素人ながら、日本のチタン産業に感じる危うさの一つは、極端に航空機産業に偏り過ぎているということです。大チタの場合、チタン事業の売り上げの80%が航空機向けです。そのグレードも、SQグレード(エンジンの回転体に使用)、PQグレード(エンジンの非回転体、機体用途)に分かれます。
【参考記事】
因みに、航空機以外の産業用は、IQグレードとなります。
一方、かつて、チタンの大口需要家であった海水淡水化プラントの市場はもうありません。海水淡水化設備は、蒸留を用いる多段フラッシュ法から、RO膜を用いる逆浸透法に移り、チタンの需要は無くなりました。多段フラッシュ法は海水を沸騰させるので高温下での耐食性が求められます。(実際には減圧下で沸騰させるので、100℃までは上がりません)。逆浸透法はほぼ常温ですので、高温下での耐食性は不要です。それならステンレス鋼で十分です。
純チタンの対海水の耐食性はプラチナと同等です。金属自体のイオン化傾向によるのではなく、チタン表面の不働態膜が耐食性をもたらしているのですが、これは高温の海水に対しては抜群の性能を発揮します。しかし常温下ではステンレス鋼との差別化ができず、チタンの競争力は乏しいのです。
その結果、日本のチタンは専ら航空機用途になりました。
航空機に使用されるチタン合金は主にα+β型合金(6%Al,4%V)で、エンジン用と機体用に用いられます。しかしそこにも問題はあります。2027年以降、旅客機の生産が大幅に増加すると予想されますが、プラット&ホイットニー社のエンジン製造が順調に回復するかは不明です。ボーイングの生産台数の制約が解かれるかも不明です。
なにより、今世界中で売れている人気機種は、エアバスA320シリーズやボーイングB737といった単通路の小型機です。1機当たりのチタン消費量はそれほど多くありません。胴体や翼については、複合材料の採用が進んでいます。
ジェットエンジンについても高効率化の一環として燃焼温度は高くなる一方で、高圧タービンの回転部(タービンブレード)の素材はニッケル基合金でしょうし、非回転部のシュラウドなどは、セラミックス化の可能性もあります。チタン合金の存在感がこのまま続く保証はありません。
そうはいうものの、チタンは重要な素材です。かつて、ボーイング社がB787を開発した際、胴体の接合に用いるチタン製ファスナー(日本製ではない)が要求性能を満たさず、開発が大幅に遅延した経緯があります。筆者は、なぜ日本製を使わないのか?と思った訳ですが、航空機にチタン合金が不可欠な存在であることは論を待ちません。
しかし、チタン合金メーカーの航空機産業に於ける位置づけはどうなのでしょうか? 素材メーカーと部品メーカー(T1,T2,T3)、完成機メーカーの関係を考える必要があります。航空機産業は、エアバスとボーイングの熾烈な競争が続き、値下げ圧力はエンジンメーカーやT1,T2の部品メーカーにもかかります。完成機を作るメーカーは2社ですが、部品メーカーは数が多く、立場的には弱くなります。現在、総じて航空機部品の製造はあまり儲からないビジネスとされています。
しかし、素材メーカーとなると少し事情が異なります。炭素繊維を用いた複合材料の場合、東レと帝人が独占的に供給しており、航空機メーカーに対して優位な立場で交渉できます。チタン合金やその材料のスポンジチタンについても、航空機用途の製品を世界中で製造できるメーカーは限られています。価格が需要と供給のバランスで決まるのは当然ですが、航空機メーカーに対して、対等以上の立場で価格交渉できることを筆者は期待します。
大チタの川福社長は、「航空機メーカーとの契約は長契で決まっているが、航空機生産が増え、スポットで増産に対応する場合は、長契の価格で売るつもりはない」と語っておられます。当然のことですが、それが難しいのも事実です。
かつて筆者は製鉄会社に勤務し、不景気の時期に生産ラインを維持するために限界利益ギリギリの価格での販売を強いられた苦い記憶があります。
チタンメーカーが将来にわたってこの問題を回避できる術はあるのか?大規模な設備投資の説明を受けて、やはりこの問題を考えざるを得ません。
もう一つの問題は、高騰するエネルギー価格の問題です。チタン精錬では、最初にカルサインコークスを用いてCO2を発生させます。脱炭素の流れの中で、これはどうなのか?という指摘もありますが、本当に問題なのは、電力消費の問題です。
塩化マグネシウムの還元で使用する電力は全工程の7割を占めます。アルミを電気の缶詰と呼ぶ人がいますが、金属マグネシウムもやはり電気の缶詰です。この工程を日本ではなく、海外で行うべきでは?という疑問はどうしても残ります。日本に生産拠点を残す以上、高コストな電力の問題を回避する方法はありません。
エネルギーコストの観点から見れば、石炭火力による安価な電力を使用できる中国には適いません。中国は残渣中の放射性物質管理も緩やかでしょうから、トータルコストでは中国に劣り、どこかの時点で日本のスポンジチタン産業は、中国にシェアを奪われる可能性があります。他の素材産業で経験したように。
幸いにして、ボーイングにしてもエアバスにしても、厳しい認証規定があり、中国製の素材が、採用される可能性は非常に低いと思われます。しかし、中国自身も少量ながら商用機(旅客機)を製造しており、将来的に世界市場で認められる可能性はあります。その際、チタン素材の市場も一挙に中国に取られる可能性はあります。
その時期が何時頃になるかは不明ですが、やはり、航空機だけに頼る素材産業は危なっかしい気がします。
海水淡水化ブラントなきあと、何か有力な潜在市場はないでしょうか?
筆者が考えるのは、船舶の外板、つまり船殻です。これまで船舶の外板に純チタンを用いる検討は多くなされていますが、実際に使用された例は多くありません。旧ソ連の原子力潜水艦など一部に留まります。
高価格であること、溶接の難しさ、曲げ加工の難しさ等、船舶にチタンが用いられない理由は多くありますが、チタンを採用する場合のメリットも多くあります。
とにかく錆びないのですから船舶の寿命は長くなります。さらに低電圧の電流を印加することで、フジツボや牡蠣等の海洋生物の船底への付着を防止することができます。長距離を長期間にわたって航海する大型船舶にとって船底付着物は抵抗を増し、燃費を損ねます。実際、定期修理の際は、船底に付着した海洋生物の剥離除去が重要な作業となります。
通常の鋼板を用いる場合も、船底塗料には、生物の付着を極力防止する化学品が用いられますが、環境汚染などの問題があります。環境ホルモンとなる有機スズ化合物の使用は禁止されましたが、その代替となる亜酸化銅系やシリル樹脂系もチタンに通電した場合に比べると、効果は長続きせず、性能は劣ります。
使用するチタンのグレードはIQグレードで、航空機用途に比べれば安価な材料でよく、用途に応じてはチタンクラッド鋼板の使用も可能です。船舶用チタンの普及を図るには、行政の指導とインセンティブが必要でしょう。日本の造船業は、40年に及ぶ、不況の後、復活に兆しが見えつつあります。今が最高の機会です。
いずれにしても、航空機以外に需要の柱となるチタンの用途開発が求められます。
改めて、チタン精錬を見渡してみると、不思議な世界です。中間段階の製品である四塩化チタンを、蒸留つまりガス化して回収する工程で純度を上げていきます。確かに合理的な方法ですが、一旦ガス化するというのは金属精錬では珍しく、他ではシリコンぐらいです(シリコンは正確には半金属)。
13トンのスポンジチタンを得るのに2週間かかる効率的とは言えない方法ですが、当面はこの精錬技術を磨き上げていくしか方法がありません。
かつて20世紀の後半、世界最新鋭の技術と設備を持って、世界の覇権を握った日本の製鉄業が、今世紀に入ると中国にトップの座を奪われた苦い経験を筆者は記憶しています。チタン産業がその二の舞にならないために、現在のままでよいのか、それとも何か必要なのか、今回の設備投資は、大チタの、あるいは日本のチタン産業の基盤を盤石にし、将来にわたって、世界のリーダーであり続けることを可能にするものなのか・・・筆者はもう少し時間をかけて調べたいと思います。日本のチタン産業の今後から目が離せません。