先日、福建省のリチウムイオン電池のリサイクル会社である常青新能源科技に行って、中国でのリチウムイオン電池リサイクルについて説明を受けた際、奇妙な単語が登場しました。「黒市」です。それは何ですか?と尋ねると、文字通りブラックマーケットのことで、廃電池に限らず、中国には多く存在する闇の取引をするシステムです。
ここに製品やリサイクル原料に入ってしまうとトレーサビリティがなくなります。盗品故買も可能になりますし、正規品や純正品でないボーガスパーツも購入できます。名前はブラックだけれど、一種のロンダリング装置です。
そもそも、中国で黒色・・と言えば、アウトローを意味し、ヤクザの社会が黒社会です。
中国では使用済みのリチウムイオン電池の実に70%が「黒市」に紛れ込み、正規の回収ルートに入って来ないのだそうです。「黒市」に入り込んだ、リチウムイオン電池の廃電池は恐らく東南アジアに流れ、正規ルートには帰ってきません。中国から見ても、東南アジアの一部は暗黒社会であり、混沌というか、魑魅魍魎の跋扈する世界のようです。
その話を聞いて、筆者は20年ほど前に中国で経験した話を思い出しました。当時、上海を含む華東地区で回収された自動車用鉛蓄電池の廃電池は、江蘇省常州市にあったリサイクル基地に集められ、新しい鉛蓄電池に再生されて出荷される訳ですが、上海から常州へ移動する過程で1/3程度が紛失し行方不明になっていたのです。
その理由は容易に想像できます。鉛蓄電池は性能が劣化した後に、液を補充するだけで一旦性能が復活したように見えます。この方法を利用して廃電池を中古品として売り出す方法があったのです。当然、正規のリサイクル工程を経ませんから安価です。当時から電池リサイクルにおける「黒市」は存在したのです。しかし、これは大変困ったことです。正規のルートから外れた「闇の電池」も何時かは廃棄されることになります。その際、中にある鉛と硫酸は、環境負荷の大きな物質です。それらがこっそり捨てられた場合、社会にとって大きな問題になります。もっとも、最近の事情を中国人の友人に尋ねると、「現在、他的問題没有!」とのことで、こんな問題は既に解決して現在は存在しないそうです。
日本では、早くから鉛蓄電池の回収リサイクルのシステムは確立しており、「黒市」などは存在しなかった訳ですが、中国ではそうではありませんでした。そして今またリチウムイオン電池が「黒市」に流れる問題がある訳ですが、こちらは環境負荷とは異なる問題というか歪を社会にもたらします。
今、金属・非金属を問わず、時代は「リサイクル優先」の時代です。背後にあるのはCO2排出削減の思想です。鉄だってステンレスだってバージン品をピッグアイアンから作るより、スクラップを溶解した方が、CO2排出量は少なくなり、環境負荷は減ります。だから「意識高い系」の顧客、具体的には欧州の顧客はリサイクル品を好むのです。
APACのパネルディスカッションに参加したGEMの幹部は「BMWさんは、リサイクルマークのついた製品しか引き取ってくれないんだよ(元は中国語)」と語っていました。
同じくリチウムイオン電池のリサイクル業である龍凱は、製品の炭酸リチウムを重要客先である厦門タングステンに出荷するにあたり、フレコンにリサイクルマークを付けたものと付けないものの両方を用意して出荷します。どうやらエンドユーザーであるアップル社などは、リサイクルマークに拘るようです。
そういう訳で、いまやスクラップや廃電池は引っ張りだこです。争奪戦が繰り広げられ、価格も上がっています。それどころか材料を入手できず開店休業の工場も多いのです。そんな中で、リチウムイオン電池の廃電池の70%もが、「黒市」に流れ、国外へ流出しているとなると、実にゆゆしき問題と言えます。材料不足は工場を開店休業の状態に追い込みますし、品不足による材料価格の高騰は、会社経営を圧迫します。説明してくれた常青の担当者は「黒市」の説明を始めると、顔を曇らせました。
翻って日本はどうかというと、これは全く事情が異なります。日本ではEVの普及が遅いこともあり、いまだリチウムイオン電池のリサイクル産業はありません。ブラックマスも廃電池も海外へ流れています。中国の腹ペコの会社にしてみれば、日本から流出する材料が喉から手が出るほど欲しいはずです。
「そうか、こうして工場見学も許可してくれて、それどころかお昼ご飯もご馳走してくれるというのは、日本企業とコネを作って、リサイクル材料の入手を図りたいという思惑かな?」
どうしても最後は、食事の接待に思いが行ってしまうのは、筆者の卑しさの現れなのですが、どうかお許しください。
しかし、この「黒市」なるもの、日本には無いようですが、実は存在します。北関東には自動車解体場(通称ヤード)が多く存在しますが、その幾らかは、外国人が営む非合法なヤードであると推定されます。そしてそのヤードを介して海外へ中古車が流出することが、日本の自動車リサイクル産業を確立する上で大きな障害となっているのです。つまり材料不足に喘ぐという構図は、中国のリチウムイオン電池のリサイクルと同じなのです。日本にも類似した問題はあるのです。
ではどうすればいいのか?
貴重な資源である廃電池が闇の世界に流れないようにするには管理強化しかありません。バッテリーパスポートを設けて、パスポートの無いバッテリーの流通をできなくするとか、自動車を廃車にする時は必ずバッテリー付きで行うこととし、バッテリーを搭載しない状態では廃車手続きができないようにする・・という案がでています。
筆者の提案はバッテリーのステンレス筐体にレーザー刻印でバーコードか二次元バーコードを記載し、全てのバッテリーを識別認証できるようにする・・という案です。結構面倒くさいですが、なあに14億人の国民の顔認証を実現している国ですから簡単なことです。それでも輸入品の廃電池はどうするのか?・・といった問題は残りますが、いずれ行方不明になる廃バッテリーは無くなるはずです。ちょうど鉛蓄電池の紛失問題が解決したように。
しかし、よく考えてみると「黒市」の存在の根本には、別の問題がありそうです。これは品質保証についての考え方というか、一定品質を担保するための「ブランド」という価値に対する評価の問題です。ここから話題は転じます。
私事ですが、かつて建設機械部品メーカーに勤務した頃、偽ブランド(いわゆるボーガスパーツ)の存在に悩まされました。純正品と同じロゴマークを付けているのですが、ローラーの踏面は焼き入れ処理がなされておらず、使用すればあっという間に摩耗してしまいます。「熱処理をしようがしまいが、塗装してしまえば分かりませんからねぇ」と中国人スタッフは嘆いていました。中国で購入した爪切りもさっぱり切れません。どうやら刃を焼き入れしていないようです。鋼の製品としては偽物というべき存在です。
この種の偽物というか偽ブランド品について、なぜか寛容な中国人がいます。上海には、偽ブランド品が集まって売られている有名な通りがありますが、その通りの店主にインタビューした番組がありました。店主の意見は以下の通りです。
「ブランドを、品質を保証する信頼の証、つまり一つの『記号』だという人がいるけれど、それにしては法外な値段を付けている訳で、価格は正当化できない。製造コストからかけ離れた値段で売るのは社会悪だよ。僕に言わせれば、ブランド品というのは、自分が金持ちであることを誇示するための醜い『記号』であり、社会的に不必要な存在だ。偽ブランド品やコピー品を販売するのは、それに対する抵抗であり、正当化される行為だ」
とまあ、勝手な理屈ですが一理なくもありません。そして偽物や偽ブランド品を生み出し、扱うのが「黒市」なのです。
つまり偽ブランドやボーガスパーツの存在を許すことが、「黒市」の存在を許容することになり、ひいてはリサイクル産業や循環型社会の構築を阻むことになるのですから、看過できません。「黒市」を撲滅するには、中国で暮らす人々の意識改革が必要だと筆者は考えます。
現在、中国には高速鉄道網が充実しています。日本の技術やドイツの技術を基にして開発されたのは事実ですが、現実に快適な列車の旅が可能になったのですから中国高速鉄道の価値は認めるべきです。そしてその最先端の技術において、ブランドの価値やボーガスパーツの問題がクローズアップされる日が来ます。
今、中国の高速鉄道のレールは、恐らく四川省攀枝花製鉄所の製品でしょう。一方、高速鉄道車輪の方は、日本製鉄(旧住友金属)の製品でしょう。これを国産化したい思いはやまやまでしょうが、簡単ではありません。技術的理由の詳細については別稿に譲りますが、もし中国製に切り替えた場合、どこかで熱処理が甘いボーガスパーツが入り込む可能性があります。
中国高速鉄道は採算の悪化に苦しみ、累積赤字は日本円で80兆円を超えます。安価なボーガスパーツを使いたい誘惑にかられるでしょうが、それは極めて危険な行為です。高速鉄道が老朽化し、部品の交換や設備の更新が必要となる前に、ボーガスパーツの供給源である中国の「黒市」を撲滅する必要があります。
リチウム電池の偽物、鉛蓄電池の偽物、鉄道車輪の偽物、どれも人々を幸福にはしません。そしてそれらを生み出す「黒市」の存在は、循環型社会の構築を阻害するものです。その撲滅こそが、そして人々の意識改革こそが根本対策だな・・・。
筆者は中国の高速鉄道の代名詞である「和諧号」と「復興号」に乗りながら、そんなことを考えました。二等車でしたが・・・。
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久世寿(Que sais-je)
茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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