――中国の輸出管理と、COMEXが越えるべき壁
先物市場への期待と、商売人の疑問
前回、COMEXにタングステン先物を上場する計画を紹介した。価格変動に備える道具ができることは、商社にもメーカーにも歓迎すべき話である。
しかし、僕には引っ掛かることがある。
世界の鉱山生産のおよそ8割を中国が握り、その中国が原料の輸出を管理する時代に、先物市場はどこまで現物の商売に役立つのか。画面の上で売買が成立しても、工場に原料が届かなければ、製品はつくれない。
CMEの発表では、取引開始は規制上の審査を条件に2027年第1四半期初めを予定している。延期が決まったわけではない。ただ、その時期に、実需家が安心して使える市場まで育つと考えるなら、僕は少し急ぎすぎではないかと思う。
上場することと、商売に根付くこと。その二つを分けて考えたい。
中国で安くなっても、海外では買えない
長年の取引で参照してきたメタル・ブリテン系の価格情報は、現在のFastmarketsにつながっている。今回の先物も、同社の欧米向けAPT指標を基準にする。
ところが、同じAPTでも、中国国内の値段と海外向けの値段が離れて動き始めている。
Fastmarketsは2026年6月、中国国内のAPT価格と輸出価格の連動が弱まっていると報告した。さらに8月には、中国国内向けのAPT価格指標を新設している。
普通なら、ある国で安く買える原料を別の国へ運べば、価格差は縮まる。商社は、その間をつなぐ仕事をする。だが、輸出許可が必要になれば、価格差があっても自由には運べない。
中国国内の原料費が下がる一方で、海外では調達の難しさから価格が高止まりすることも起きる。
つまり、タングステンの価格に、「つくるための費用」だけでなく、「国境を越えて手に入れられるか」という条件が重く乗り始めたのである。
全面禁輸と、事実上の供給停止
ここは言葉を慎重に使いたい。
中国が2025年2月に導入したAPTなどの輸出管理は、世界中への全面禁輸とは違う。中国商務部は、条件に合う輸出は許可すると説明している。
一方、日本については、2026年1月に軍事ユーザーや軍事用途などに対する両用品の輸出を禁止する措置を公表した。民生用の取引と軍需向けの取引では、扱いが異なる。
ただ、商売の現場では、許可制という名前であっても、必要な時期に許可が下りず、代替品もなければ、工場にとっては供給停止に近い結果になる。
輸出管理は、数量だけでなく納期にも作用する。買えるかどうかに加え、いつ買えるかが分からなくなるのである。
中国は国家安全保障などを理由に挙げている。その公式説明と、外交関係によって調達条件が変わり得るという買い手側のリスクは、分けて見る必要がある。僕には、供給を認める相手や用途を選べること自体が、交渉上の力を生むように見える。
全面禁輸という大きな看板がなくても、原料の流れを絞ることはできるのだ。
戦争が増やすのは、使用量だけではない
ウクライナでの長期戦、イスラエル・パレスチナをめぐる武力衝突、イランをめぐる戦争を考えるとき、タングステン需要を発射されたミサイルの数だけで説明することはできない。
すべての弾薬が同じ量のタングステンを使うわけではない。戦争別に何トン消費されたかという信頼できる公開集計も、僕が確認した範囲では見当たらない。
市場を見るうえで重要なのは、使った弾薬を補充する発注と、次の危機に備えて備蓄を厚くする発注である。既存在庫の使用が、その日の原料購入に直結するわけではないが、後から補充需要が出てくる。
さらに、軍需では原産地の条件が加わる。
米国の防衛調達規則では、2027年1月から、対象となるタングステン粉末や重合金について、特定国に関する調達制限が鉱石・原料段階まで広がる。例外はあるものの、安ければどこの原料でも使える、とはいかない。
同じタングステンでも、民生用に買える原料と、防衛調達の条件を満たす原料は、同じ市場にならない可能性がある。
先物で守れる部分、残る部分
では、このような市場で先物をつくる意味はないのか。
そこまで言うつもりはない。欧米向けの同じAPT指標で仕入れや販売をしている企業にとって、その値動きに備える手段ができる意味は大きい。
問題は、先物が自社の取引とどれだけ重なるかだ。
例えば、欧米APT指標がほぼ横ばいでも、日本向けの特定原料だけが輸出許可や納期の問題で値上がりすれば、先物の利益では仕入れ負担を十分に補えない。このような現物と先物の価格差が変わる危険を、ベーシスリスクという。
品質、加工賃、原産地、運賃、納期。現物の値段には、指標だけでは表せない条件がある。
そして、今回の先物は現金決済だ。取引所の倉庫から原料を引き出せる権利は付かない。値上がりで増えた支払いを補えても、原料そのものが買えなければ、操業を続けることは難しい。
だから、長期の供給契約や備蓄は、先物ができた後も必要なのである。
売買の相手と、資金は集まるか
もう一つ気になるのが、売買の厚みだ。これを流動性と呼ぶ。
値上がりを恐れる買い手ばかりが集まっても、十分な売り手がいなければ、使いやすい市場にはならない。鉱山、加工会社、商社、金融機関などが、それぞれの判断で継続して参加する必要がある。中国企業の参加が限定される場合に、どれほど売買が集まるかも見極めたい。
先物の決済基準になる現物指標にも、十分な取引情報が必要だ。現物の成約が細る一方で金融取引だけが膨らめば、指標が実際の調達価格をどれだけ映しているかが問われる。
さらに、ヘッジには資金が要る。
在庫の値下がりに備えて先物を売った商社は、相場が上がると、先物側で追加の証拠金を求められることがある。在庫の価値が上がっていても、それを販売するまで現金が入らない場合、資金繰りが苦しくなる。
損益を守る仕組みを使うためにも、資金と管理の準備が必要なのである。
2027年は、完成ではなく出発点
僕が「少し早いのではないか」と感じるのは、取引所が商品を上場する技術より、利用する企業側の準備と、現物市場との結び付きについてである。
もちろん、反論はある。供給不安が強い今だからこそ、価格に備える道具が必要だ。市場は、始めてから参加者が増え、育っていくものでもある。中国国内価格を完全に映さなくても、欧米の実需に役立つ先物として成長する道はあるだろう。
それでも、上場日が決まったことを、市場が完成したことと取り違えてはいけない。
僕はCOMEXの構想を否定したいのではない。現物の商売に役立つものに育ってほしいからこそ、出発時の限界を確かめたいのである。
取引画面に値段が出る。その値段でリスクを管理できる。そして、約束した原料を工場へ届けられる。
その三つが、どこまでつながるのか。
2027年に始まる予定のタングステン先物は、その答えを現場で積み上げていくことになる。