2026年5月28日、インド大使館(東京)にて「Seminar on Bureau of Indian Standards (BIS) – Regulations and Landscape」が開催された。セミナーでは、インド標準局(BIS:Bureau of Indian Standards)による品質規制制度の概要や外国企業向け認証プロセスが説明されたが、資源・素材市場の視点から見て最も重要なのは、
「BISは単なる製品認証ではなく、インド版のサプライチェーン規制へ進化している」という点だ。
特に鉄鋼分野ではその傾向が顕著である。一方、銅地金など非鉄金属の一部は現時点で同様の強制対象ではない。この違いの背景には、品質規制だけでは説明できない地政学的・産業政策的な事情が存在する。
BISとは何か――「市場参入条件」としての品質規制
BISはインド国家標準機関であり、製品規格の制定や認証を担う。原則として規格適合は任意だが、政府が定めるQCO(Quality Control Order:品質管理命令)対象製品は強制認証となり、認証なしではインド市場への輸入・販売が困難になる。
インド大使館セミナーでも、KPMG India関係者は、
「BISは過度に恐れる制度ではなく、国際標準に整合した品質管理制度」と説明した。
ただし実務上、これは単なる品質保証ではない。
認証がなければ輸入できない=市場アクセス規制であり、特に鉄鋼では事実上の非関税障壁として機能し始めている。
なぜ鉄鋼は厳しく、銅地金は対象外なのか
市場関係者の間では、
「銅地金は対象外なのに、なぜ鉄鋼だけここまで厳しいのか」という疑問が多い。
答えはシンプルで、
鉄鋼は“中国問題”と産業保護の文脈に置かれているからだ。
インド鉄鋼省は2025年6月13日、輸入鉄鋼製品の投入原料にまでインド標準規格(IS/BIS)取得を義務化する通達を出した。
従来は輸入される製品そのものにIS認証が必要だったが、新制度では、
- ビレット
- ブルーム
- スラブ
などの中間材(投入原料)まで認証対象となった。
しかも対象は、海外製造拠点で投入される原料にまで遡及する。
つまり、
「最終製品だけ認証済みなら良い」
という世界ではなく、
「その鋼材が何から作られたか」
まで問う制度へ変わった。
実務上、これは非常に重い。
インド向け製品を製造する海外工場が、原料として使用する中間材についてもBIS認証取得が必要になるためだ。
BIS認証にはインド当局の工場監査や試験が必要で、取得には通常6〜8か月を要する。
そのため、日系鉄鋼企業からは、「短期対応は現実的ではなく、多くの輸入に支障が出る可能性」との声も出ている。
背景にあるのは“中国迂回材”対策
この動きの背景として強く指摘されているのが、
中国製鉄鋼の迂回輸入防止である。
インドは中国との国境問題を抱え、経済安全保障上の警戒感が強い。
鉄鋼輸入では中国は主要供給国であり、中国材が第三国で加工され、
「Made in ASEAN」
「Made in Korea」
など別原産地として流入しているとの見方がある。
つまり、
中国製スラブ
↓
第三国加工
↓
完成鋼材としてインド輸入
という経路を塞ぐことが、今回の制度強化の核心だ。
原料までBIS認証を求めることで、
“中国材のロンダリング”を防ぐ
という政策意図が透けて見える。
加えて、インドではSIMS(Steel Import Monitoring System)が運用されており、
- 原産国
- 数量
- 価格
などの登録が義務化されている。
今回の原料規制は、
品質認証(BIS)+輸入監視(SIMS)
の二重管理へ発展しているとも言える。
銅地金が対象外である理由
では銅はどうか。
現時点で銅地金は鉄鋼ほど包括的なBIS強制対象ではない。
背景には以下がある。
第一に、鉄鋼ほど中国過剰供給問題の政治性が強くないこと。
鉄鋼は世界的な供給過剰、ダンピング、安値輸出問題の象徴であり、国内産業保護との結びつきが強い。
第二に、鉄鋼はインド製造業の基礎産業である点。
インド政府はMake in India政策の中核として鉄鋼を重視しており、品質・供給網管理を強化している。
第三に、銅は比較的グローバルな品質規格が浸透しやすいこともある。
銅地金市場ではLMEブランドや国際規格に基づく品質管理が一般化しており、鉄鋼ほど国家認証制度への依存度が高くない。
ただし安心はできない。
BISセミナーでは、
「健康、安全、環境、国家安全保障などの理由で対象は拡大し得る」
と説明されており、EV・送電・再エネ戦略と絡めて将来的に非鉄材料へ波及する可能性もある。