トルストイの小説『アンナカレーニナ』の冒頭には「幸福な家庭は一様に似通っているが、不幸な家庭はさまざまに不幸である」という文があります。この家庭の部分を企業経営に置き換えても成り立つ・・と筆者は考えます。「経営が順調な企業は一様に似通っているが、経営不振の企業はさまざまに問題を抱えている」という訳です。特に中堅の製造業でそれが言えるように思われます。
筆者が訪問してインタビューする企業は、その多くが経営が順調な模範的企業であり、業界でリーダーシップを取る企業ばかりです。だからトップインタビューしても、質問内容もそれに対する回答もどうしても似たものになります。
そんなことを思ったのは、向山工場の社長インタビューをした時です。
勿論、経営が順風満帆でも経営課題が無い訳ではありません。むしろ経営が順調だからこそ、取り組むべき事が多いはずです。筆者としては経営が順調な中で抱えている課題について訊きたいのです。
特に中堅企業については、どの会社にも、同じような質問をすることになり、テンプレートがあるみたいですが仕方ありません。
1.将来到来する後継者問題にどう対応するか?
2.常に不足する人材確保について、どう取り組んでいくか?
筆者は、躍進する会社で、優秀な人材が十分に足りていると回答した会社に出会ったことがありません。(優秀な)人材はどれだけいても足りません。給料分稼がない社員は・・・別ですが。
当たり前ですが、人材を確保するためには、経営者が常に以下のことを気に掛ける必要があります。
(1)社員にとって魅力的な企業であること
(2)人が辞めない企業であること
(3)優秀な人が集まる企業であること ・・・実は3つとも同じ内容です。
3.技術革新の継続
(1)自社の固有技術をどう育成・保持するか
メーカーの場合、最新の自社固有の技術を持たなければ、市場から退場を迫られる時代になりました。ハイテク産業は当然ですが、昔からある基礎素材産業においても、他社との差別化は重要です。
(2)知的財産の保護・獲得のための戦略が重要です。
かつては知的財産の扱いは、知財担当者のものでした。しかし今知財は重要な経営戦略の一部であり、経営者自身が関与する時代です。
(3)産学連携をどう図るか
自前で研究組織と人材を確保できる大企業は別ですが、中堅企業や中小企業はそうはいきません。そしてそれらのために公的研究機関があるとも言えます。
大学と連携したり国公立の研究所と共同研究をするというのは需要な手段です。社外にいる才能を使わない手はありません。
4.海外進出をどう考えるか?新規事業をどうするか?
残念ながら日本の人口は減少傾向にあり、これから高度経済成長が再来する可能性は高くありません。会社の発展を目指すなら海外への進出を考えるのは産業分野を問わず当然のことです。しかし中堅企業の場合、海外進出に失敗して経営が傾く例は多いのです。
海外進出と同様に新規事業への進出も課題です。新規事業といっても全く新しい分野に進出する場合と、今手掛けている事業の川上分野、川下分野に事業を広げる場合があります。どちらにも難しい問題があります。
5.国内外の同業他社との関係、競合と合従連衡をどう進めていくか?
上記の5項目が、筆者がトップインタビューする時のテンプレートです。
独立系電炉メーカーの向山工場の向山氏へのインタビューもその質問を考えていた訳ですが、電炉業界には特別の問題があります。
1.世界的なスクラップ需要の増加と争奪戦、それに伴う価格上昇。
2.電力などのエネルギー価格の高騰。
3.国内のインフラ整備、建設プロジェクトの遅延・遅滞による鉄筋需要の伸び悩み。
4.トラック運転手の不足や燃料費の高騰など、運送業を取り巻く環境の悪化。
5.国内で30社を超える鉄筋メーカーの乱立で、統率力やリーダーシップの不足。
多くの問題・課題を抱える鉄筋メーカー・電炉メーカーの世界ですが、しかし、向山工場グループは既に解答を用意し、そして実行していました。
まず向山工場は単なる鉄筋メーカーではありません。
異形棒鋼の販売会社から始まったウィンファースト社、建築設計部門を受け持つ未来建築研究所、通商部門を受け持つサンワード者などを持つ、企業グループです。最近流行りの言葉で言えば、向山工場が提供するのは鉄筋という製品ではなく顧客が求める一種のソリューションです。
まず、建築設計にあたって、S造(鉄骨構造)かRC造(鉄筋コンクリート構造)かを建築家は考えます。無論、構造物の大きさや高さで両者は棲み分けが出来ていますが、重なる領域もあります。向山工場のように高強度鉄筋となれば、重複領域は更に広くなります。その場合に向山グループの設計部門は設計図の形で客先に解答を提案できるのです。
さらに、顧客である建築業界の悩みにもこたえています。今、鉄筋工の人数に不足感はないようですが、全体的に現場での施工期間は延びる傾向にあり、それは建設コストの上昇や竣工時期の遅れによる機会損失などの負担増につながっています。
現場での施工期間を短縮するには、工場内で組み立てを進めるプレハブ化が一つの対策です。向山工場が考え実行しているのはユニット化です。現地で鉄筋を組むのではなく、予め工場内で鉄筋を組んでブロックにしてトラックで建築現場に運び込む方法です。ユニット化は、RC構造の標準化にもつながります。
全ての経営者は製品の加工度を上げて高付加価値化を考えますが、実際に実行しようとすると難しい問題があります。それは顧客でもある川下の業界とバッティングするからです。鋼板メーカーが自社でH形鋼を製造すると、客である溶接H形鋼の会社とバッティングします。製鉄会社がスチールハウスを売り出そうとすれば、重要客先である鉄骨系プレハブ住宅メーカーとバッティングします。なかなかうまく行かないのです。
しかし客先である建築業界が困っている問題を解決し、ウィンウィンの関係になる取り組みであれば、最高です。向山工場が実行したユニット化はクリーンヒットと言えます。
規模感と内容が異なるので、喩えとしてはしっくりきませんが、鉄筋構造のユニットかは造船業界に於けるブロック工法に近いかも知れません。納期短縮とコスト低減につながる提案です。
物流の人員不足とコストアップについても、自社グループの物流会社を活用することで向山工場は対応しています。そのように業界を取り巻く環境は厳しいですが、同社はグループ企業を有機的に活用することで多くの問題に対処している訳です。
しかし残る課題もあります。鉄筋業界が抱える最大の課題は何か?と考えた場合、筆者は後継者確保と事業継承の問題であると考えます。
筆者はこの問題を解決する手段は、M&Aによる企業の経営統合であると考えます。
経営者が高齢化していて、かつ跡継ぎがいない会社を、同業他社が引き受ける形で、事業を継続していくべきではないか?と思います。普通は経営統合というと、大が小を呑み込むとか、経営不振の会社を余力のある会社が救済合併するという「資本の論理」が働きます。しかし、全国に30社以上ある鉄筋棒鋼のメーカーの経営統合については、後継者の有無こそが重要なポイントになるのではないか?と思います。
スクラップ調達の困難さは、さらに深刻になるでしょう。その際、企業規模の大きさが意味を持ちます。高炉メーカーや大手の電炉メーカーが考えるスケールメリットとは違う観点で合従連衡が重要になります。
では鉄筋棒鋼の業界再編は誰が音頭を取るのか?ここは既に多方面に業務を拡大し、業績を挙げている会社が音頭を取るしかありません。筆者は向山工場こそが適任であると考えます。
やや意外ですが、鉄筋棒鋼の業界は海外の脅威に晒されてきませんでした。輸入鋼材は、50cm長単位で長さを揃えて即納するようなキメの細かい営業はできません。輸入鋼材を波止場で長期保管すれば赤錆が発生し、商品価値が下がります。しかしそれらの問題は、受け入れる側の鋼材商社が工夫すれば改善できる問題です。鋼材強度の保証の問題は残りますが、東南アジアや中国製の鉄筋・棒鋼が国内市場に入ってくる可能性はあります。いつ黒船がやってくるか分かりません。それに備えるためにも業界の再編成は必要であると筆者は考えます。
それ以外にもやるべきことはあります。
向山工場あるいはウィンファーストが建築資材の鋼材全体を供給するサプライヤーになることも可能です。建築用鋼材は鉄筋だけではありません。溶接H形鋼、コラム、鋼矢板等、多岐にわたります。製鋼工場の連続鋳造機を増やさなくても、他社の鋼材を販売する窓口として商社機能を充実させることは可能です。無論、これまでのクライアントとのバッティングには留意する必要がありますが・・・。
更に言えば、鉄筋の製造、搬送、組み立て等の作業のロボット化も重要な課題です。
まずは人間がハンドリングできる重量の扱う作業のロボット化(つまり人間の作業者の代替)を進め、次の段階で重量物を扱うロボットの開発も視野に入れるべきです。日本の建設プロジェクトの遅滞を防止するにもこれは重要です。それらを進めるためにも、同業各社との連携が重要になってきます。
やるべきことが多くある・・・ということは、これから大化けするかも知れないということです。向山工場の今後から目が離せません。
同社の将来について、さらに詳しい記事を書きたいのですが、それはいずれ同社を見学する機会を得てから書きたいと思います。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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