MIRU取材班は6月3日、大阪市に本社を構える池田金属工業株式会社を訪問した。
前報の「ねじで世界をよりよく変える」池田金属工業、締結技術改善で現場課題に挑む(前編)」に引き続き、本報では後編として同社が新設されたラボや今後の締結技術の方向性について紹介する。
原材料高騰と調達リスクに対応する提案力
近年のアルミやステンレスなどの原材料価格の高騰は、ねじ業界にも大きな影響を与えており、既存の商流を見直さざるを得ない。業界では、これまで地元企業から慣習的に調達していた製品について他社に見積もりを出す動きが出ている。また、国産品であることを重視していた顧客の間でも、品質が担保できるなら輸入品やコストダウンにつながる製品へ切り替えてもよいという考えが広がりつつあるという。
池田金属工業では長年見直されてこなかった図面や仕様について、材料変更や工程削減の余地を検討しており、「これまで問題なく使えていたから変えてこなかった」仕様や工程を原価高騰をきっかけに見直している。この仕様や工程見直しの背景には原材料価格だけでなく、地政学リスクの高まりもある。ウクライナ情勢、中東情勢、関税政策、資源ナショナリズムなどにより、従来の自由貿易を前提とした調達環境は揺らいでいる。特定の国に偏った調達では為替変動や軍事リスクへの懸念もあるため、東南アジアを含む調達網の再構築が重要になっている。
同社は既存案件と新規案件の双方で、材料変更、仕様変更、工程削減、基準の見直しなどを仕入先と協議し、顧客に提案している。製品単体の原価を下げるだけでなく、作業費や人件費を含めたトータルコストダウンを重視する。これは原材料価格が上がるなら、締結作業やメンテナンスにかかる人件費を下げることで、全体最適を図るという考え方である。
同時に、国内外の調達網の新規開拓も進めているという。輸入品については、品質管理の強化が欠かせず「単に海外製品を安く仕入れるのではなく、池田金属工業の品質管理を通した輸入品であれば安心できる」という信頼を築くことが重要である。
同社はねじの商社でありながら、調達、品質、設計、作業改善、コストダウンを横断して提案する。原材料高騰や調達環境の変化は、顧客にとって負担である一方、長年変えられなかった仕様や作業を見直す契機にもなる。池田金属工業はその変化を捉え、単なる価格対応ではなく、締結技術を軸にした総合的な改善提案を行っている。
締結技術の未来を見据えた新設ラボの挑戦
池田金属工業は経済産業省の事業再構築補助金の採択を受け、遠隔でボルトのゆるみを検知するIoT製品を開発するためのラボを新設した。従来の試験室では小径ねじを中心にトルクアナライザーによる評価を行っていたが、新設ラボには超音波測定器や油圧式軸力試験機、引っ張り試験機などを導入。これにより、これまで対応が難しかった太径ねじについても、軸力や強度などの評価・試験も可能となった。

また、新設ラボは試験・評価の場であるだけでなく、締結技術への理解を深めるための体験型施設としての役割も担う。例えば、トルクレンチによる締結管理と実際に発生する軸力の違いを、自ら締結作業を行いながら確認できる環境を整備。数値や理論だけでは伝わりにくい締結の特性や管理のポイントを実践で学ぶことができる。軸力は一般には見えにくい概念であり、締め付けトルクと混同されることも少なくない。ラボでは、トルクが必ずしも軸力に直結しないことや、軸力を可視化して管理する意義を直感的に理解できるよう工夫している。こうした理解は、締結不良が設備トラブルや事故につながるリスクを認識する土台となる。遠隔監視や異常検知システムの価値も、その前提としてねじ締結の仕組みや管理の重要性への理解があってこそ伝わるものであり、同社は啓発活動にも力を入れている。
今後は、ねじに関するさまざまな課題とその解決策を学べる設備を順次拡充していく方針だ。ねじのゆるみ、軸力管理、脱落防止、遠隔検知、作業性改善、さらには設計思想の見直しまでをテーマに、データや理論だけでなく実際に触れて試せる環境を整備する。将来的には、締結技術を総合的に学べる「体験型テーマパーク」のような拠点を目指しているという。
特許出願中製品「DTIスイングボルトセット」
同社は新たなソリューション型製品として、「DTIスイングボルトセット」を開発し、現在特許を出願中だ。これは、化学薬品を製造する工場などで使用されるタンクの蓋固定向け締結システムである。タンクの蓋は一般的にボルトやナットで締結されているが、締め付けが不均一な場合、内容物の漏えいにつながる恐れがある。半導体材料などを扱う現場では、わずかな漏えいが設備停止を招くだけでなく、高額な材料の損失による経済的影響も大きい。

DTIスイングボルトセットは、ボルトの垂直性を維持しながら締結することで圧力を均一化し、安定した締結を実現する。さらに、適正な軸力に達すると表示部の色が黒く変化するため、締め付け状態を一目で確認できる。ボルト部が締結状態を色で示す一方、スペーサー部は角度を補正して蓋の偏りを防ぐ。また、ヒンジ部には脱落防止機構を備え、ボルトやナットの落下リスクも低減する。
従来の作業では、ボルトが斜めに噛み込んだり、均等な締め付けができなかったりするほか、ナットの落下による手戻りが発生することもあった。DTIスイングボルトセットは、こうした作業上の課題を解決し、誰でも適正な締結状態を確認できる環境を実現する。作業者が経験や勘に頼るのではなく、色による明確な指標を基に締結作業を行える点が大きな特徴だ。
締結技術で製造業の課題解決に挑む
同社が注目する技術の一つがIoT化であり、前述した新設ラボでは、ボルトの緩みを遠隔監視できるIoT製品の開発を進めている。人手不足、人件費高騰、作業環境の悪化を背景に、締結部品の状態を遠隔で把握する技術は必須になっていくと見る。さらに、機械全体の自動化やフィジカルAIの進展により、締め付け作業そのものも変化していく。人の手を介することで発生する不良を防ぐ仕組み、点検頻度を下げられる構造、長寿命化した部品が求められるようになる。
特に、遠隔検知のニーズはメンテナンス負荷の高い設備で特に大きい。例えば、洋上風力のタワー上部では点検のために船で現地へ向かい、安全帯を付けて高所に登ってメンテナンスする必要がある。台風の後こそ点検が必要になるが、作業環境は厳しく、時間もコストもかかる。遠隔でゆるみや軸力状態を把握できれば、点検や保守のあり方を大きく変えられる可能性がある。
一方、現段階ではフィジカルAIを活用するための基準データや評価要素は十分に蓄積されていない。締結条件は用途や現場環境によって大きく異なるため、摩擦、振動、荷重、温度、作業方法などを踏まえたデータがなければ、適切な自動化やAI活用は難しい。同社は、一般的な基準データを蓄積しつつ、個別案件ごとに必要な評価項目を整理し、顧客とともにデータを取る役割を担おうとしている。
池田金属工業の展望は、締結技術の課題解決でナンバーワンの企業となり、日本のものづくりに欠かせない存在になることである。ねじは小さな部品でありながら、製品品質、作業安全、設備保全、コスト、調達リスクに深く関わっている。池田金属工業は、現場の声を起点に、締結技術を通じて製造業の課題解決に挑み続けている。
筆者は学生時代およびエンジニア時代、ねじ締結や締結部品の加工においてゆるみや折損、作業性の問題に悩まされた経験がある。記事でも触れたように、締結現場では「これまで問題なくできていたから」という経験則や慣習に依存している部分が多く、改善の必要性を感じていても何から手を付ければよいのか分からないケースが多い。実際に現場の課題を認識していても、それを定量的に評価し、解決策へと落とし込むことは容易ではない。
そうした中、池田金属工業株式会社の強みは「ねじ」を単なる部品として扱うのではなく、設計、施工、保守、点検といった製品ライフサイクル全体を見据えながら顧客に寄り添い、課題解決を支援している点にある。ゆるみや折損といったトラブルへの対応はもちろん、作業負荷の軽減や省人化、軸力管理の高度化まで視野に入れた提案は、今後ますます重要性を増していくだろう。
締結の基本であるねじは、一見すると小さな部品に過ぎない。しかし、その一本が製品の品質や安全性、メンテナンス性、さらには作業者の負担や企業の収益性にまで影響を及ぼす「たかがねじ、されどねじ」である。
人手不足や技能伝承、設備保全の高度化が求められる中、池田金属工業が掲げる「ねじで世界をよりよく変える」という理念がどのような形で実を結ぶのか。今後の技術開発と事業展開に注視したい。
(IRuniverse Midori Fushimi)