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脱炭素の部屋#263  「選択と脱炭素」

2026/03/31 08:26
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脱炭素の部屋#263  「選択と脱炭素」

 ここ最近、「顧客や株式の関係者から『脱炭素にどう対応しているのか』という問い合わせが来るようになった」というお話をいただく事例が増えています。以前であればCSRや環境配慮の一環として語られることが多かったテーマですが、いまやそれは明確に「取引や投資の前提条件」として問われるものに変わってきました。言い換えれば、脱炭素への取り組みは“やるかやらないか”ではなく、“どのレベルでやるのか”が問われる段階に入ったと言えるでしょう。

 

 その背景には、制度面の変化が確実に影響しています。とりわけ2024年度以降、気候関連の情報開示やサステナビリティに関する報告義務が段階的に強化され、企業は自らの環境負荷についてより具体的な説明責任を負うことになりました。いわゆるTCFDやISSBといった枠組みに沿った情報開示は、大企業だけの話ではなく、サプライチェーン全体へと波及しつつあります。これにより、中堅・中小企業であっても「何もしていない」という状態では済まされない環境が整いつつあるのです。

 

 もっとも、こうした制度の影響以上に大きいのは、経営者自身の意識の変化ではないかと私は感じています。「やらなければ選ばれない」という感覚が、これほどまでに広がったことはこれまでなかったと思います。実際に現場でお話を伺っていると、「対応しないと取引が止まるかもしれない」「投資対象から外されるのではないか」といった危機感が、意思決定のスピードを一気に引き上げている印象があります。

 

 この動きは想像以上に広がりを見せています。単なるGHG排出量の算定・開示にとどまらず、その数値の信頼性を担保するための第三者認証、さらには水資源や生物多様性、人権といったESG全般にまで関心が拡張しているのです。いわば「脱炭素を入口として、企業経営そのものの透明性が問われる時代」に入ったと捉えるべきでしょう。

 

 その一方で、市場の動きは必ずしも一直線ではありません。たとえば電気自動車(EV)については、一部地域で需要の伸びが鈍化し、メーカーが開発戦略の見直しを迫られるケースも出てきています。しかし同時に、リチウムやコバルトといった資源の確保を巡る競争はむしろ激化しており、脱炭素関連の投資は依然として活発です。この一見矛盾するような動きは、どのように理解すべきなのでしょうか。

 

 私はここに、非常に重要な示唆があると考えています。それは、脱炭素というテーマが「短期の最適解」を許さない性質を持っているということです。たとえばEVであっても、発電が石炭火力に依存し、製造過程で大きな環境負荷を伴うのであれば、その脱炭素効果は大きく損なわれてしまいます。GHGプロトコルに沿って言えば、現在のEVはスコープ2が大きい、ということになります。ライフサイクル全体で見たときに、本当に環境負荷が低減されているのか。この問いに対して市場は極めて冷静に判断を下しているのです。

 

 見方による話ではありますが、現在のEV需要の停滞も、「中途半端な脱炭素に対する市場の評価」と見ることができるのかもしれません。将来電源の再生可能エネルギー化が進み、資源供給の課題が解消されれば、EVは再び自然にシェアを伸ばしていく可能性が高いと見ることもできます(バッテリー寿命など、運転性能の改善が求められるのはもちろんですが)。

 

 ここで重要なのは、「脱炭素か否か」という単純な二項対立ではなく、「どの選択がより本質的に脱炭素に近いのか」という問いに市場のプレーヤーたちが応え始めているという点です。極端に言えば、現状においては「まだEVにしない」という判断の方が、結果として脱炭素に資する場合もあり得るわけです。これは非常に示唆的な状況ではないでしょうか。

 

 企業経営においても同様です。形式的にCO2排出量を開示するだけでは不十分であり、その削減に向けた取り組みが実質を伴っているかどうかが問われています。サプライチェーン全体での整合性、投資判断との連動、さらには事業戦略そのものへの組み込み——これらが一体となって初めて、「選ばれるための脱炭素」が成立するのです。

 

 私はこれを、「脱炭素を通じて自社の選択を世に問う時代」と捉えています。どのような資源を使い、どのようなエネルギーで製品を作り、どのような価値を社会に提供するのか。その一つ一つが可視化され、比較され、評価される。そして最終的には、顧客や投資家が「どの企業を選ぶか」という形で答えを示す。この構図は今後ますます鮮明になっていくでしょう。

 

 だからこそ、脱炭素への対応は単なるコストではなく、自社の価値を市場に提示するための戦略的な投資と位置付けるべきです。社会的な要請に応えることが、そのままビジネスの成長機会につながる——こうした構造は、これまでの環境ビジネスの歴史の中でも繰り返し確認されてきました。

 

 脱炭素は、決して一本道の答えを持つテーマではありません。しかしだからこそ、企業ごとの判断と実行力が問われます。そしてその選択は、必ず市場によって評価されることになります。

 

 皆さまの会社は、どのような「選択」を世に問いますか。

 

 

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西田 純(循環経済ビジネスコンサルタント)

国連工業開発機関(UNIDO)に16年勤務の後、コンサルタントとして独立。SDGsやサーキュラーエコノミーをテーマに企業の事例を研究している。武蔵野大学環境大学院非常勤講師。サーキュラーエコノミー・広域マルチバリュー循環研究会幹事、循環経済協会会員

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