――加藤泰浩教授とアルケミスト、二人の資源論
南鳥島の海底6000メートルに眠るレアアース泥をめぐって、日本はいま久しぶりに「資源大国」という夢を見ている。
この夢に科学的な根拠を与えた中心人物の一人が、東京大学の加藤泰浩教授である。
私は加藤教授の仕事を高く評価している。
広大な太平洋の海底を調べ、レアアースを高濃度で含む泥の存在を明らかにし、その資源量を科学的に推計する。これは山師が勘で「この山には何かある」と言うのとはわけが違う。地質学、海洋学、分析化学を総動員したアカデミアの仕事である。
では、半世紀近くレアメタルを売ったり買ったりしてきたアルケミストは、この「宝の泥」をどう見るのか。
ここから、加藤教授と私の視点が少しだけ分かれる。
その違いは、南鳥島を開発するべきか否かではない。
加藤教授は「そこに何があるか」を見る。 私は「それを誰が、いくらで買うか」を見る。
科学者と商売人の違いである。
「資源量」と「商売になる量」は違う
南鳥島のニュースで「1600万トン」という数字が独り歩きしている。
確かに壮大な数字である。
しかし資源屋の世界には、ResourceとReserveという、似ているようで全く違う言葉がある。
地下や海底に存在すると推定される資源量と、現在の技術、コスト、価格、環境条件のもとで経済的に採取できる可採埋蔵量は同じではない。
海底に一兆円の価値の金属があったとしても、それを取り出すのに二兆円かかれば、商売人にとっては宝ではない。
もっとも国家にとっては、それでも意味を持つ場合がある。
ここが南鳥島を考える難しさである。
加藤教授は海底を見る。アルケミストは市場を見る
アカデミアの重要な仕事は「可能性」を発見することである。
どこにあるのか。どれだけあるのか。
どんな元素が含まれているのか。
どうすれば濃縮できるのか。
どうすれば海底から回収できるのか。
一つ一つ未知を既知に変えていく。
ところが商売人は、そこから先が長い。
泥を採る。
6000メートル揚げる。
脱水する。船で運ぶ。浸出する。分離する。
精製する。金属にする。合金にする。磁石にする。
需要家の品質認定を取る。そしてようやく請求書を書く。
請求書に代金が振り込まれて、初めて商売は一周する。
海底から泥が上がったところで万歳していたら、山師の世界ではまだ前半戦にも入っていない。
最大の伏兵は「中国」である
さらに厄介なのは、レアアースには国際相場があることだ。
私は1970年代末から中国のレアアースを扱ってきた。
包頭の塩化希土を日本へ持ち込み、1979年には江西省の龍南鉱、尋烏鉱のサンプルにも触れた。
以来半世紀近く、中国のレアアース産業が成長し、輸出政策が変わり、価格が上がり、そして崩れるところを見てきた。
そこで身体に染み込んだ教訓がある。
鉱床は動かない。しかし相場は動く。
日本が南鳥島で1キログラム100ドルで作れる技術を完成させたとしよう。
「やった、日本の勝ちだ」
と思った翌年、中国が70ドルで出してきたらどうするのか。
50ドルなら。30ドルなら。
これは空想の話ではない。
資源ビジネスとは、相手もこちらの動きを見ながら動く世界である。
だから私は、現在価格で採算表を一枚作って「経済性あり」とすることには慎重である。
20%下落。
40%下落。
場合によっては60%下落。
それでも国家として続けるのか。
そこまで計算して初めて、国家プロジェクトと呼べる。
だからといって「やめろ」ではない
ここを誤解してもらっては困る。
私は南鳥島開発に反対しているのではない。
むしろ、やるべきだと思っている。
海洋国家・日本が、自国のEEZに世界的にも注目される資源を持ちながら、「今すぐ採算が取れないから研究もやめましょう」というのでは、あまりにも夢がない。
深海採鉱。揚泥。海洋環境。脱水。分離精製。
こうした技術を持つこと自体が国家資産になる。
中国からレアアースが来なくなった時、
「日本には選択肢があります」
と言えることには経済安全保障上の価値がある。
これは鉱山会社の損益計算書だけでは測れない。
だから私は、南鳥島には三つの財布が必要だと思う。
科学技術の財布。経済安全保障の財布。商業鉱山の財布。
この三つをごちゃ混ぜにしてはいけない。
科学的成功を商業的成功と言ってはいけないし、安全保障のための赤字を鉱山事業の利益であるかのように見せてもいけない。
国民の税金を使うなら、なおさらである。
科学者と山師は喧嘩する必要がない
加藤教授と私の見方は、実は対立していない。
立っている場所が違うだけである。
加藤教授は海底6000メートルを見る。 アルケミストはそこから市場までの6000キロを見る。
科学者は、「ここに宝があります」と証明する。
山師は、「ほな、その宝、なんぼで売れますのん?」と聞く。
京都人なら少々嫌われそうな質問だが、誰かが聞かなければならない。
そして、その二つの間には岡部徹教授のような製錬・材料プロセスの専門家がいる。
資源を発見する人。資源を金属にする人。金属を商品として売る人。
この三者が同じテーブルにつかなければ、日本のレアアース戦略は完成しない。
右手に算盤、左手にロマン
国家プロジェクトには夢がいる。しかし夢だけでは国家プロジェクトにならない。
私は京都の商売人よろしく、こう言いたい。
右手に算盤。 左手にロマン。 そして背中にガマン。
加藤教授が海底6000メートルから持ち帰ってきたのは、単なる泥ではない。
日本がもう一度、海洋国家として大きな技術に挑戦できるかという問いである。
だから私は、その夢に水を差したいのではない。逆である。
夢を本物にしたいから、算盤を持ち出すのである。
1600万トンという数字に目を輝かせる。それでいい。
だが、もう片方の目では勘定書きを見る。
海底の泥を磁石までつなぎ、中国が価格を下げても生き残れるサプライチェーンを作る。
そこまでやって初めて、南鳥島は「日本の宝」になる。
科学者が夢を発見する。技術者が夢を形にする。商売人が夢に値段をつける。
そして国家が、それを20年、30年と支える。
それが南鳥島という国家プロジェクトの正体ではないだろうか。
アルケミストはそう考えている。