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レアメタル千夜一夜 第182夜 中国リチウム――世界の鉱山を結び、電池とEVまで支配する中国

2026/08/31 08:35 FREE
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レアメタル千夜一夜 第182夜  中国リチウム――世界の鉱山を結び、電池とEVまで支配する中国

資源国ではなく「結節国」になった中国の完成形
リチウムだけは日本が勝つと信じていた。
タングステンも、モリブデンも、レアアースも、マグネシウムも、最後には中国が世界市場を席巻した。

しかし、リチウムだけは同じ歴史をたどらない。私は長い間、そう信じていた。

私が前職へ入社したばかりの頃、最初に担当した仕事の一つがリチウム関連原料の輸入だった。米国のLCA、リチウム・コーポレーション・オブ・アメリカの日本総代理店として、リチウム化合物の用途、品質、商流を一から学んだ。

当時、リチウム産業の中心にいたのは米国企業であり、技術の将来を切り開いたのは日本だった。
M・スタンリー・ウィッティンガムがリチウムイオンを出し入れする電池の原理を示し、ジョン・グッドイナフが高電圧の正極材料を開発した。そして吉野彰氏は、危険な金属リチウムに代えて炭素材料を負極に用い、安全で実用的な現在のリチウムイオン電池の基本構造を1985年に確立した。三氏は「リチウムイオン電池の開発」によって2019年のノーベル化学賞を受賞した。

さらに1991年、ソニーは炭素材料を負極に用いたリチウムイオン二次電池を世界で初めて商品化した。携帯電話、ビデオカメラ、ノートパソコンを小さく、軽くし、いつでも持ち歩けるようにした。現代のモバイル社会の基礎を作ったのは、日本の技術と事業化だったのである。

私は疑わなかった。
「リチウムイオン電池は日本が生み出した産業である。これだけは日本が世界を支配する」
日本企業には材料技術があり、電池技術があり、品質管理があり、量産技術もあった。通商産業省、後の経済産業省も、国家の威信をかけてこの産業を育てるはずだと思っていた。
まさか中国が、リチウム原料の精製だけでなく、正極材、負極材、電池セル、電池パック、EVに至る工程をつなぎ、世界最大の電池・EV国家になるとは想像していなかった。

私にとってリチウムの45年史は、最も大きな誤算である。
> 日本は電池を発明し、商品化した。中国は、その電池が必要とする鉱山、精製、材料、工場、市場を一つの産業にした。
技術で先行した国が、必ず産業を支配できるわけではない。その残酷な事実を、私はリチウムによって教えられた。
タングステン、モリブデン、レアアース、マグネシウムを見てくると、中国型資源戦略の進化が分かる。

国内資源を掘り、安く輸出する。精製技術を学び、中間製品にする。過当競争で世界シェアを奪う。巨大内需で企業を育てる。乱立した企業を国家が集約する。そして鉱山から最終製品までの工程を握る。
リチウムは、そのすべてを世界規模で実行した金属である。
リチウムは、レアアースのように中国国内の鉱山生産だけで世界を圧倒しているわけではない。豪州には硬岩鉱床、チリやアルゼンチンには塩湖資源があり、近年はアフリカの鉱山開発も進む。埋蔵量でも鉱山生産でも、中国一国だけが全てを持っているわけではない。

それでも、世界の電池産業は中国を通らずには動きにくい。
なぜなら中国が目指したのは「世界最大のリチウム鉱山国」ではなく、

> 世界中の鉱山を中国の精製、正極材、電池、EV市場へ結びつける「結節国」だったからである。

塩湖だけでは始まらなかった
中国にも青海やチベットの塩湖、四川や江西などの硬岩資源がある。しかし塩湖はマグネシウムなど不純物の分離が難しく、高地でインフラ条件も厳しい。鉱石資源も品位、コスト、環境負荷の課題を抱える。
リチウム需要が急増する中、国内資源の開発を待っているだけでは、電池工場を動かせない。そこで中国企業は海外へ出た。

豪州のスポジュメン鉱、南米の塩湖、アフリカの新鉱山へ出資し、権益を取得し、長期引取契約を結ぶ。贛鋒鋰業、天斉鋰業、CATL、紫金鉱業など、鉱山会社、化学会社、電池会社がそれぞれ上流へ進出した。
重要なのは、鉱山権益を持つことだけではない。海外で採れた原料を、中国国内の巨大な水酸化リチウム、炭酸リチウム、正極材、電池セルの設備へ流し込む仕組みを作ったことである。

中国は資源が足りないことを弱点にしなかった。
> 足りないからこそ、世界の鉱山と国内の需要を結ぶ商流、資本、精製能力を同時に育てた。
巨大内需が精製所を先に作った。

通常、資源開発では需要を確認してから設備を作る。しかし中国では、EV普及政策、補助金、地方政府の誘致、電池メーカーの増設が重なり、需要と設備が同時に膨張した。
精製能力は鉱山供給の伸びを先回りし、正極材工場、電池工場、EV工場も相次いで建設された。地方政府は「次の成長産業」を誘致し、企業はシェアを取るため能力を増やした。

ここでも過当競争が起きた。
上流では鉱山権益の争奪戦、中流では炭酸リチウムと水酸化リチウムの増産競争、下流では電池価格とEV価格の値下げ競争である。
2021年から2022年にかけてリチウム価格は急騰した。高値を見た企業と地方政府は、新鉱山、新精製所、新電池工場へ一斉に投資した。ところが供給が立ち上がると、2023年以降は価格が急落した。国際エネルギー機関によれば、リチウム価格は2021〜22年に約8倍となった後、2023年以降に8割以上下落した。

普通の企業なら投資を止める。しかし中国では、値下がりしても設備は簡単には止まらない。地方政府は雇用と税収を守りたい。企業は市場シェアを失いたくない。電池会社は安い原料を使ってさらに電池価格を下げ、EVメーカーは車両価格を下げる。
上流の過剰生産が、中流と下流の価格競争を加速する。下流の販売増が、再び上流の規模拡大を正当化する。

リチウムでは、過当競争が一元素の中だけで終わらない。
> 鉱山、精製、正極材、電池、EVの五つの過当競争が、一本の鎖としてつながっている。

LFPが変えた競争のルール

中国の強さは、単に電池を大量生産したことだけではない。リン酸鉄リチウム、いわゆるLFP電池を大規模に普及させたことにもある。

LFPは、ニッケルやコバルトを使う三元系電池に比べてエネルギー密度では不利と見られた時期があった。しかし安全性、寿命、原料コストに強みがあり、電池パック設計の改良によって航続距離の弱点も縮小した。
CATLやBYDは、素材、セル、パック、車両の設計を一体化し、LFPを「安価な二流電池」から世界の主流技術へ押し上げた。中国の巨大市場は、新技術を大量に試し、改良し、コストを下げる実験場になった。

国際エネルギー機関によれば、中国は2025年に世界の電池の8割超を製造した。さらに正極材、負極材など中間工程の能力も中国へ著しく集中している。2024年には中国製電池の平均価格が欧州や北米より大幅に安くなり、中国ではEVが内燃機関車より安い例も増えた。

これは人件費だけでは説明できない。

原料調達、精製、部材、装置、工場建設、物流、巨大な顧客市場が近接し、学習速度が速い。ある工程の歩留まり改善が、すぐ次の工程へ伝わる。電池の化学組成を変えれば、車両設計と調達も同時に変えられる。

中国が支配しているのはリチウムそのものではない。
> リチウムが鉱石から電池へ、電池からEVへ変わる「時間」を支配しているのである。

過当競争は武器であり、弱点でもある
中国のEV・電池産業では、膨大な企業が参入し、値下げ競争を続けている。設備稼働率の低下、在庫、赤字、企業淘汰という痛みも大きい。採算を度外視した能力増強が続けば、金融機関、地方財政、株主にも負担が移る。
海外から見れば「国家補助による不公正競争」に映る。中国国内から見ても、過剰設備と同質化競争は産業の持続性を損なう。このため中国政府は質の高い成長、設備更新、環境規制、企業再編を進めようとしている。
しかし、過当競争には中国にとって戦略的な効用もある。
数十社が同じ市場で競えば、価格は下がり、技術改良は速くなる。弱い企業は消えるが、勝ち残った企業は世界市場でも戦える。国内で回収できない設備費を輸出で回収しようとするため、電池とEVの海外進出も加速する。
タングステンやマグネシウムで起きた「安値による海外生産者の淘汰」が、今度は巨大な電池・EV産業で再現されようとしている。

発明した日本が、なぜ工程を失ったのか
日本はリチウムイオン電池の商業化を先導し、高い材料技術、製造装置、品質管理、車載安全技術を持つ。それでも量と速度では中国に差をつけられた。
日本が反省すべきは、個々の技術で負けたことではない。むしろ個々の技術では、今なお日本企業に優れたものが多い。
敗因は、鉱山、精製、正極材、負極材、電池セル、パック、車両、回収を、別々の企業、別々の業界、別々の政策として考えたことにある。日本は一つ一つの工程を磨いたが、中国は工程と工程の間をつないだ。

日本企業は高品質を求め、慎重に設備投資を行い、採算性を精査した。それは企業経営として正しい。しかし、中国では地方政府が工場を誘致し、金融機関が資金を供給し、企業がシェアを求めて設備を増やした。失敗する企業が出ても、産業全体としては技術、設備、人材、需要が国内に蓄積された。

日本は最高の電池を作ろうとした。中国は、多少の過剰設備と赤字を抱えても、世界最大の電池産業を作ろうとした。
この違いは大きかった。

> 日本は技術を「点」で守り、中国は資源からEVまでを「線」でつなぎ、その線を巨大市場という「面」に変えた。

ここに、技術立国日本が工程支配で敗れた本質がある。

日本は電池工場だけを建ててはならない
これから必要なのは、海外権益を買うだけでも、国内に電池工場を建てるだけでもない。

豪州、南米、カナダ、アフリカなどの資源国と長期関係を築き、国内外の精製能力、正極材、次世代電池、蓄電池、車載需要、リサイクルを一つの循環として設計する。使用済み電池からリチウム、ニッケル、コバルトを回収し、再び材料へ戻す都市鉱山も、価格が安い時から維持しなければならない。

また、日本は中国と全てを切り離す「完全脱中国」ではなく、中国依存が止まっても動ける複線型の供給網を目指すべきである。中国との取引を続けながら、豪州、欧州、北米、資源国との第二、第三の工程を残す。平時の最安値と有事の継続性を両立させる設計が必要だ。

リチウムの45年史から見えてくるのは、資源国の定義が変わったということである。
かつて資源国とは、地下に鉱石を持つ国だった。いまの資源国とは、世界の鉱山を結び、精製し、技術を標準化し、巨大需要へ流し、使用後に回収できる国である。
中国は世界最大のリチウム埋蔵国にならなくても、世界のリチウム産業の中心になった。

> 鉱山を所有する国よりも、鉱山から最終製品までの道を所有する国の方が強い。
私はレアメタルを一生の仕事として選び、45年間、資源国、鉱山、精錬所、需要家を歩いてきた。その最後に腹の底から理解したことがある。

レアメタルの本当の支配力は、地下資源の量だけでは決まらない。優れた発明や特許だけでも決まらない。
鉱山から精製、材料、部品、完成品、回収までを切れ目なくつなぎ、その全工程を大量に、速く、安く回し続ける力――工程支配こそが、産業全体をコントロールするのである。
言いたくないことだが、日本はこのままではレアメタル大国にはなれない。
資源が乏しいからではない。日本には技術があり、企業があり、人材もある。それでも、企業と省庁の境界を越えて工程全体を束ね、長期的な赤字や過剰能力にも耐えながら市場を取りに行く国家的な構想が弱いからである。

ただし、これは日本に可能性がないという意味ではない。
発明した技術を国内に囲い込むだけでなく、海外資源、精製、材料、電池、EV、リサイクルを一つの事業圏として設計する。中国と同じ規模を追うのではなく、高品質、高安全性、次世代電池、製造装置、リサイクル、国際連携によって、切れない工程を作る。

日本がレアメタル大国になる道が残っているとすれば、資源保有国になることではない。
> 世界の資源と日本の技術を結び、その工程を最後まで手放さない国になることである。
タングステンで安値を学び、モリブデンで巨大内需を学び、レアアースで国家統制を学び、マグネシウムで海外生産者を消す力を知った。
そしてリチウムでは、それらを世界の鉱山、電池、EVへつなげた。
中国はリチウムを支配したのではない。

世界中のリチウムが価値へ変わる「道筋」そのものを支配しようとしているのである。
日本が発明した電池を、中国が巨大産業へ変えた。
この事実ほど、レアメタルの世界では「発明者」と「支配者」が同じではないことを雄弁に物語るものはない。

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