2020年1月30日、学士会館にてバッテリーサミット2020が行われた。ノーベル化学賞を受賞された吉野彰先生を含む 7人が、電池の技術とそれを利用した社会、今までと今後の姿を語られた。ここでは旭化成株式会社名誉フェローの吉野彰氏の記念講演「そしてこれからもリチウムイオン電池とともに」並びにその後の吉野名誉フェローの誕生会を兼ねた懇親会でのスピーチ内容を紹介する。
なお、同氏は昨年1月29日に行われたIRRSG「リチウムイオン電池の過去現在未来 LiB SUMMIT 1」でもご講演されている。

ノーベル化学賞受賞記念講演「そしてこれからもリチウムイオン電池とともに」
旭化成株式会社名誉フェロー 吉野彰 氏
講演内容は昨年12/10のノーベル賞授賞式に先立って12/8にストックホルム大学で行われた「ノーベルレクチャー」のスライド「リチウムイオン電池の開発経緯とこれから(日本語版として講演資料に収録)」に沿って行われた。なお、この講演は、吉野氏がノーベル賞授賞式の前後の期間である「ノーベルウイーク」で、数あるイベントの中で最も重要視していた催しである。
まず冒頭、1/30は誕生日であり、しかも72歳を迎え、ねずみ年の年男であるというところから話が始まる。
続いて、吉野氏は産業界の人間なので、産業界から見たリチウムイオン電池、これからどういう形になるのかについて話をするということで、ストックホルムでは他の発表とは異質なものとなったが、結果として参加された方々から賛辞を得られたとのこと。
まず、ご自身の生い立ちについて。1948年大阪府で生まれ、子供の時は外で遊び、小学校の4年の時に担任の先生から薦められた「ロウソクの科学(ファラデー著)」で化学の面白さに触れ、1971年京都大学に学び、72年に旭化成に入社、74年に結婚、そして重要な契機となったのが81年から始めたリチウムイオン二次電池の開発である。
1.リチウムイオン電池の歴史
今回の化学賞受賞は米テキサス大のジョングッドイナフ教授(97)とニューヨーク州立大のマイケル・スタンリー・ウィッティンガム特別教授(77)の共同受賞となっている。そしてリチウムイオン電池の定義として、①電気化学的インターカレーションに基づく非水系電解液二次電池(リチウムを出したり入れたりすることで二次電池とする)、②2Liイオン含有金属酸化物を正極、③カーボン材料を負極とする、が3要素となる。3氏の役割はジョングッドイナフ氏が1976年に①を提唱、マイケル・スタンリー・ウィッティンガムが1980年に②を発見、しかしこの正極に適合する負極母材が見つからない中で、吉野氏が③を安全な負極として提唱し、1985年に②と③を組み合わせることに成功し、リチウムイオン二次電池の原型の完成となった。
ところで、吉野氏の負極の開発はそのルーツをたどると日本で初めてノーベル化学賞を受賞した1981年の福井謙一氏の「フロンティア軌道理論」まで遡ることとなる。

同理論は物質の特性や化学反応を、コンピュータを使って物質を構成する分子が有する電子の動きを計算することで予想できるというもの。従来の化学領域では実験が不可欠で、どんな反応が起こるかを実験し確認する必要があったが、計算による反応性や物性予測が可能となり、化学物質の開発にあたり、時間や費用の大幅な削減が仮想となった。この中で本来は絶縁体であるプラスチックが分子構造によっては電気が流れることが見いだされ、白川英樹氏(2000年にノーベル化学賞を受賞)が少量の不純物を添加することで高い伝導性を持つポリアセチレンの合成に成功、これを負極として利用することにたどり着く。
但し当時は多くが金属リチウムを負極とする開発を行っており、ポリアセチレンを負極とした場合に電子を運ぶリチウムを含む正極材料が無かったが、1982年末にマイケル・スタンリー・ウィッティンガムがコバルト酸リチウムという化合物が二次電池の正極となるとの論文を見つけ、1983年にはポリアセチレンとコバルト酸リチウムでリチウムイオン電池の原型を発明するに至る。

しかしこの電池を施策提供した相手先からの要求は従来のニカド二次電池に対して軽量化かつ小型化の両方を求めるもので、比重の軽いポリアセチレンでは小型化を実現できない壁が立ち塞がった。このため、ポリアセチレンに分子構造が似ていた炭素材料を探すこととなったが、ここで救世主として現れたのが、吉野氏が務める旭化成で開発されたVGCF(Vapor phase Grown Carbon Fiber:気相成長法炭素繊維)という特殊なカーボン材料であった。これを負極 とし、4年の歳月を要し1985年には基礎研究、探索研究が成功裏に終わり、リチウムイオン電池の誕生となる。
次の展開は開発研究の段階。探索研究では起電力の良さがずば抜けて良いということがポイントとなっていたが、開発研究ではこの特性を生かすために他の問題点に目をつぶってきた事象について解決することが重要となる。多くの場合、1つの特性に対し、99の問題点があるのが常識だそうで、これを潰していくことに長い時間を要するが、特に開発研究では最初に行うことは致命的な問題の有無を判断することで、リチウムイオン二次電池の場合の最重要課題は安全性の担保にあった。この問題に対しては1986年に旭化成化薬工場において様々な衝撃試験を実施、金属リチウム電池が爆発発火したのに対し、同電池は電池自体が破壊されても危険現象は起こらず、次なる開発研究へと進むこととなる。
講演では限られた時間であったため、その後の正極のコバルト酸リチウムの製造に纏わる耐蝕材料の開発、高価なVGCFの代替品となる特殊用途向けコークスの利用、電極性能を左右する高性能バインダーの特殊ポリ酢酸ビニールの選択、電極材料の塗布工程での皺除去技術等々、まさに様々な難問を突破し、実用化することになる。
2.2019年ノーベル化学賞 2つの受賞理由

吉野氏は今回のノーベル化学賞の受賞理由として、2つの受賞理由を挙げている。一つは「現在のモバイルIT社会の実現に大きな貢献をした」ことで、実際これは事実である。しかしこれだけを評価されて受賞したのであれば気が楽であるが、もう一つの理由はこれから来たるあろう「スマート社会の実現に向けた大きな期待」、すなわちサスティナブル社会の実現での貢献を求めることが命題として課され、大きな責務を負っているとの発言があった。

この証左として示されたのがリチウムイオン電池の開発経緯で、2006年からの年次特許件数の急増はそれまでのIT革命での開発からET革命(Environment&EnergyTechnology)を見据えた開発に移っているとした。なお、現実問題として2017年にLIB用途別容量ベースでの市場規模が、従来のモバイル-IT向けをxEV向けが上回り、勢いが加速する方向にある。但し吉野氏はET革命の本当のスタートは2025年となると予想、それはxEVの生産が急拡大するものの、2025年ではせいぜい世界の新車販売台数の15%を占めるにとどまると認識、2024年までは準備期間であとした。

現在は環境・経済性・利便性の両立が難しいトリレンマ状況にあり、特に経済性を重んずる傾向が強い(ある意味、トランプ氏の環境対策を批判しているように思われた)が、グレタさんのような環境に偏った議論でも問題は解決しないとした。
しかし2025年にはAI、IoT、5G、シェアリングエコノミーなどの新たな技術革新がいずれも普及が進み、これとEV普及が相まって、現在のトリレンマ状況が、経済性もあり、環境にも優しく、利便性も増す、三方同時実現が可能となるとした。なお、最近、未来のくるま社会を予言する二つのバズワードとしてCASAとMaaSが使われるが、まさしく明確な定義や範囲が定まっておらず、どのような展開を見せるかは誰にもわからない。但し、エネルギーが変わるET革命の中で先陣を切るかのような変化をしているのがくるまであり、AIEVによる車の進化を理解することでET革命の全貌が見えてくるとした。そこで2030年のAIEVがもたらすであろうET革命のイメージを6分間ビデオで示した。吉野氏は結びとしてET革命の中でリチウムイオン二次電池は重要な役割を果たすとして、“これからもリチウムイオン電池とともに歩んでいく”との強い決意を示された。

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大阪人として2025年大阪万博で世界にAIEVをアピールする意気込み
さて、ノーベル化学賞受賞記念講演を終え、吉野氏の72歳の誕生日のお祝いとバッテリーサミット2020の懇親会を兼ねたパーティーが開催された。多くの方々から祝辞が述べられ、ユーモア好きな吉野氏の人柄からか、講演会以上に記念写真の列が絶えなかった。なお、宴席では吉野氏から短いスピーチと乾杯の御発声がなされた。この中で、吉野氏が大阪出身であり、2025年には大阪で2025年日本国際博覧会「大阪万博」が開かれるが、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献、日本の国家戦略Society5.0の実現を目指すなかで、大きく貢献していく意気込みが感じられた。

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(IRUNIVERSE H.Okamoto)