南鳥島のレアアース泥をめぐる報道が熱を帯びている。
2026年2月、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」は、南鳥島周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)において、水深5,569メートルの海底からレアアース泥を船上まで引き上げることに成功した。その後の発表では、海水分を除いて約50トンの泥が回収され、そのレアアース総量の約54%をイットリウム、ガドリニウム、ジスプロシウムなどの中重レアアースが占めることも明らかになった。
これは素直に評価すべき成果である。荒天の中、6,000メートル近い深海から泥を連続的に揚げる。海洋科学技術として見れば、世界に誇るべき挑戦である。筆者はレアメタルに45年以上関わってきた。その経験から言えば、資源開発には二つの目が必要である。
一つは、未知の資源に挑戦する「夢を見る目」である。もう一つは、その夢を数字に置き換える「山師の目」である。南鳥島はいま、前者では大きな一歩を踏み出した。しかし後者の評価は、これからなのである。
第一の壁――「1600万トン」は可採埋蔵量ではない
南鳥島について最も有名なのが「レアアース1600万トン」という数字である。だが、この数字には注意が必要である。JAMSTEC自身も、2018年に公表された約1600万トンという推計について、初期調査に基づく値であり、サンプル間隔や分布などに不確実性があるため、米国地質調査所(USGS)の世界資源量評価には含まれていないと説明している。鉱山の世界では、Resource(資源量)とReserve(可採埋蔵量)は違う。さらに言えば、「海底に存在する量」と「経済的に採れる量」はまったく違う。ここを混同すると、資源開発は最初からボタンを掛け違える。
第二の壁――6,000メートルを持ち上げる
陸上鉱山なら、鉱石を掘り、トラックで運べばよい。南鳥島ではそうはいかない。海底約6,000メートルから泥を吸い上げ、長大な揚泥管を通して船上まで運ばなければならない。今回の試験でも、現場では7メートル近い波と約20メートルの強風に遭遇し、採鉱機や揚泥管を降ろす作業には予定の7日間を超える12日間を要した。鉱山経営で重要なのは、瞬間的に「できた」ことだけではない。年間何日安定して操業できるのか。操業率が半分になれば、生産コストは大きく変わる。南鳥島では、この海象条件そのものが経済性を左右する。
第三の壁――泥を採っても商品にはならない
海底から泥が上がった瞬間にレアアースが商品になるわけではない。採泥、揚泥、脱水、輸送、選鉱、浸出、分離、精製、製錬。さらに残渣処理まで必要である。政府もこの問題を認識しており、2027年度には採取した泥を南鳥島で脱水・分離し、本土へ運んで精製するまでの一連のプロセスを実証し、その結果から経済性を評価する方針である。したがって、現時点で「商業化できる」と結論づけるのは早い。筆者が知りたい数字は単純である。ジスプロシウム1キログラムを最終製品として作るまでに、いくらかかるのか。テルビウムならいくらか。ネオジムならいくらか。その数字を中国、豪州、米国などの供給源と比較して、初めて鉱山としての競争力を論じることができる。
第四の壁――1000億円の専用船は本当に必要か
ここで新しい議論が出てきた。2026年5月、自民党の海洋開発特別委員会は、南鳥島レアアース泥開発を加速するため、専用採鉱船の整備を政府への提言に盛り込んだ。報道では、その建造費は1000億円規模になる可能性があるとされている。当然、一つの疑問が出る。「すでに『ちきゅう』があるのに、なぜもう一隻1000億円をかけて造るのか」今回、実際に約6,000メートルから泥を揚げたのは「ちきゅう」である。ならば「ちきゅう」を使えばよいではないか。この疑問は当然である。ただし「ちきゅう」は本来、レアアース採鉱船ではない。地震発生帯、地球環境、海底下生命圏などを研究する世界最高水準の科学掘削船であり、国際的な科学研究にも使われる国家的研究基盤である。もし南鳥島で年間何カ月も産業規模の採鉱を行うようになれば、「ちきゅう」をレアアース専用に占有することは難しい。だからこそ専用船構想には一定の合理性がある。筆者自身は、1000億円程度の国家投資そのものには反対ではない。むしろ日本が本気で深海資源技術を国家技術として確立するのであれば、その程度の投資は必要になる可能性があると考えている。問題は1000億円という金額ではない。「何のための1000億円なのか」である。南鳥島だけで採算を取る専用鉱山船なのか。レアアース泥だけでなく、マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床などにも応用できる次世代海洋資源開発船なのか。あるいは研究、探査、採鉱実証、海洋安全保障まで担う国家的海洋プラットフォームなのか。後者なら話は大きく変わる。1000億円を一つの鉱山の採算だけで回収する必要はなく、日本の海洋技術を20年、30年育てる研究インフラとして評価できるからである。だからこそ、まず「ちきゅう」を最大限活用して経済性を検証し、そのうえで専用船の仕様と役割を決めるべきである。船を造ってから使い道を考えるのではない。使い道と国家戦略を決めてから船を造る。順序を間違えてはならない。
第五の壁――南鳥島そのものが遠い
南鳥島は東京から約1900キロ離れた絶海の孤島である。船だけ造れば終わりではない。港湾、燃料、電力、水、作業員の宿泊、機材補修、航空輸送、緊急医療など、産業化すれば周辺インフラも必要になる。政府の海洋開発戦略自身も、南鳥島について、本土から極めて遠くアクセス手段が限られる特殊性を指摘している。つまり本当の投資額は「採鉱船1000億円」だけでは済まない可能性がある。だからこそ総事業費を見なければならない。
第六の壁――レアアース価格は必ず動く
レアメタルの世界を45年見てきて、筆者が最も警戒するのは価格である。今日の価格を使って20年後の採算を計算してはいけない。現在価格から20%下落、40%下落、60%下落した場合でも成立するのか。中国が増産したらどうなるか。豪州、米国、アフリカの新規鉱山が立ち上がったらどうなるか。リサイクルや省レアアース技術が進んだらどうなるか。さらに皮肉なことに、南鳥島が大量生産に成功すれば、その供給増によって自らレアアース価格を押し下げる可能性さえある。「大量にある」ことと「大きく儲かる」ことは同じではない。これは資源ビジネスの鉄則である。
第七の壁――安全保障と商業採算を分ける
それでも筆者は、南鳥島プロジェクトを止めるべきだとは考えない。むしろ逆である。中国へのレアアース依存を考えれば、日本が自国EEZ内に資源と採鉱技術を持つ意味は極めて大きい。政府も、将来の産業化には大幅なコストダウンが必要と認める一方、商業的に成立しなければすべて終わりという問題ではなく、国家を守る経済安全保障の視点が必要だとしている。筆者もこの考え方には賛成である。ただし、その場合は説明を変えるべきである。商業的に赤字でも国家として維持するなら、それは「鉱山利益」ではなく「国家安全保障の保険料」である。年間100億円なのか、300億円なのか、500億円なのか。中国依存を減らすために日本国民はいくらまで負担する価値があるのか。そこまで議論して初めて国家プロジェクトになる。科学には夢を、事業化には数字を南鳥島には夢がある。6,000メートルの深海から泥を引き上げた研究者、技術者の努力には敬意を表したい。1000億円の専用船についても、筆者は頭から否定するつもりはない。技術立国・海洋国家として必要なら、国家は大胆に投資すべきである。しかし、だからこそ順序が重要なのである。科学的に採れる。技術的に連続生産できる。経済安全保障上必要である。商業的に利益が出る。この四つはそれぞれ別の命題である。南鳥島を本当の国家的財産にしたいのであれば、「世界一」「1600万トン」という夢だけで走ってはいけない。一トンの泥を掘り、6,000メートル持ち上げ、脱水し、運び、分離し、精製して、最後に一体いくら残るのか。そして赤字なら、その赤字を経済安全保障の保険料として国家はいくらまで負担するのか。この二つの数字を明らかにすることこそ、次の段階である。夢を見ることと、算盤を弾くことは矛盾しない。むしろ、その両方があって初めて、南鳥島は日本の次代を担う国家プロジェクトになり得るのである。