカー(東京製鉄など)への影響:【甚大】
鉄スクラップを主原料とするため、価格上昇の直撃を受ける。通常であればコスト増を製品価格に転嫁(値上げ)するが、アジア市場に溢れる安価な中国材がキャップ(上限)となり、値上げが市場に浸透しない。スプレッド(原料と製品の価格差)が急激に縮小し、収益が大幅に圧迫されるリスクが高い。
高炉メーカー(日本製鉄、JFEなど)への影響:【中〜大】
鉄鉱石と原料炭を主原料とするため、スクラップ高の直接的なダメージは電炉に比べれば限定的である。しかし、ホルムズショックによる物流費高騰と円安による輸入コスト増は免れない。さらに、中国からの安価な汎用鋼材の流入は、高炉メーカーの製品価格の足かせにもなるため、決して対岸の火事ではない。
4. 今後の市場予測データ(向こう半年〜1年のシナリオ)
フェーズ | スクラップ価格 (H2) | アジア鋼材市況 | ドル円相場予測 | 鉄鋼業界への総合影響 |
|---|---|---|---|---|
現状 | トン50,000円到達 | 弱含み(需要低迷) | 155~160円台前半 | コスト転嫁の難航が表面化 |
第1段階
(1〜2ヶ月後) | トン55,000円へ上昇 | 下落圧力増大
(中国材の流入本格化) | 160〜165円台
(資源高・貿易赤字) | 電炉メーカーの減益懸念
スプレッド縮小が顕著に |
第2段階
(3か月〜半年後) | トン60,000円視野 | 低迷長期化
(供給過剰の常態化) | 170円台〜
(インフレ高止まり) | 業界再編・減産圧力
採算割れによる操業調整 |
【総括】
鉄スクラップが6万円を目指して上昇軌道を描く中、為替の円安と地政学リスクが生み出す「行き場を失った中国材」が鋼材市況の頭を抑え続ける。市場関係者および投資家は、表面的な「原料高」だけでなく、製品価格への転嫁不全がもたらす企業収益の圧迫リスクに対して、最大限の警戒を払う必要があろう。
(IRUNIVERSE YT)