――都市鉱山・技術者・国際連携がつくるレアメタル防衛網
前夜では、鉱石や金属を倉庫に積んでおくだけでは、AI時代の国家備蓄として不十分だと書いた。
思えば80年代のレアメタル備蓄構想はJOGMECの石油備蓄構想の延長だったから世界のレアメタルの商流の把握は充分ではなかった。単にレアメタル鉱石を30日分から40日分を備蓄すれば良いといった単純な発想だった。
今や必要なのは、産業界がすぐ使える高純度材料を備え、国家備蓄と民間在庫を一枚の地図で結ぶことである。
しかし、備蓄すべきものは金属だけではない。
日本国内には、別の姿に変わって存在しているレアメタルがある。
それが都市鉱山である。
廃製品はゴミではなく「動く備蓄」だ
使用済みのスマートフォン、パソコン、サーバー、家電、自動車、モーター、工作機械、通信設備。その中には金、銀、銅、パラジウム、タンタル、コバルト、ネオジムなどが含まれている。
これらはすでに一度、鉱山から掘り出され、海を渡り、精製され、高純度化された資源である。
資源のない日本が、苦労して輸入した金属を、使用後にゴミとして海外へ流してしまう。これほどもったいない話はない。
廃製品はゴミではない。
日本列島の中を移動している「動く備蓄」である。
ただし、都市鉱山という言葉を唱えるだけで、金属が勝手に湧いてくるわけではない。スマートフォンを一万台集めても、解体、選別、製錬する設備がなければ、ただの中古品の山である。
都市鉱山を本当の備蓄にするには、何が、どこに、どれだけ存在するのかを把握しなければならない。
廃製品の発生量、含有金属、回収場所、再資源化に必要な日数、国内の処理能力をデータ化する。平時には市場で循環させ、供給危機が起きたときには回収と精錬を加速する。
重要な使用済み製品を、国家安全保障上の資源として管理する発想が必要である。
設備だけではレアメタルは作れない
第三の提案が都市鉱山なら、第四の提案は「人間の備蓄」である。
いささか物騒な言い方だが、精錬、分離、分析、高純度化を担う技術者も国家資産として守らなければならない。
私は世界各地の精錬所や化学工場を見てきた。そこで学んだのは、高価な設備を買って並べても、高純度材料は簡単には作れないということだった。
原料の微妙な違いを見抜き、不純物の挙動を読み、温度、圧力、薬品濃度、反応時間を調整する。製品の歩留まりを保ちながら、事故を起こさず連続操業する。
最後にものを言うのは、現場の経験と勘である。
職人の勘など古い、と笑う人がいる。しかし、最先端材料の工場ほど、数値に現れない異変を感じ取れる技術者が重要になる。
精錬所を閉鎖し、熟練技術者が散り散りになった後で、「国際情勢が危なくなったから、来月から再開してくれ」と言っても無理である。
鉱山は掘り直せても、失われた工程技術と人材は、簡単には掘り戻せない。
重要工程については、平時の採算だけで存廃を決めてはならない。最低限の操業を国が支え、若手を育成し、技術を次世代へ渡す仕組みが必要だ。
国家が備蓄すべきなのは、金属だけではない。
「作れる能力」そのものなのである。
日米豪と中央アジアを結ぶ
第五の提案は、日本一国で抱え込まない国際備蓄網である。
日本には高度な素材・精錬技術がある。米国には巨大な需要、技術、資金力がある。豪州には豊富な鉱物資源がある。
そしてカザフスタン、キルギス、ウズベキスタンなど中央アジアには、ウラン、銅、クロム、タングステン、レアアースをはじめ、多様な資源の可能性が眠っている。
私は旧ソ連崩壊直後から中央アジアを歩いてきた。あの地域には資源だけではなく、日本に対する信頼がある。
豪州や中央アジアで原料を確保し、日本で分離・精製する。日米の戦略産業へ供給しながら、中間原料と高純度材料を複数国へ分散備蓄する。
さらに緊急時には相互に融通できる制度をつくる。
備蓄場所も輸送経路も一か所に集中させない。陸路、海路、空路を複線化する。
目指すのは、中国を排除するための閉じた経済圏ではない。
どこか一国が輸出を止めても、世界の製造業が止まらない多極型の資源ネットワークである。
日本の勝ち筋は「能力の備蓄」にある
AI時代の資源危機は、単純な鉱石不足ではない。
輸出規制、物流遮断、精錬工程の集中、技術者不足、電力不足、災害、サイバー攻撃が複雑に重なる。サプライチェーンの一工程が切れれば、倉庫に金属があっても工場は止まる。
だから、国家備蓄を鉱種と重量だけで考えてはならない。
高純度材料、民間在庫、都市鉱山、精錬設備、技術者、国際物流を一つに束ねる。
これは「量の備蓄」から「能力の備蓄」への転換である。
日本には世界に誇る巨大鉱山はない。
だが、世界から原料を集める商社機能がある。複雑な原料を処理する精錬技術がある。高純度材料を作る力がある。廃製品から金属を回収する都市鉱山技術がある。そして資源国と長い時間をかけて築いた人間関係がある。
右手に資源国とのロマンを持ち、左手に採算というそろばんを持つ。そして背中に、工程と人材を守り抜く我慢を背負う。
これこそが、資源小国・日本の国家備蓄ではないか。
AI時代に本当に備蓄すべきものは、倉庫に眠る金属だけではない。
必要な資源を見抜く知恵。世界から集める外交力。使える材料へ変える工程技術。廃製品から再生する循環力。そして、次世代へ伝える人材である。
資源のない国が恐れるべきなのは、鉱山を持たないことではない。
何が不足するのかを知らず、作る技術を失い、備える知恵まで手放すことである。
国家備蓄を、金属を眠らせる倉庫から、日本産業を生かし続ける「動く防衛網」へ変える。
日本列島全体を一つの都市鉱山にし、世界の友好国を一つの資源網で結ぶ。
それが、AI文明を生き抜く日本の新しい勝ち筋なのである。