レアアースを語るとき、人は中国を見る。
それは間違いではない。だが、半分しか見ていない。
もう一つの大国がある。
静かに、長い時間をかけて、資源と向き合ってきた国。
インドである。
だがこの国は、中国のように声高には語らない。
むしろ逆である。
沈黙の中で、国家の奥底に資源を蓄え続けてきた。
その核心にあるのが、トリウムである。
■ ウランではなく、トリウムを選んだ国
通常、原子力はウランから始まる。
だがインドは違った。
いや、正確に言えば違わざるを得なかった。
自国に十分なウラン資源がない。
代わりにあったのが、海岸砂に眠るモナザイト。
そこに含まれる膨大なトリウムであった。
この現実が、インドの国家戦略を決定づけた。
ホミ・バーバ以来、インドは三段階の原子力開発構想を掲げた。
第一段階はウラン。
第二段階はプルトニウム。
そして最終段階がトリウムである。
つまりインドは、最初から「トリウム国家」であったのだ。
この発想は異様である。
だが同時に、極めて合理的でもある。
資源とは、あるものを使うしかない。
インドはその現実から逃げなかった。
■ モナザイトという「呪われた資源」
インドのレアアースを語るとき、モナザイトを避けて通ることはできない。
ケララ、タミルナドゥ、オリッサ。
これらの海岸に広がる黒い砂。
そこに含まれるのがモナザイトである。
レアアースを含む。
だが同時に、トリウムという放射性元素を伴う。
ここに、この国の宿命がある。
資源でありながら、規制対象でもある。
価値でありながら、制約でもある。
この二重性が、インドの産業化を遅らせた。
■ IREL――国家の倉庫としての企業
このモナザイトを扱ってきたのが、Indian Rare Earths Limited(IREL)である。
1950年設立。
1952年には処理設備が稼働した。
だがこの企業の本質は、商社でもメーカーでもない。
国家の倉庫である。
IRELはレアアースを売るために存在したのではない。
トリウムを国家の手の内に留めるために存在したのである。
分離されたトリウムは備蓄される。
一部は原子力研究へ回る。
だが本質は、使うことではない。
保持することである。
山師の目から見れば、これは明らかに市場の論理ではない。
国家の論理である。
だからこそ、インドは「資源はあるが供給できない国」となった。
■ 中国との決定的な差
同じ時代、中国はどう動いたか。
掘る。
分ける。
加工する。
そして世界に供給する。
流れを作った。
インドは違う。
掘る。
分ける。
そして止まる。
ここに決定的な差がある。
山師の世界では、こう言う。
流れを作れない資源は、存在しないのと同じである。
インドは長い間、その壁を越えられなかった。
■ 変化の兆し――磁石へ、そして市場へ
だが、時代が変わった。
2020年代に入り、インドはようやく動き出した。
希土類永久磁石。
すなわちNd-Fe-Bである。
国家は補助金を出し、産業を立ち上げようとしている。
採掘から分離、そして磁石製造までの一貫体制。
これは明らかに、中国モデルの後追いである。
だが、意味は大きい。
初めて「流れ」を作ろうとしているからだ。
さらに重要なのは、国内市場である。
14億人。
急拡大するEV。
電子機器、再生可能エネルギー。
これは巨大な消費であると同時に、巨大な都市鉱山でもある。
インドは、採る国から回す国へ変わろうとしている。
■ 鈴木修という異端の先見者
ここで一人の人物を思い出す。
鈴木修である。
1980年代初頭。
インドはまだ自動車後進国であった。
市場は小さく、制度は未整備。
誰も本気で投資しようとは思わなかった。
その中で、鈴木は賭けた。
小型車を持ち込み、現地生産を行い、
インド人のための車を作った。
Maruti 800。
これがすべてを変えた。
インドに「自動車」という概念を根付かせたのである。
その後の成長は周知の通りだ。
市場シェア40%超。
インド最大の自動車メーカー。
だが本質はそこではない。
鈴木は見抜いていた。
市場は存在するものではない。創るものである。
この哲学こそが、インドを動かした。
■ レアメタル産業への示唆
今、インドは同じことをやろうとしている。
レアメタルである。
資源はある。
だが市場がない。
ならばどうするか。
創るしかない。
磁石を作り、
モーターを作り、
EVを走らせる。
その中で、資源が流れ始める。
これは鈴木修の再現である。
■ 山師の結論――遅い国ほど、強くなる
インドは遅い。
意思決定は遅く、制度も複雑だ。
中国のようなスピードはない。
だが、その代わりに、深さがある。
国家戦略。
人口。
市場。
そして時間。
すべてが積み重なっている。
トリウムを半世紀眠らせた国である。
短期の利益で動くはずがない。
だが一度動き出せば、その流れは止まらない。
山師はこう見る。
インドはまだ主役ではない。
だが、必ず舞台の中央に出てくる。
その時、世界は気づく。
静かに蓄えられていた力の大きさに。
資源とは、存在ではない。
流れである。
そして流れとは、時間の産物である。
インドは、その時間を最も長く持つ国である。
ゆえに、この国は強い。
遅れているのではない。
準備していたのである。
(IRUNIVERSE team RAREMETAL 監修 レアメタル アルケミスト)