海運大手Maersk(デンマーク)が、北米向けに専用のリチウムイオン電池陸上輸送サービスを立ち上げた。傘下のMaersk Ground Freightが手がける新サービスで、Class 9危険物に区分される電池を米国・カナダ・メキシコの3カ国間で越境輸送できる体制を整えた。新品の電池のみを対象とし、破損品や回収品、廃棄予定品は扱わない。荷電状態(SOC)は出荷時点で10〜60%に維持することを条件とし、安全データシート、危険物申告書、UN38.3試験報告書、SOC申告、ワット時定格の申告書類一式を必須とする。危険物輸送の訓練を受けたドライバーが専属で対応する。Maersk自身は6月19日付の発表資料でこのサービスの立ち上げを明らかにしており、稼働開始の正確な日付は現時点で公開資料からは特定できない。
Maerskは同資料の中で、米国内のリチウムイオン電池輸送市場の年間支出規模を24億〜30億ドルと見積もっている。この数字は市場調査会社Dataintelo社の2026年分析に基づくもので、北米が世界市場の27.3%を占めるとの前提から算出された。米業界メディアのClean Truckingも7月7日付でこのニュースを伝え、Maersk Ground Freight米国部門責任者のBob Livingston氏の「エネルギー転換とは車を動かす動力の話だけではなく、その背後にあるサプライチェーン全体の話だ」というコメントを紹介している。
なぜ今、陸上輸送なのか
Maerskにとって今回の陸運参入は、唐突な事業拡張ではない。同社は2025年9月、中国からラテンアメリカへリチウムイオン電池を72時間で空輸した事例を自社サイトで公開している。SOCを30%以下に抑える、Class 9ラベルとCAO(貨物専用機)表示を施す、輸送中の温度を継続監視するといった手順を踏み、遅延も事故もなく届けたという。この案件をきっかけに顧客はアジアと北米の他の危険物輸送でもMaerskとの取引を広げたとされる。今回の北米陸運サービスは、すでに海運と空運で培ってきた危険物対応力を、陸運という最後の区間まで延ばす動きと位置づけられる。
その受け皿となるMaersk Ground Freightのネットワークも、決して小さくない。北米に65カ所以上の拠点、7つの地域ハブを構え、米国内4万2000以上の郵便番号エリアをカバーする。フルトラックロード、LTL、専門LTL、越境輸送、フレイトブローカレッジまでを一体で提供できる体制のうえに、今回の電池専用サービスを載せた格好だ。
市場規模:北米から世界へ
北米で電池物流の需要が膨らんでいる背景には、電池工場の建設ラッシュがある。米国のインフレ抑制法(IRA)成立以降、北米全体で発表された電池関連の製造投資は累計1000億ドルを超えるとされ、カナダだけでもここ4年で約310億ドルの投資が集まった。2026年には、ケベック州のNorthvolt Six(投資額70億ドル)、インディアナ州のGMとSamsung SDIの合弁工場(投資額30億ドル)、サウスカロライナ州のBMW電池組立工場(投資額7億ドル)など、複数の大型工場が相次いで稼働を始める見通しだ。工場から組立ラインへ電池を安全に運ぶ物流網の整備は、この投資ラッシュと切り離せない課題になっている。
市場調査会社Growth Market Reportsの推計では、電池物流市場全体の規模は2024年時点で世界185億ドル、2033年には392億ドルに達する。年平均成長率は7.8%で、地域別では亜太が84億ドルで最大、北米が47億ドル、欧州が39億ドルと続く。Maerskが挙げた米国の電池輸送支出24〜30億ドル。
リチウムイオン電池がUN3480またはUN3481のClass 9危険物に区分されることも、この市場の特殊性を形づくっている。熱暴走や短絡による発火リスクを伴うため、一般貨物のネットワークでは扱えず、専用の梱包・書類・訓練を備えた業者でなければ運べない。危険物対応に強みを持つ物流会社にとっては、この参入障壁の高さがそのまま競争優位につながっている。
電池物流は、北米がEVや系統用蓄電、電池製造の生産能力を拡大するのにあわせて、産業を支える中核的な機能になりつつある。セルやモジュール、パック単位の輸送は単価が高いうえに安全要件が厳しく、スケジュールにも余裕がない。輸送の遅延やコンプライアンス上の不備が一件でも生じれば、その先にある生産ラインの稼働や検査工程、設置作業、顧客への納品にまで影響が波及しかねない。
膨らむ逆方向の輸送需要
電池物流にはもうひとつ、これまであまり注目されてこなかった流れがある。工場から車両への「順方向」の輸送に対し、寿命を迎えた電池をリサイクル施設へ送り返す「逆方向」の輸送だ。国際エネルギー機関(IEA)は2021年の報告書で、電気自動車の使用済み電池の発生量が2030年以降急増すると予測している。市場調査会社Mordor Intelligenceの推計では、電池リサイクル市場そのものの規模は2026年に50億7000万ドル、2031年には147億9000万ドルに達するとされ、年平均成長率は23.87%と電池物流全体の伸び率を上回る。
使用済み電池の輸送は、新品の輸送よりも規制が厳しい。米運輸省(DOT)傘下のPHMSAは、廃棄・リサイクル目的の電池について、熱暴走に耐える梱包や30%以下へのSOC低減、廃棄用かリサイクル用かを明示する書類などを求めている。これに加え、米環境保護庁(EPA)の資源保全再生法(RCRA)に基づく廃棄物規制も並行して適用されるため、輸送と廃棄物管理という2つの規制体系にまたがる対応が必要になる。北米ではLi-Cycleが、電池を粉砕して「ブラックマス」と呼ばれる濃縮物にしてから拠点間輸送する方式を採用し、輸送コストと危険性を同時に下げる工夫をしている。テスラの元CTOが設立したRedwood Materialsは、Ford・Toyota・Volkswagenと提携し、年間約6ギガワット時規模の使用済み電池を受け入れる体制を築いている。
EUが段階的に施行するバッテリー規則も、この流れを後押しする制度的な要因だ。新しい電池に一定割合の再生材料(コバルト16%、リチウム6%、ニッケル6%)を含めることを義務づけており、2031年までに段階適用される予定となっている。再生材料の利用を制度で義務化する以上、それを支える回収・輸送網の整備も避けて通れない。
Maerskの今回の動きは、電池という単一の貨物カテゴリーが、製造から廃棄までのサプライチェーン全体を通じて専門の物流インフラを必要としつつあることを示す一例といえる。順方向・逆方向いずれの流れも、危険物としての制約が一般貨物網からの分離を促しており、この分野に対応力を持つ物流会社の競争力を左右する構図が今後も続きそうだ。
出典:Maersk、Growth Market Reports