ハンガリー北東部デブレツェンにある恩捷股份(Semcorp)の工場について、地元ハイドゥ・ビハール県庁は2026年6月24日、総合的汚染防止管理(IPPC)許可の違反および土壌汚染を理由に、生産の即時停止を命じた。
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県庁が示した検査結果によると、工場敷地内の地下水に含まれるアルミニウム濃度は1リットルあたり267万6000マイクログラムに達し、現地の法定基準値(200マイクログラム)の1万3000倍を超えていた。ヒ素、鉛、カドミウム、ニッケル、コバルト、亜鉛、クロム、銅、バリウム、マンガン、リチウム、鉄など複数の重金属も基準を超過していたという。
県庁は検査報告書の提出遅延を理由に100万フォリントの罰金と200万フォリント超の行政手続き費用を科したほか、7月3日には消防当局が消防法令違反を理由に工場内の全活動停止を命令し、300万フォリントの罰金を科した。
恩捷は2020年11月にデブレツェンで起工しており、投資額は約3.4億ユーロ、中国国外では初の生産拠点だった。
この一件は、2015~2016年にオルバーン政権が策定した「国家電池産業戦略」以来、約10年にわたり外資誘致を軸に拡大してきたハンガリーの電池産業が、政権交代を機に規制強化の局面に入ったことを示す出来事として位置づけられる。
■ 外資誘致による拡大
2015~2016年に「国家電池産業戦略」を策定したオルバーン政権は、税制優遇や安価な土地の提供、独系完成車メーカーへの近接性を武器に、「欧州電池バリューチェーンの中心地」を目指す方針を掲げた。
これまでにサムスンSDI(ゲド工場、40GWh、8GWh増設計画あり)、SKオン(コマーロム工場7.5GWh、イヴァーンチャ新工場30GWh)、寧徳時代(CATL、2022年8月に投資計画を発表、投資額73億ユーロ、計画年産能力100GWh、うち一期40GWhが2026年に稼働開始、供給先にBMW・ステランティス・メルセデス・ベンツ・フォルクスワーゲンなど)、恩捷などが相次いで進出した。累計外資は約260億ユーロ規模とされ、うち中国資本は2024年6月時点で200億ユーロを超えると報じられている。
2022年時点でハンガリーの電池生産能力は世界4位(38GWh、世界シェア3%)とされ、英調査会社ベンチマーク・ミネラルズは2031年までに現在の7倍となる207GWhに達し欧州2位になるとの見通しを示している。輸出面では、リチウムイオン電池(HSコード850760)の輸出額は2020年の27億ドルから急拡大し、2021年41億ドル、2022年70億ドルと伸びた後、2023年に103億ドルでピークを付けた。その後は2024年73億ドル、2025年59億ドルと2年連続で減少している。
2023年時点でこの品目はハンガリーの総輸出額(1580億ドル)の6.5%を占め、世界輸出シェアでも中国、ポーランドに次ぐ世界3位(8.9%)だった。輸出先はドイツへの依存度が高く、2023年はハンガリーの電池輸出額103億ドルのうち約半分にあたる50.8億ドル(世界輸出全体の4.37%に相当)がドイツ向けだった。
| 年 | 輸出額 Export Value (USD) |
| 2020 | $2,736,569,657 |
| 2021 | $4,140,402,384 |
| 2022 | $7,041,657,367 |
| 2023 | $10,335,626,899 |
| 2024 | $7,296,666,455 |
| 2025 | $5,871,279,182 |
リチウムイオン電池(HS850760)輸出額推移 2020-2025
出典: UN Comtrade
■ 進出当初から続く摩擦
CATLのデブレツェン進出計画が2022年8月に公表された直後から、地元では反対の声が上がった。現地世論調査機関21 Kutatóközpontの調査では、人口約20万人の同市住民の62%が計画に反対と回答した。争点は、工業団地の推定日量取水量(最大6万立方メートルとされ、市全体の使用量を上回るとの試算がある)や、電池製造に使われる溶剤NMP(N-メチルピロリドン)の健康影響への懸念などだった。2023年3月には工場近隣の住民が起こした訴訟でCATLが敗訴し、災害管理許可が一時取り消された。
同様の摩擦はサムスンSDIのゲド工場でも続いていた。地元団体Göd-ÉRT協会の集計によると、同工場は稼働開始以来、当局から計13回、合計約1.3億フォリントの罰金を科されており、2022年3月には労働監督当局が、化学物質や粉じんへの過度な曝露で従業員23人の健康を危険にさらしたとして、上限額の1000万フォリントの罰金を科した。さらに2025年10月、地元住民団体と環境法律協会(EMLA)が2023年に起こした訴訟を受け、ブダペスト地方裁判所はゲド工場の環境操業許可をすべて取り消す判決を下し、同社は新たな許可を取得するまで操業停止を命じられた。この訴訟は今回の政権交代(2026年4月)に先立って提起されたもので、司法によるサムスンへの規制圧力は政権交代前から既に進行していたことになる。
■ 2024年以降、生産が急減速
ハンガリー中央統計局(KSH)が公表した2024年12月の工業生産速報によると、同国の電池生産は前年同月比51%減少した。英情報サービスbne IntelliNewsの報道によると、その後も2024年以降ハンガリーの電池産業は生産の落ち込みが続いており、2025年初には前年比の生産減少率が40%を超える月もあったという。米ブルームバーグも、同年2月の電池生産が前年比46%減少したと報じている。bne IntelliNewsによると、主力2工場のうち、SKオン・コマーロム工場は生産量が36%減、サムスンSDI・ゲド工場は20%減となり、業界全体の売上高は21%減の2兆5000億フォリント(約62億ユーロ)に落ち込んだ。同メディアはまた、サムスンSDIが2024年のハンガリー事業で5850万ユーロ、SKグループも5310万ドルの損失を計上し、両社合計で約1億1200万ドルの赤字になったと伝えている。両社のレイオフについても報じられている。
背景として、欧州でのEV需要減速、補助金支給の遅れ、生産コストの上昇、通商政策の不確実性などが挙げられている。フォルクスワーゲンはドイツ国内で年間70万台超の生産能力を恒久的に削減する方針を進めており、EV専用のツヴィッカウ工場、エムデン工場も減産に踏み切った。欧州の新興電池メーカー、ノースボルトは2024年に経営破綻し、ステランティス系ACCも独・伊の電池工場計画を凍結した。
■ 政権交代と規制強化
2026年4月12日の総選挙で、ペーテル・マジャール氏率いる野党ティサ党が定数199議席のうち141議席を獲得する圧勝を収め、16年間続いたオルバーン政権が終焉した。フィデス・KDNPの議席は選挙前の135から約55に減少したとされる。マジャール氏は5月末に首相に就任した。就任から1カ月ほどで、県庁による恩捷工場への操業停止命令が下された形となる。
現地報道によれば、ハンガリー政府は環境リスクの大きい産業施設を対象とする権限の強い新たな全国環境監督機関の設立を準備しており、国務次官タルカーニ・ジョルト氏は9月の始動を目指していると述べたという。新政権発足後、電池関連企業の対政府コミュニケーションのあり方にも変化がみられると、現地経済メディアは伝えている。
■ 今後の観察点
今回の恩捷工場停止が個別案件にとどまるか、他の稼働中プラントにも規制強化の動きが広がるかは、新監督機関の運用状況次第となる。CATLのデブレツェン一期は稼働を開始したばかりで、計画されている二期以降の増設への影響、サムスンSDIやSKオンの中長期投資計画の見直しの有無、ハンガリー政府が掲げる「2030年に総生産能力約200GWh」目標の達成可能性などが、今後の焦点になるとみられる。