2026年3月3日、国内電炉最大手の東京製鐵は、全拠点・全品種において鉄スクラップ購入価格をトンあたり1,000円引き上げた。直近の相次ぐ買値引き上げにより、国内のスクラップ価格は明確な底打ち感を示す水準に達している。しかし、この強気な価格設定の裏には、国内の鋼材実需の力強い回復という単純な構図ではなく、為替要因がもたらす「輸出との競合」という複雑な市場メカニズムが働いている。

(H2市中実勢と東鉄田原H2買値の推移)
国内市場:「水際防衛」と電炉間の集荷競争
今回の全拠点1,000円上げの直接的なトリガーは、国内ヤードから海外輸出(港の船積み)への玉(スクラップ)の流出を防ぐ、いわゆる「水際防衛」である。
東京製鐵は直近の2月下旬にも一部工場で買値を引き上げたが、関東地区を中心とする他電炉メーカーも直ちに500〜1,000円の追随値上げを実施した。これにより集荷における優位性が薄れ、さらに相場の「半値戻し」を達成したことで、ヤード側には「まだ上がる」という先高観から売り惜しみ(玉出しの抑制)の心理が働いた。メーカー側としては、自社工場へ確実に玉を引き込むため、改めて強い価格提示で「仕切り直し」を行う必要に迫られた形だ。
アジア市場:実需低迷による「上値の重さ」
一方で、日本の鉄スクラップの主要な輸出先であるアジア市場に目を向けると、様相は大きく異なる。直近のアジア相場(CFR:運賃込み条件)は、1月中旬をピークに軟化傾向にある。
台湾向け(コンテナ船)は、現地の鉄筋需要の低迷から買い手側の意欲が乏しく、米国産(HMS 1&2 80:20)が338〜345ドル前後で推移。メーカー側の買値目線(ビッド)は330ドル台前半と弱気な指値に留まっている。また、東南アジアの主要需要国であるベトナム向け(バルク船)については日本産(H2)は360〜365ドル前後で推移。為替は155円からやや円安寄り。

(最近の為替円ドル相場とべトナムの輸入スクラップ買値(HMS)の推移)
核心要因:円安が引き起こす「市況のねじれ」
アジアのドル建て価格が下落トレンドにあるにもかかわらず、国内価格が上昇するという「ねじれ」現象。このギャップを埋めている最大の要因が為替相場である。
足元の円安水準が、ドル建て相場の下落分を完全に吸収してしまっている。そのため、アジア向けの成約価格(ドル)が多少下がったとしても、日本国内のヤード業者にとって「円換算した際の輸出採算」は依然として魅力的であり、高止まりしている。結果として、国内電炉メーカーは実需に見合わない高値であっても、為替差益の恩恵を受ける輸出価格に張り合って買値を引き上げざるを得ない構造に陥っている。
当面の鉄スクラップ市況は、国内の建設土木・鋼材需要の動向以上に、為替レートの変動とそれに連動する輸出テンダー(入札)の価格に強く牽引される展開が予想される。
また、こうした鉄スクラップの価格高止まりと集荷競争の激化は電炉メーカーの原料調達コスト上昇が製品価格にどう転嫁されるかを含め、金属リサイクルサプライチェーン全体を通じた注視が必要である。
(IRUNIVERSE)