
2023年に発効した「EU電池規則」は、電池の持続可能性と資源循環を軸にした包括的な規制だ。
本規則は、バッテリーの製造から使用、廃棄・リサイクルに至るまでライフサイクル全体を網羅し、環境負荷の低減と戦略的資源への依存縮小を狙うものである。ここでは、9月初めに開催されたICBR2025の講演から、欧州委員会環境総局(DG Environment)の担当官ラナ・パント氏による最新の規則進捗状況および課題を報告する。
規則が目指すもの
パント氏はまず電池規則の多岐にわたる目的を以下のようにまとめた。第一に、持続可能で高品質な電池の域内市場を形成することだ。第二に、使用済電池の回収とリサイクルを適切な方法で実施し、堅固な二次原料市場を構築することである。さらに、電池のライフサイクル全体における環境・社会的影響を低減し、EUの戦略的原料への依存を減らす狙いがある。従来の廃棄物規制が終末段階に重点を置いていたのに対し、本規則は原料調達、使用段階の性能指標、そして廃棄時のリサイクル効率や再生材利用までを包括的に規定するものだ。
カーボンフットプリントの段階的導入
電池規則のなかで世界から大きな注目を浴びている条項の一つが、規則第7条が定める電池のカーボンフットプリント要件だ。対象は小型電池を除き、電気自動車用、2kWh以上の産業用、軽車両用バッテリーである。算定は製造拠点ごと・モデルごとに行われ、1kWh当たりのCO₂換算値として算出される。導入は段階的で、まず情報開示義務、次に性能分類、最終段階で市場からの排除が行われる仕組みである。現在、算定方法の詳細を定める委任法案が策定中であり、特に製造電力における再生可能エネルギー調達契約(PPA)の扱いが議論となっている。ここの委任法令の採択は、当初の想定を大きく上回る時間を要しており、その理由の一つとして、このPPAの扱いをめぐり加盟各国が同意に至らないためだと言われている。
再生材含有率義務
規則第8条では、バッテリーに含まれるコバルト、リチウム、ニッケル、鉛の再生材含有率を規定している。ここでも段階的アプローチが採用され、まずは情報開示、次に2031年および2036年から段階的に義務化されることになっている。再生材の供給不足への懸念から、使用済電池由来だけでなく、工程内スクラップや他のポストコンシューマー廃棄物も再生材として認められることになっている。2025年末には「技術報告書」が公表され、2026年半ばに計算方法の委任法案が策定される予定となっており、現在作業が進められている。
取り外し・交換可能性の確保
規則第11条はポータブル電池と軽車両用電池の取り外し・交換性を定める。2027年2月以降は、消費者が製品に搭載された電池を取り外し・交換できる設計が義務化されることになっている。ただし医療機器や水中利用機器など安全上の理由がある場合は例外が認められている。軽車両用電池については、消費者ではなく専門業者による交換が想定されている。
デューデリジェンスの延期
原材料調達に関するデューデリジェンス義務(第48条)は、当初2025年の適用予定であったが、業界の準備期間を考慮して2027年に延期された。これに伴い、委員会ガイドラインの公表も2026年7月にずれ込むこととなっている。
廃棄バッテリー管理とEPR
規則第55~58条は拡大生産者責任(EPR)を定めている。EPR遂行にかかる費用負担は回収や処理のみならず、自治体レベルにおける混合廃棄物組成調査にかかるコストや不適切な選別により混合している廃電池の把握など広範囲に及ぶものとなっている。第59~61条は収集義務を規定し、大型バッテリー(EV、産業用、SLI)は100%の分別収集が必須である。小型や軽車両用については現実的な回収可能量(AFC)に基づく新しい算定方法が2027年に導入される予定である。
デポジット制度の検討
規則第63条は、2037年12月までにポータブル電池へのデポジット制度導入の可能性を評価することを規定している。AAA電池やボタン電池などを対象に、費用対効果や実効性が調査され、必要であれば法案が提案されることになっている。
リサイクル効率と資源回収率
リサイクル効率の目標値として、リチウムは2025年までに65%、2030年には70%の回収率が求められる。資源回収率ではリチウム50%、2031年には80%が義務化される。計算・検証ルールは2025年7月に公布済みであり、2026年8月までに妥当性評価が行われる。また、固体電池やナトリウム電池など新しい技術への対応も将来的に検討される。
廃棄物輸送規則がもたらすもの
規則第72条はEU域外への廃電池輸送を認めるが、同等の環境・健康基準に従う場合に限られる。関連する「廃棄物輸送規則」は2024年に改正され、2026年5月に施行予定となっている。主要目的は輸送の追跡性向上、リサイクルへの輸送促進、違法輸送の防止だ。EU域内では電子化された「共通システム」が導入され、2026年以降は完全デジタル化が義務付けられる。さらに2026年11月からは使用済電池の分類コードが統一され、ブラックマスを含む中間物も有害廃棄物として規制対象となる。非OECD諸国への輸出は禁止される見通しである。
パント氏は結論として、EU電池規則は電池のライフサイクル全体を対象とする先駆的な制度であり、持続可能で高品質なバッテリーの普及、環境・社会的影響の低減、二次原料市場の強化、戦略的資源への依存低減に寄与するものであることを強調した。加えて、電気・電子機器廃棄物(WEEE)指令や使用済自動車規則(ELV)など他の規制とも密接に関係し、今後の調整が重要であると述べた。
同氏は自身の就任から2年間で進展した数々の成果を振り返りつつ、今後も委任法・実施法の策定を通じて規則の実効性を高めていく方針を示した。多様な利害関係者の意見対立は避けられないが、規則はすでに欧州のバッテリー産業を大きく変えつつあり、持続可能な循環型経済の実現に向けた重要な一歩であることを強調して講演を締めくくった。
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SCHANZ, Yukari
オーストリア、ウィーン在住フリーライター。現在、ウィーンとパリを拠点に、欧州におけるフランス語、英語圏の文化、経済、産業、政治、環境リサイクル分野での執筆活動および政策調査に携わっている。専門は国際政治、軍事、語学。
趣味は、書道、絵画、旅行、フランスワインの飲酒、カラオケ、犬の飼育。
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