世界を一国依存に変えた「価格破壊」の完成形
マグネシウムは、実用金属の中で最も軽い。比重はアルミニウムの約3分の2、鉄の約4分の1。自動車、航空機、電子機器の軽量化に役立ち、アルミニウム合金の添加材や鉄鋼の脱硫材としても欠かせない。
これほど重要な金属でありながら、世界の供給構造は極端である。米国地質調査所の統計では、中国は世界の一次マグネシウム生産の大部分を占める。世界にはドロマイトも海水も塩湖も広く存在し、原料が中国だけにあるわけではない。それでも生産は中国へ集中した。
なぜか。
答えは資源量ではなく、圧倒的な安値である。
> 中国はマグネシウム鉱山を独占したのではない。世界の生産者が操業を続けられない価格を作ったのである。
私が最初に選んだのは中国ではなくロシアだった
ここで、私自身の取引の歴史を率直に書いておきたい。
私はタングステン、モリブデン、レアアースでは、比較的早い時期から中国品の開発輸入に取り組んだ。しかし、マグネシウムについて中国品を本格的に扱い始めたのは、かなり後になってからである。
理由は明快だった。当時、私が重視していたのはロシア・ウラル地方のソリカムスクで生産されるマグネシウムだったからである。
チタンスポンジの製造では、四塩化チタンをマグネシウムで還元するクロール法が広く用いられる。ここで使うマグネシウムの品質は、最終的なチタンスポンジの品質を左右する。不純物が多ければ、高品質なチタンを安定して作ることは難しい。
ソリカムスク産マグネシウムは純度と品質の安定性に優れ、航空機などに使われる高品質チタンスポンジの原料として信頼できた。価格が多少高くても、品質を優先する用途ではロシア品でなければならない。私は長い間、そう判断していた。
当時の中国産マグネシウムは、確かに安かった。しかし、ロットごとの品質のばらつきや不純物管理への不安があり、高品質チタンスポンジ向けとして簡単に切り替えられるものではなかった。
ところが、中国メーカーはそこで止まらなかった。設備を増やすだけでなく、需要家が要求する品質を学び、精製、分析、操業管理を改善した。品質差が少しずつ縮まる一方、ロシア品との価格差は拡大していった。
最終的には、中国産マグネシウムインゴットの価格競争力がロシア品を上回り、一般用途を中心に市場の重心が中国へ移っていった。
この変化は、単なる「安物が高級品に勝った」という話ではない。
> 最初は品質でロシアが勝っていた。中国は価格で市場へ入り、数量を増やし、その過程で品質を学び、最後に価格と供給力の両方で市場を奪ったのである。
私が中国のマグネシウムを扱い始めるのが遅かったという事実そのものが、中国産業の発展過程を示している。初めから中国品が世界最高だったのではない。先行するロシアの品質に追いつくまで安値で市場に食い込み、量産と取引の中で技術を蓄積したのである。
中国に適合したピジョン法
マグネシウム製錬には、大きく分けて電解法と熱還元法がある。中国で急速に広がったのは、ドロマイトを焼成し、フェロシリコンを使い、真空下で金属マグネシウムを得るピジョン法だった。
ピジョン法は、設備を比較的小さく始められる一方、工程が多く、熱と人手を大量に使う。欧米や日本の高いエネルギー費、人件費、環境費では不利になりやすい。ところが1990年代以降の中国には、安価な石炭、豊富なドロマイト、フェロシリコン、低い人件費、地方政府の支援があった。
特に山西、陝西、寧夏、内モンゴルなどでは、石炭、フェロシリコン、ドロマイトを地域内で結びつけることができた。地方政府にとって製錬所は、雇用を生み、税収を上げ、地元資源を現金化する装置だった。
工場は増えた。設備は標準化され、経験が蓄積し、さらにコストが下がった。新規参入が相次ぎ、企業は販売数量を確保するため輸出価格を下げた。
タングステンやレアアースと同じ中国型過当競争である。しかしマグネシウムでは、その破壊力がより直接的に表れた。
世界の工場が消えていった
1990年代から2000年代にかけて、中国産マグネシウムは世界市場で存在感を急速に高めた。価格競争に耐えられなくなった欧米の生産設備は、縮小、休止、閉鎖へ追い込まれた。
一度止まった製錬所は、価格が戻っても簡単には再開できない。設備の保守だけではない。技術者が去り、原料契約が切れ、顧客の認証が失われ、環境許可も取り直さなければならない。数年の赤字を耐えて能力を維持する資本も必要になる。
世界の需要家は、安い中国品によってコストを下げた。しかし、その利益と引き換えに、代替供給者を失った。
これは市場競争の皮肉である。
買い手は毎年、最も安い供給者を選ぶ。その判断は企業として正しい。だが世界中の買い手が同じ判断を十年続ければ、二番手、三番手の供給者は消える。そして最後に残った供給者が止まった時、値段では買えない供給危機が起きる。
> 安値とは、単なる値引きではない。競争相手が消えるまで続けば、未来の選択肢を買い取る力になる。
2021年に露呈した一本足打法
2021年、中国で電力制限とエネルギー消費規制が強化され、陝西省楡林市府谷県など主要産地のマグネシウム生産が縮小した。欧州の自動車・アルミニウム業界には供給不足への危機感が広がり、価格は急騰した。
この時に起きたのは、資源枯渇ではない。世界のドロマイトが消えたわけでもない。一地域の電力・環境政策の変更が、世界の自動車産業の調達を揺らしたのである。
中国の安値を当然の前提としてきた世界は、供給網が一本足になっていたことに初めて気づいた。
しかも中国にとっても、これは単純な成功物語ではない。激しい価格競争は企業利益を削り、老朽設備、エネルギー浪費、排出、残渣処理という問題を生んだ。中央政府が省エネと環境規制を強めれば、地方の雇用と生産が傷む。規制を緩めれば再び過剰生産と値崩れが起きる。
国家は供給を安定させたい。地方は設備を動かしたい。企業はシェアを守りたい。需要家は安値を求める。
ここでも過当競争と国家戦略の綱引きが続いている。
脱炭素時代の矛盾
マグネシウムは自動車を軽くし、走行時のエネルギー消費を減らす可能性を持つ。一方、石炭を大量に使う従来型ピジョン法は、製造段階で多くの二酸化炭素を排出する。
つまり、軽量化による環境貢献と、素材製造時の環境負荷が同じ金属の中に共存している。
今後は、再生可能エネルギーを使う電解法、低炭素熱源、工程改善、スクラップ回収、ライフサイクル全体の炭素管理が競争条件になる。中国も老朽・高排出設備をそのまま温存することはできない。
だが環境規制によって中国の供給が減れば、世界は困る。供給維持のために規制を緩めれば、脱炭素の理念が揺らぐ。
安値で世界の工場を消した結果、中国は世界の供給責任まで背負うことになったのである。
日本が失ってはならないもの
日本は一次マグネシウムの大規模生産国ではない。しかし、自動車、アルミニウム合金、電子部品、精密鋳造という高度な需要と加工技術を持つ。
日本の戦略は、採算を無視して巨大な一次製錬所を再建することだけではない。調達先の多角化、長期契約、一定量の備蓄、スクラップの選別と再生、高品質合金、難燃マグネシウム、加工技術を組み合わせるべきである。
マグネシウムは酸化しやすく、合金種や不純物の管理が難しい。だからこそ、回収、選別、溶解、品質保証までを設計できれば、日本の工程技術が生きる。
また、代替供給者に中国と同じ価格を初年度から求めてはならない。供給網の二重化は、平時には余分な費用に見える。だが危機の時に操業を止めないための保険料である。
45年間、中国のレアメタルを見てきて、私は「安いこと」と「強いこと」は同じではないと痛感している。
中国マグネシウムは安値で世界を制した。しかしその安値は、地方の過当競争、石炭エネルギー、環境負荷、薄い利益の上に築かれてきた。世界は恩恵を受け、中国は圧倒的シェアを得た。その一方で、双方が互いに逃げられない依存関係へ入った。
マグネシウムが教える教訓は明快である。
> 最安値を買い続けた世界は、最後には「買える相手が一社しかいない」という最も高い代償を払う。
中国はマグネシウムを高く売って世界を支配したのではない。
安く売り続け、世界の生産能力そのものを消すことで、供給の主導権を握ったのである。