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元鉄鋼マンのつぶやき#170 山特の吸収合併について考える 竹村健一、トロイダル変速機、新幹線車輪

2026/05/18 14:52 PRO
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いささか旧聞になりますが、前から予想はされていましたが、日本製鉄が山陽特殊鋼の併合を発表しました。

 

日本製鉄、山陽特殊製鋼を吸収合併へ

 

これには、いろいろな事情が背景にあり、とても一本の記事では説明できないのですが、一言で言えば、日本製鉄の国内戦略の一環です。旧日新製鋼の呉製鉄所を閉じた後、同社の瀬戸内製鉄所は広畑や光(周南)だけになりました。これでは他の東日本製鉄所や九州製鉄所と比べると規模が小さく、アンバランスとなります。隣接する広畑製造所と融合して姫路地区として一体化するのが当然と思われました。

 

山特は、もともと高い技術力がある会社でした。しかし阿呆な経営者の放漫経営で破綻した後、新日鉄の支援を受け、新日鉄の技術を導入したお陰でさらに強力になったのです。高炉メーカーの技術支援を受けた電炉メーカー/特殊鋼メーカーは多くありますが、一部は失敗し、一部は成功しました。山特の復活は成功例の最たるものとされました。

 

一般には山特の経営破綻は山崎豊子の『華麗なる一族』のエピソードとして登場しますが、小説にはかなりの脚色があります。しかし、一部は的を射ています。小説では、電炉メーカーが高炉メーカーへの脱皮を目指し、挫折するストーリーになっていますが、当時高炉メーカーを目指して失敗する例は多かったのです。実際、川崎製鉄(当時)、神戸製鋼、住友金属工業(当時)、中山製鋼などは、平電炉メーカーのままでは限界があり、何とか高炉を持ちたいと、あがいていました。CO2削減で「高炉から電炉へ」がトレンドである現在とはまるで逆でした。昭和20年代から30年代の話です。最初に動いたのは川崎製鉄の西山氏で千葉に高炉を持つ一貫製鉄所を建設しました。住友金属工業も神戸製鋼もそれに続き、大手高炉メーカー6社の体制が整いました(八幡、富士、日本鋼管、川鉄、住金、神戸製鋼)。その後八幡と富士が合併し、大手5社体制が日本の高度成長期に事業を拡大しました。しかし、そこで通産省(当時)は粗鋼枠のガイドポストを設け、高炉業界への新規参入をストップさせました。間に合わなかった山特は、巨額の費用を要する高炉建設を夢見ましたが、挫折しました。間に合った高炉メーカーの幹部は「鵜の真似をする鴉、水に溺れる」と冷笑しました。

 

その少し前、毎日新聞の記者だった竹村健一は、山特のトップインタビューでオーナーの荻野一に気に入られ、調査部長としてスカウトされます。竹村は、製鉄所の建設のための事前調査として欧州に派遣され、クルップ社を訪問します。クルップは有望な客として、竹村の為に、当時珍らしかったビジネスジェットを用意して拠点空港からデュッセルドルフまで送迎しました。竹村はその破格の歓迎に驚き、製鉄会社とはすごいものだ・・と思ったとのことです。しかし、竹村健一と荻野一の良好な関係は長続きせず、短期間で彼は山特を離れ、評論家になります。その暫く後に、山特は経営破綻します。放漫経営が原因です。その時、竹村健一は「しまった!」と漏らしたとのことです。「大企業の経営破綻など滅多に経験できることではない。自分が山特の内部にいたなら貴重な経験をできたのに!」

 

まあ、気障な発言ですが、なんとなく分かります。かく言う筆者も自分が製鉄会社を離れた後に、その製鉄会社は経営が行き詰まり、新日鉄(当時)に救済合併されました。

 

今でもデュッセルドルフ空港には、クルップ社のハンガーがあり、クルップの社有機が駐機しています。それを見る度に竹村健一と、山陽特殊鋼を思い出します。

 

ここで話題を転じます。

 

実は、山特の吸収合併は、山特側からだけでなく、日本製鉄の電炉化戦略と、旧住金の和歌山縮小戦略の両方から考える必要があります。まず和歌山について考えます。

 

もともと和歌山製鉄所は高炉一貫製鉄所としては中規模(つまり中途半端)で、しかもレイアウトが悪いことから合理化が難しく、価格競争力が無い製鉄所でした。ライバルとなる鹿島、君津といった大型製鉄所が本格稼働すると厳しい立場に立たされました。昭和50年代のことです。

 

もともと住友金属工業は鋼管に強みがあり、和歌山製鉄所はシームレスパイプから電縫管、鍛接管、UOEの大径鋼管までを品揃えした「パイプのデパート」を自認していました。しかし鋼管だけでは一貫製鉄所の高炉の粗鋼量を賄うことはできません。それに主力製品の油井管は、原油価格の変動や世界情勢の変化で需要が大きく変動し、生産が安定しません。そこで厚板と薄板、ステンレスも製造しますが、こちらも中途半端です。厚板は造船用厚板の需要減で鹿島に集約することになり、瀬戸内の造船所への供給を止め、設備は中国の鞍山鋼鉄に売却されました。厚板がなくなるとUOEの大径鋼管の製造もストップし鹿島に集約しました。こちらの設備は英国に売却されました。まさか、その20年後に鹿島の厚板と大径鋼管もストップするとは思いませんでしたが・・。

 

薄板は需要旺盛でしたが、和歌山の薄板には致命的な欠陥がありました。熱延はホットストリップミルではなくリバーサルタイプだったのです。それに加え、加熱炉はウォーキングビームではなくプッシャー方式でした。これでは製品品質に限界があります。鹿島への集約は必然でした。

 

和歌山の生きる道、即ち高炉操業を維持するために粗鋼量をどう確保するかは会社の重要課題でした。一つの方法は、関西製造所(尼崎の鋼管製造所と大阪製鋼所)と海南鋼管、小倉製鉄所への半製品供給です。半製品とはスラブ、ブルーム、ビレットのことです。本来なら付加価値の低い半製品を、所外へ出荷するのは忍びないのですが、鋳銑機を動かすよりはましです。

 

1980年代末、和歌山製鉄所では新たに丸ブルーム(断面が円形)連続鋳造装置(CC)を開発し、丸ブルームを製造して、大阪製鋼所に提供することになりました。製鋼所ではそのブルームを輪切りにして鍛造し、鉄道車輪とクランクシャフトを製造します。製鋼所では独自に進めていた水平連続鋳造装置の開発を放棄し、和歌山から受け入れることにしました。

 

そこで大問題が発生しました。1990年代の前半のことです。

 

新しいCCは円形のモールド(鋳型)を持ちますが、そこに溶鋼を供給する浸漬ノズルは真下に溶鋼が流れる方式です。矩形断面のスラブCCでは浸漬ノズルの吐出孔は水平なのに、丸ブルームCCでは垂直に高速で溶鋼が深部まで流れます。その結果、一緒に流れ込んだ介在物は浮上分離の機会を失い、凝固途中で浮上しようとするも、凝固シェルの天側の内側のデンドライト樹間に捕捉されます。(これを1/4厚介在物集積帯と言います)。下手くそな漫画ですが、模式図を以下に書きます。

 

 

勿論、和歌山の技術者達は、事前によく研究して介在物の問題は起こらないと確認していました。しかし実際には問題が発生し介在物欠陥は大阪製鋼所で発見されました。それは新幹線の車輪のフランジ部の超音波欠陥となって現れたのです。

 

当時、大阪製鋼所の所長だったN氏は激怒しました。すぐに全品検査が行われましたが、一部はJR等に出荷済みでした。さてどうするか・・・?

 

リコールで回収すれば、JRや鉄道車両メーカーに重大な影響がでますし、企業への信頼は失墜します。もし黙っていて事故が発生すれば、最悪の場合、犠牲者がでます。検査で漏れた欠陥が事故を起こす確率はいかほどか・・・? 結局、会社はダンマリを決めました。今となっては時効ですから言いますが、結果として新幹線の車輪が割損する事故は発生しませんでした。実は東海道新幹線の車輪が走行中に割損した事故は昭和40年代の初めに1回だけ発生しています。確か浜松辺りで発生しましたが、幸いにして怪我人などは出ませんでした。その後50年以上、車輪割損事故は発生していないのです。

 

この品質問題では対応の遅れをN所長に厳しく叱責されたO生産管理部長が自殺するという悲劇をもたらしました。O氏は着任して間もなくだったのですが、責任を問われたのです。一方、根本の原因となった和歌山のCCの責任者は、一切お咎めはありませんでした。この問題は極秘扱いで公にできなかったことと、和歌山のCCの責任者は、将来を嘱望された超エリートで、疵を付ける訳にはいかなかったという事情がありました。

 

筆者はこの品質事故の根本原因は、半製品を出荷することで、品質管理が複数の製造所にわたり、管理業務の機能不全や責任の所在が不明確になる事態を招いたことだと思います。筆者自身は、鹿島で品質管理に十年以上従事し、品質管理業務が製鉄所の外に及んだ際の対応の難しさを痛感しました。

 

実は高速鉄道で車輪の割損が原因で大事故になった例はあります。1990年代の後半、ドイツのエシェデで時速200KmのICEが脱線して100人の犠牲者が出た事故がありましたが、この原因のひとつは防音車輪の割損と言われています。余談ですが、この時、筆者はドイツにいて、1日ドイツ国鉄が動かなくなったために、予定が狂った記憶があります。 

 

後年、筆者が広島の電炉メーカーに勤務していた時の話です。スペインの車両メーカーが鉄道車輪用に丸ブルームを買いたいと言ってきました。筆者には魅力的な話に思えたのですが、住金出身の上司のY氏に、PL法などを理由に頑強に反対され、取引は実現しませんでした。Y氏はドイツのICEの事故というより、新幹線の車輪問題のことを思い出したのかも知れません。 

 

これまで大阪製鉄所の鉄道車輪は、日本の鉄道車両だけでなく、中国や台湾の高速鉄道でも使用されてきました。中国は最近、高速鉄道の車輪を全面的に国産化すると発表し、日本からの輸入を止めるようです。既に製鋼、鋳造、鍛造の技術は日本から学び会得しているのでしょうが、品質管理のノウハウ、あるいは品質保証の精神が、中国側に伝わっているのか・・、筆者は心配します。

 

大阪製鋼所の車輪の素材も和歌山から山特に切り替えられるでしょう。或いは既にそうなっているかも知れません。果たして品質管理は大丈夫だろうか?JRや日本車両等の車両メーカーのアプルーブは取れたのだろうか? そんな余計なことを考えましたが、それは恐らく杞憂でしょう。

 

従来から山特の鋼材の清浄度は極めて高いと評判なのです。高い介在物清浄度が要求される製品は数多くありますが、ベアリング素材などはその最たるものです。そしてその分野で山特の評価は非常に高いのです。CCでの介在物捕捉については前述しましたが、実は介在物の絶対量を決めるのは真空脱ガス装置での循環時間です。RHであれVODであれ、循環時間が長くなると、介在物の絶対量は指数関数的に減少します。ベアリング鋼の溶製時には循環時間を普通の鋼材の数倍長く取ります。無論、長時間かけるのは温度補償など他の問題を解決するのが前提であり、容易ではありません。山特はその分野で優れたノウハウを持っているのです。

 

またまた余談ですが、筆者が東海地方のある電炉メーカーの製鋼工場を訪問した時です。真空脱ガスの循環時間を尋ねた筆者に対して、若い女性の案内者は笑って答えませんでした。その目は「なんでそんなこと訊くのか。答えられるはずないじゃないですか!」と訴えていました。

 

山特にも企業秘密はあるのですが・・・NHKには公開したりします。以前、日産(ジャトコ)のユニークなフルトロイダル無段変速機の開発を、特集番組で紹介していたのですが、摩擦で動く金属部品には高い清浄度が求められる・・・と言って、山特のRHが紹介されていました。RHの処理時間には触れず、一方で鍋の出鋼孔の詰め物(珪砂:介在物の元になる)を排除するために円錐状の金属板の蓋いを使用している様子などが、バッチリTVカメラに写っていました。「ああっ、これは鹿島と同じ方式だ。これが公知となると、うちの特許は通らないな・・」などと思った記憶があります。これほど介在物清浄度に注意を払っている山特なら、新幹線車輪もOKだな・・と安心する一方で、寂しい思いを感じました。

 

山特の吸収合併は、皮相的に眺めれば、日本製鉄がCO2排出量を削減するため電炉比率を上げるための一環と言えます。新しい大型電炉を開発設置するには莫大な費用がかかりますし、電力供給の問題があります。

「どうせ国内の粗鋼の生産能力は余っているのだから、不要な高炉を止めて、既存の電炉を活用すればいい・・。おっと電炉は日鉄本体の所属でなければ、電炉比率に算入できないから山特は合併してしまえ」というストーリーです。

 

しかし前述の通り、鉄道車輪を含め、半製品の調達先を変えるというのは、やはり煩雑な手続きと諸問題を解決しなければなりません。簡単ではありません。筆者は柔和な表情のO生産管理部長のことを思い出し少し複雑な思いです。

 

さて、読者諸兄は、この話を聞いた後で、中国の高速鉄道に乗りますか? 筆者は乗りますよ。仕方ありませんから。

久世寿(Que sais-je)

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