のっけから私事で恐縮ですが、筆者の長男の縁談がまとまりました。新郎新婦は二人とも博士号を持ちます。特に新婦の方は筑波大学で学位を取ったそうです。タモリが「つくばの駅前で石を投げれば博士に当たる」と言ったとおり、あの町には博士号を持つ研究者や学者がたくさんいるようです。筆者は勿論博士ではありませんが、周囲を見渡すと、博士号を持つ人が随分多くなったように思います。昔からお医者さんには博士号を持った人が多くいて、ドクターと言えば、医師の意味になっていますが、最近では医師以外で博士号を持つ人が増えてきたようです。若い友人にお会いすると、しばしば名刺に博士と書いてあります。
筆者の回りに多くいるのは工学博士や農学博士といった理科系の博士ですが、文学博士もかなりいます。博士が増えてきている理由はいろいろあるのでしょうが、概ね以下の理由が考えられます。
1.大学院に博士課程を持つ大学が増え、研究者を養成する体制が充実してきた。
最近は大学も金を稼がなくてはなりません。大学院の教授はひとつのノルマとして多くの大学院生を抱える必要ができました。大学院生を指導するからには学位を取らせなければなりません。そうでなければ職務怠慢ということになります。かつては文科系の場合、履修年限内で取得する人は少なく「単位取得後退学」を経て、その後に「論文博士」となるのが普通でしたが、最近は大学院在学中に取得する「課程博士」が増えてきました。筆者の邪推ですが、「在学中に学位を取らせよ」という無言の圧力が大学当局からでているように思えてなりません。これは指導教員に対しての圧力ですが大学院生にもプレッシャーがかかります。「課程博士」が増える一方で「論文博士」は激減しています。穿った見方ですが「論文博士」では大学に授業料が入らないからでは?と邪推します。やっぱりお金なのです。これは理科系も同じです。
2.学位がないと就職できない環境になってきた。
そもそも論として、大学院に残ろうとする学生の多くは大学の教員になることを目指しますが、これは年々狭き門になりつつあります。以前は博士号が無い大学教員も多くいましたが、今は学位を持つことが必須の条件になりつつあります。それ以外に論文の数とかいろいろチェックされるポイントはあるのですが、とにかく学位が無くては話になりません。だから皆さん、学位取得を目指します。
3.海外の研究者との比較
以前、京大卒で博士号を持つ同僚が「博士号なんて足の裏についたご飯粒みたいなものさ。取らないと気になって仕方ないし、取ったからといって食べられる訳ではない」これを聞いた人は「うまい喩えだ」と感心していましたが、この言葉の裏には「大学院まで行って博士号も取れない人は気持ち悪くないのか?」とか「学位を持っていても就職に有利にならないとか、職場で厚遇されないのはおかしい」といった意味が含まれていて、学位を持たない筆者には不愉快な言葉でした。
外国では・・・博士号を持っているとそれなりに尊敬されます。
欧州の場合、19世紀以来の一種の教養主義が残っていてインテリは尊敬されますし、学位は矜持の拠り所となります。博士の中にはミスターと呼ばれると怪訝な顔をする人もいます。筆者が知るのは主にドイツや英国の例ですが、確かにかの地では博士は一目置かれます。ある大学教授と会食した際に、筆者のバックグラウンドを訊かれ、学位が無いことを告げると「足の裏のご飯粒は気にならないのかね?」とばかりに不思議な顔をされました。
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特にドイツの技術者には博士号を持つ人が多いのですが、それにはいろいろな理由があります。歴史的な事情からインフレを極度に嫌うドイツ経済は、しばしば金融引き締めを行い、若者の雇用の機会は常に限られます。その結果、多くの学生が大学院に残り、博士号を取得し、社会人になるのは20代後半から30代前半頃になります。それでも就職口がたくさんあるというのも驚きですが、一方で彼らは55歳くらいで早期退職します。そうなると人生の中で就労している期間は30年にも満たないということになります。それに加えて年間労働時間が1400時間というのでは、一生の内で仕事している時間はどれだけ短いのだ・・と驚くことになります。
多くの若者が大学院で勉強できる環境、一人当たりの就労期間を短くしてワークシェアリングを行う環境、それらを許容することは・・ドイツ社会がいかに豊かかという証拠でもあります。もっとも、筆者がそれを痛感したのは1990年代です。その後、ドイツ経済は大きく落ち込み、今後もその豊かさを維持できるかは不明です。
でも確かに博士が多くいる社会というのは、ある意味、豊かな社会であると言えます。
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一方でいい加減なのはメキシコです。筆者が何度かメキシコに行った時は、技術者として紹介されたのですが、かってにドクターにされてしまいました。「おいおい、私は学位を持っていませんよ」と言うと、スペイン語の通訳をしていただいた方は、「何、構いませんよ。この国では大学を出た技術者は皆博士です。逆にそう名乗らないと軽く見られてしまいます。どうせ、CiNiで検索する訳でもありませんから分かりませんよ」。なるほど、この国にも博士はたくさんいます。
欧米だけでなく、学歴至上主義が強い中国や韓国でも、大学院進学熱は高く、博士号取得者も増加しています。
読者諸兄ご承知の通り、中国・韓国からの留学生は日本の大学院でも大きな存在になりつつあります。前述の筑波大学は、国立大学では最も多くの留学生を受け入れている大学ですが、他の大学でも大学院の留学生は増えています。そして博士号取得者も増えています。人々は彼らを「岸田の宝」と呼ぶそうです。
各国で博士が増えているのなら、日本でも同じ傾向で博士が増えているのだ・・と筆者は考え、その理由を考察したのですが、実際は違いました。定員枠が拡大した大学院の席を埋めるのは日本人学生というより海外からの留学生だったという訳です。
実際のところ、日本以外の各国の博士号取得者は増えているのですが、日本だけは伸び悩むというか、むしろ減少傾向にあるそうです。なぜ増えないか・・については後述します。
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これではいけない・・とばかりに、日本人の大学院進学と博士号取得者を増やそうという動きもありますが、修士号取得者は増えるのに、博士号取得者は伸び悩んでいます。この理由は簡単です。就職の問題と将来の生活設計の問題です。無論、少子化や日本経済の低迷も背景にありますが、もっと具体的で切実な問題があるのです。
科学技術立国を標榜する日本では、一時期大学院の定員枠を広げ、大学院生を増やしましたが、学位取得後のポストを増やしませんでした。むしろ狭くしました。その結果、職を得られない研究者の卵が大量発生する「オーバードクター」という事態が発生しました。彼らには「ポスドク」という一種の食い扶持を一定期間与えて、当面の生活と研究を保証しましたが、パーマネントな職でない以上、これは問題の先送りにしかなりません。ポストが足りないためのポストドクター・・・とは洒落にもなりません。
ポスドクの期間中に成果を挙げて、正規雇用を確保するというのは若手研究者には相当のプレッシャーです。いや、ポスドクだけではありません。正規雇用の助教、准教授、教授でも終身雇用(つまりパーマネント)ではない時代が来ました。数年毎に直近の業績を精査され、解雇や異動もありうるという不安定な時代です。一度、教授のポストに就くと、後は論文を1本も書かなくても、教授会に出て、学生指導だけをしていれば許されるという時代ではなくなりました。定年まで安定して勤められるという保証がなくなれば、研究者を志す青年は二の足を踏むようになります。日本で博士号取得者が増えない理由はここにあります。
これは日本だけではありません。米国の大学でも終身雇用制は減り、大学教員には強いストレスが生じています。
筆者が1990年代にシカゴでシカゴ大学の藤田名誉教授と会食した時のことです。藤田教授とは、竜巻博士として有名で、フジタスケールやドップラーレーダーの発明者で、マイクロバーストやダウンバーストの発見者です。
藤田先生は、シカゴ大学での研究の日々を羨む筆者に「シカゴ大学の教員は、3年毎に成果を審査され、業績未達なら大学を去らねばならないという過酷な環境で、大変なストレスだった。優秀な研究者で大学を去っていった人も多い。今は名誉教授としてそのストレスから解放されているが、君にお勧めできる仕事ではない」と語りました。米国の大学教員も大変なようです。
将来の雇用が保障されず、人生設計もままならず、結婚もできない・・というのでは研究者や学者を志す人も減ってしまいます。それではいけないということなのか、文科省は理科系の若手研究者に対してテニュアトラックという制度を導入しました。
これは大学が終身雇用の職を若手研究者に提供するものですが、実は完全な終身雇用ではありません。それに大学毎の雇用となるので、大学を移って武者修行するのが難しくなります。筆者にはテニュアトラックは弥縫策にしか見えません。
根本対策は、国の研究機関や大学の研究者の数を増やすことですが、これが難しいのです。18歳人口は減る一方で、むしろ大学は整理統合というかリストラの時代になりつつあり、教員を増やすどころではありません。国立の研究機関と言えば、民主党政権時代に「2番じゃダメなんですか?」の事業仕分けがあり、定員増は難しいところです。どうも左派系の政治家には研究者や学者に対する警戒や反発があるみたいです。
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中国の文化大革命ではインテリが攻撃の対象になりましたし、カンボジアのポル・ポトも知識人を粛清しました。作家高橋和巳は小説『我が心は石に匪ず』の中で「プロレタリアートは知識人を究極に於いて信用しない」と述べています。民主党政権はずっと前に終わりましたが、国立の研究機関が規模を拡大することは無さそうです。
「それなら、民間企業が博士をもっと雇用せよ」という意見があります。それは一理がありますが、簡単ではありません。
基本的に民間企業は利潤を追求する「ゲゼルシャフト」であり、真理の探究といった崇高な目的では動きません。下世話な言葉で言えば「金を稼げる人」を採用するのであって、その目的から言えば、博士より修士なのです。基礎研究よりも応用研究です。
大学からスピンアウトしたようなハイテクベンチャーなら博士研究員も必要ですが、筆者が勤務したような基礎産業の業界では必ずしもそうではありません。
それでも製鉄会社にはたくさんの博士がいました。博士だけでサッカーチームが10チーム位できそうです。そしてその博士には4種類あったのです。
それについては次号で申し上げます。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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