2026年1月29日、東京都内の航空会館において中性子産業利用推進協議会(IUSNA)と一般社団法人総合科学研究機構(CROSS)が主催する電池材料研究会が開催された。中性子産業利用推進協議会は大型中性子施設であるJ-PARC MLFおよびJRR-3を活用し、高性能・高機能材料や製品の開発を目指す民間企業を中心とした団体であり、研究会や講習会などを通じて中性子の産業利用促進に取り組んでいる。
本研究会は低炭素社会の実現やモビリティの電動化を背景とし、中性子線をはじめとする量子ビームを活用した二次電池および燃料電池に関する最新の研究動向や技術課題について大学およびメーカー企業から計4件の発表が行われた。
本研究会は会場とオンラインを合わせて96名が参加した。本稿では、前半に発表された二次電池材料に関する講演内容を紹介する。
*J-PARCは茨城県那珂郡東海村に立地する大強度陽子加速器施設であり、加速器で生成した高強度陽子ビームから中性子などを取り出し、物質や生命、宇宙の解明に向けた研究を進めている。中性子は原子核で散乱される特性を持ち、水素やリチウムなどの軽元素の解析に優れている点が特徴で、X線では困難だった金属内部の腐食や劣化の観察も可能とする。また、透過率の高さより電池セルを分解せずに充放電中の内部挙動を可視化できるため、電池材料研究に新たなアプローチをもたらしている(関連記事:「第66回電池討論会:徳島バッテリーバレイと茨城県中性子ビームラインが描く自治体の成長戦略」)。
会の冒頭において、2025年度より同研究会の主査を務めるトヨタ自動車の雨宮氏が燃料電池や水素関連技術の研究開発に携わり、産学官連携や国家プロジェクトの支援を通じて中性子解析の産業利用にも取り組んできた自身の経歴を紹介。主査就任の背景として、二次電池分野に加え水素分野へと議論を広げること、そしてメーカーとして中性子利用設備の産業ニーズを取り込む狙いを示した。
次世代電池における量子ビーム、第一原理計算を組み合わせたマルチモーダ ルな構造解析:東京理科大学 井手本康氏
本講演では検討を進めているマグネシウム電池の正極材料の検討状況を整理したうえで、中性子と放射光X線を組み合わせた量子ビーム解析と第一原理計算を併用する構造解析手法が紹介された。井手本研究室では次世代電池としてリチウム以外の金属の使用を検討する中で、多価イオンで理論容量が大きく、資源も豊富なマグネシウムに注目している。一方、マグネシウムはリチウムに比べてイオンが動きにくいという課題があり、電解液を含めた移動性の制約をどう克服するかが研究の中心テーマとなっている。狙いは高い体積エネルギー密度を持つ材料の探索だ。
そこで、正極材料としてスピネル系と層状系の二つの結晶構造について主に検討した。スピネル系は三次元的にイオンが動ける構造を持ち、比較的安定性を確保しやすい一方、組成や置換の仕方によって容量とサイクル特性の間にトレードオフが生じやすい。構造解析からは充放電後に結晶構造が元に戻りやすい材料ほど性能が良い傾向が示され、構造安定性を重視した材料設計の重要性が示唆された。また、放射光による電子密度評価からは、イオンが出入りする部位は結合が強すぎず、骨格となる構造側は強固であることが安定動作につながるという考え方が示された。
具体例としてはコバルト系が初期容量が大きいものの劣化しやすく、バナジウム系は容量が控えめだがサイクル特性に優れるという特徴が整理された。両者を組み合わせる検討では容量と保持率のバランスが取れた組成が見いだされ、単一相のスピネル構造が維持されることも確認された。さらに、電解液の耐酸化性や温度条件が性能に影響し、電解液側の工夫によって同一材料でも容量向上が可能である点が示された。
一方、層状系はイオンを多く取り込めるため初期容量が大きい反面、充放電に伴う構造変化が起きやすく、サイクル特性の確保が難しいと位置づけられた。今後は中性子と放射光を併用した解析により、層の共存状態や格子定数の変化を追跡できること、さらにPDF解析やXAFSを用いて局所構造を元素ごとに検証し、構造モデルの確度を高める重要性が強調された。
リチウムイオン電池にかわる次世代電池開発:九州大学 猪石篤氏
本講演ではリチウムイオン電池に代わる次世代電池として、ハロゲンが電荷キャリアとして動くフッ化物電池と塩化物電池の検討状況について紹介された。現時点では中性子を用いた実験は未実施だが、今後の共同研究により詳細解析を進める計画であり、本日はその前段として材料系の考え方と特徴が共有された。
フッ化物電池および塩化物電池はいずれも一価アニオンを電荷キャリアとする点が共通しており、比較的高速なイオン伝導が期待できる。全固体電池への応用を見据え、エネルギー密度、サイクル特性、コストの三要素を同時に満たす材料設計の重要性が強調された。全固体電池では化学的・電気化学的安定性に加え、電解質と電極粒子の物理的接触をいかに確保するかが性能を左右する。現在は硫化物系電解質が先行しているものの、耐酸化性の観点からは酸化物系やハロゲン化物系も有望とされ、特にハロゲン化物は高い電気化学的安定性と広い電位窓を有する点が特徴とされた。
理論エネルギー密度の比較ではフッ化物電池が非常に高い値を示し、鉄やマグネシウム、マンガンといった低コスト金属との組み合わせにおいても、リチウムイオン電池を上回る可能性が示された。
ハロゲン種ごとの比較では、理論容量や体積変化の小ささの面でフッ素が有利である一方、成形時には空隙が残りやすく、緻密化が課題となる傾向が確認された。高温条件下でのイオン伝導度は他のハロゲン種と大きな差は見られなかった。また、フッ化物電池は高い化学安定性を有し、鉄やマンガンを用いた系では低コストかつ大容量が期待できる点が強調された。今後は放射光X線や中性子を活用し、充放電中の結晶構造変化をその場で評価することで、反応機構や劣化要因の解明を進める方針が示された。
塩化物電池では、材料の可塑性が高いことが特徴として挙げられた。全固体電池では成形時や充放電に伴う膨張・収縮によってボイドやクラックが生じやすく、材料の柔軟性がサイクル特性に大きく影響する。同条件で成形・評価した結果、塩化物は緻密化しやすく、電池としてのサイクル特性も良好であることが示された。また、イオン伝導度の高い電解質を見出し、室温での動作も検証された点が成果として報告された。理論的には体積変化の小さいフッ化物が有利と考えられるものの、実際の電池性能には塩化物の高い可塑性が寄与している可能性が示唆された。
今後は、より広い電位窓を有する固体電解質の探索や、新規電極材料の検証を進める方針が示された。
質疑応答では、フッ化物電池および塩化物電池の双方において、想定以上に大容量化が進んでいる点に対し、驚きの声が多く挙げられた。
次回の「電池材料研究会(後編)中性子ビームラインを用いた燃料二次電池の挙動観察」では、J-PARCの中性子ビームラインを活用した燃料電池研究について、2件の発表内容を紹介する。
(IRuniverse Midori Fushimi)