前編で述べたとおり、リサイクル産業は「処理の業界」から「循環の業界」へと変わる岐路に立っている。
しかし、その変化は理想論では起きない。現場を動かす仕組みそのものを変えなければならない。
ここで、まず直視すべき現実がある。
日本の資源循環では、技術の進化よりも先に「投資」が評価されてしまっているという事実だ。
設備を入れた。
補助金を使った。
採択された。
報告書を書いた。
だが、その後に
- 歩留まりは上がったのか
- 品質は安定したのか
- 稼働率はどう変わったのか
- 何が改善され、何が失敗だったのか
こうした問いに、定量で答えられるケースは驚くほど少ない。
結果として、歩留まりも、品質も、実装レベルでは大きく変わらない。
にもかかわらず、「循環している」「投資している」という言葉だけが独り歩きする。
この構造を放置したままでは、当然こうなる。
新しいリサイクル技術は育たない。
本当に必要なのは、派手な構想ではない。
前処理、選別、異物除去、阻害因子の低減、工程条件の最適化、品質の規格化は現場にしか見えない改善の積み重ねだ。
ところが、それらは文章にしにくく、絵にもなりにくい。
その結果、評価の対象から外れ、代わりに「設備」が主役になる。
次に起きるのが、設備購入が目的化する病である。
日本のリサイクル業界は、ヨーロッパに強い憧れを持つ。
欧州の事例を見て、「同じ設備を入れれば同じ成果が出る」と錯覚する。
だが、原料の質も、回収の仕組みも、制度も違う。
設備は魔法ではない。
原料が違えば詰まる。
異物が違えば壊れる。
水分、塩素、油分が違えば、歩留まりも品質も簡単に崩れる。
現場に合わせた前提設計も、運用設計もなく導入された設備は、やがて高価な置き物になる。
結果として、
- 不要な設備投資が増え
- 固定費と減価償却だけが重くなり
- 改良や研究に回す余力が削られ
- 技術が更新されない
という悪循環が生まれる。
表面上は「投資している」のに、実態としては「技術が進んでいない」。
これが、今の日本の資源循環が抱える最も痛い矛盾の一つだ。
さらに問題なのは、こうした設備投資の多くに、国や自治体の補助金・公費が使われているという点である。
「補助が出るから導入する」
「採択されるから設備を選ぶ」
「予算を消化するために入れる」
こうした判断が、無意識のうちに正当化されていく。
その結果、使いこなされない設備に、巨額の公費が流れ込む。
その原資は、私たちの税金だ。
無駄な設備投資が積み上がれば積み上がるほど、財政は圧迫され、
そのツケは最終的に、一般の生活に跳ね返ってくる。
ここでAIの役割がはっきりする。
AIは「設備を入れたかどうか」を評価しない。
見るのは、その後だ。
- 稼働したのか
- どの条件で止まったのか
- 歩留まりはどう変わったのか
- 品質は改善したのか
- 投資額に対して、成果は見合っているのか
こうしたデータを、時間軸で、客観的に、逃げ場なく可視化できる。
つまり、AIは“公費を使った設備投資そのものを管理・検証する装置”になり得る。
補助金を出して終わりではない。
導入して終わりでもない。
成果が出なければ、次は出さない。
成果が出た技術だけが、次へ進む。
そうした当たり前の循環を、ようやく回せるようになる。
これは監視ではない。
健全化である。
AIによって、
- 実装のない投資
- 見栄えだけの設備
- 成果の出ない事業
は、自然と淘汰される。
そして初めて、現場で本当に汗をかいて技術を磨いている人間が、正当に評価される。
次回の後編では、なぜこれまで「耳障りの良い文章」と「語るだけの構造」が力を持ち続けてきたのか、そしてAIがそれをどう終わらせるのかを、さらに踏み込んで書きたい。
( 利祭来留夫)