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レアメタル千夜一夜 第185夜 南鳥島は「海のアポロ計画」になれるか

2026/09/11 14:23 FREE
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レアメタル千夜一夜 第185夜 南鳥島は「海のアポロ計画」になれるか

――富岳、H-II、超LSI、はやぶさ、「ちきゅう」に続く技術立国・日本の国家プロジェクト

日本には資源がない。私はレアメタルの世界を四十五年以上歩いてきたが、この言葉を何度聞いてきただろう。石油がない。鉄鉱石がない。銅がない。ニッケルがない。コバルトがない。レアアースもない。だから日本は原料を海外から輸入し、それを世界最高水準の技術で加工して、自動車、電子機器、半導体、特殊鋼、磁石へと変えてきた。これが戦後日本の基本的な産業モデルだった。ところが南鳥島のレアアース泥は、この前提そのものをひっくり返す可能性を秘めている。私は前夜で、南鳥島プロジェクトを新幹線、黒部ダム、東京オリンピック、大阪万博などと比較した。

しかし南鳥島には、もう一つの見方がある。これは巨大インフラ計画である以前に、日本の科学技術史に連なる巨大研究開発プロジェクトなのではないか。そう考えると、比較すべき相手が変わってくる。富岳、H-I・H-IIロケット、超LSI、第五世代コンピュータ、サンシャイン計画、すばる望遠鏡、SPring-8、はやぶさ、核融合、そして地球深部探査船「ちきゅう」。日本は過去半世紀、未知の領域へ何度も国家として賭けてきた。南鳥島も、その延長線上に置いて考えるべきなのである。

第一の教訓――超LSI技術研究組合

1976年、日本は「超LSI技術研究組合」を設立した。富士通、日立、NEC、東芝、三菱電機など、本来なら激しく競争する企業が共同研究に参加した。約730億円の研究開発費のうち政府負担は約290億円。微細加工などの共通基盤技術を官民で開発したのである。経済産業省自身、このプロジェクトが1980年代以降の日本半導体産業の躍進に大きく貢献したと評価している。(経済産業省⁠)重要なのは、国が半導体工場を永久に経営しようとしたのではないことだ。民間企業だけでは負担できない「競争前領域」の基礎技術を国家が支え、その成果を民間競争へ渡した。これは南鳥島にも通じる。水深6,000メートルから泥を吸い上げる技術を、一民間企業に最初から採算責任まで背負わせるのは無理がある。だからこそ初期段階では国家がリスクを取る。

第二の教訓――H-IからH-IIへ

日本のロケット開発も最初から純国産だったわけではない。H-Iでは第1段などに既存技術を使いながら、第2段のLE-5エンジン、推進系、慣性誘導装置などを自主開発した。そして1994年、ついに全段自主技術のH-IIへ到達した。(JAXA⁠)ところがH-IIは失敗も経験する。1998年、1999年には打ち上げ失敗が続いた。それでも日本はロケットを捨てなかった。失敗をH-IIA、H-IIB、そしてH3へとつないだ。国家的研究開発とは、本来そういうものである。一回失敗したから中止するのでもなければ、一回成功したから商業化できると騒ぐものでもない。南鳥島にも、この冷静さが必要だ。

第三の教訓――「失敗」にも価値がある第五世代コンピュータ1982年、日本は第五世代コンピュータという壮大な国家プロジェクトを始めた。10年間で約500億円。知識処理、推論、並列処理によって新しいコンピュータを作ろうとした。(AIRC⁠)当初描いた未来が、そのまま商業的成功につながったわけではない。しかし、並列計算や人工知能研究に携わる多くの人材と技術を残した。文部科学省も、このプロジェクトなどを通じ大学・民間企業に多くの人材が育ったと振り返っている。(文部科学省⁠)ここにも南鳥島への重要な示唆がある。国家プロジェクトの成果を、採掘したレアアースの売上高だけで評価してはならない。深海ロボット、耐圧機器、海洋センサー、ポンプ、パイプ、船位保持、AI探査、環境モニタリングなど、周辺産業に残る技術資産まで評価する必要がある。

第四の教訓――サンシャイン計画

1970年代の石油危機を契機に、日本は石油依存から脱却するため太陽光、地熱、水素、石炭利用などの研究を国家的に進めた。当時、太陽光発電が今日ほど巨大産業になると、どれだけの人が確信していただろう。国家研究には「現在の採算」だけでは評価できない分野がある。資源安全保障も同じだ。平時の中国産レアアースの価格だけを見れば、深海から泥を引き上げるなど馬鹿げて見えるかもしれない。しかし供給が止まった瞬間、経済合理性の計算式そのものが変わる。

第五の教訓――すばる望遠鏡1999年、ハワイ・マウナケアのすばる望遠鏡がファーストライトを迎えた。8メートル級でありながら主焦点を持つ独自設計を備え、日本は世界最先端の光学・赤外線天文学へ進出した。(国立天文台⁠)宇宙の果てを見ることに、短期的な採算性などない。しかし精密光学、センサー、制御、観測機器、データ処理、人材という科学技術基盤を国家に残した。南鳥島も同じである。「レアアースが何円で売れるか」だけで国家的価値を測るべきではない。

第六の教訓――SPring-8

巨大放射光施設SPring-8は、物質を原子・分子レベルで解析する巨大な「科学の顕微鏡」となった。その用途は基礎物理だけにとどまらない。材料、半導体、電池、触媒、医薬品など、産業競争力そのものを支える研究インフラとなった。国家が巨大な共通研究設備を持ち、大学や企業がそれを使う。ここでも「公共財としての科学技術」という思想がある。

第七の教訓――はやぶさ

「はやぶさ」は小惑星イトカワから試料を持ち帰り、世界初の小惑星サンプルリターンを実現した。途中では数々のトラブルに見舞われた。それでも帰ってきた。そして、その失敗と経験は「はやぶさ2」に継承された。(菜の花01⁠)私は南鳥島プロジェクトにも、これと同じ思想が必要だと思う。成功するまで一直線に進むプロジェクトなどない。深海6,000メートルという極限環境なら、なおさらである。

第八の教訓――核融合JT-60SA核融合も、何十年にわたり「いつ実用化するのか」と言われ続けてきた技術である。それでも日本と欧州は研究を続け、2023年、JT-60SAは初プラズマ生成に成功した。世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置である。(九州地方整備局⁠)国家プロジェクトには、民間企業の3年、5年の投資回収期間では測れないものがある。南鳥島も10年、20年単位で見るべきプロジェクトかもしれない。

第九の教訓――富岳

スーパーコンピューター「富岳」は2014年から開発され、2021年に完成・共用開始した。単なる計算速度競争ではなかった。新型コロナの飛沫拡散シミュレーションから産業利用、AIまで、国家の共通計算基盤になった。世界の主要性能ランキングでも複数分野で首位を獲得した。(理化学研究所CCS⁠)富岳の意味は「世界一になった」ことだけではない。国家が持つことで、まだ用途の決まっていない未来の研究者や企業にも能力を開放したことである。南鳥島も同様に、単なる一鉱山ではなく、日本の深海技術プラットフォームとして考えるべきではないか。

第十の教訓――「ちきゅう」

そして南鳥島に最も直接つながるのが、地球深部探査船「ちきゅう」である。2005年完成。全長210メートル、総トン数5万6,752トン。科学掘削では海底面下7,000メートルという世界最高水準の掘削能力を持つ。(海洋研究開発機構⁠)「こんな巨大な船を造って何になるのか」建造当時、そう考えた人もいただろう。ところが二十一年後、この船が南鳥島レアアース開発の主役になった。科学技術への投資とは、こういうものなのだ。何十年後に、当初想像もしなかった国家的使命を担うことがある。

そして南鳥島――十一番目の挑戦

2026年2月1日未明。南鳥島沖で「ちきゅう」は水深5,569メートルの海底下からレアアース泥を連続して船上へ揚げることに成功した。JAMSTECによれば世界初である。3日間で3カ所のレアアース層から泥を回収し、海水分を除いた揚泥量は約50トン。回収されたレアアースの約54%はイットリウム、ガドリニウム、ジスプロシウムなどの中重希土類だった。(海洋研究開発機構⁠)これは重要な一歩である。私は南鳥島について慎重論を書いてきた。しかし、慎重論と反対論は違う。技術的難度と経済性を冷静に検証することと、国家として挑戦しないことは全く別問題だ。むしろ私は、この段階まで来た以上、国家は本気で実証すべきだと思っている。2027年には約1カ月の本格採鉱試験が予定され、泥を南鳥島へ運び、脱水して本土へ輸送し、分離・精製・製錬まで一連のプロセスを試す。そして2028年3月までに経済性を含めた産業化の総合評価を行う予定だ。(海洋研究開発機構⁠)ここからが本当の勝負である。

過去10大プロジェクトとの決定的な違い

しかし南鳥島には、富岳にも、すばるにも、はやぶさにもない特徴がある。成功すれば「科学技術」がそのまま「天然資源」に変わることである。富岳は計算能力を生んだ。H-IIは宇宙への輸送能力を生んだ。超LSIは半導体製造技術を生んだ。すばるは宇宙を見る眼を生んだ。はやぶさは宇宙から物質を持ち帰る能力を生んだ。「ちきゅう」は地球内部へ到達する能力を生んだ。しかし南鳥島は違う。成功すれば、日本のEEZそのものが鉱山になる。これは戦後日本の科学技術政策でも極めて特殊な出来事だ。

「資源貧国」という言葉を捨てる日

日本は国土面積だけを見れば小国である。しかし海まで含めれば話は違う。問題は、その海を経済的に利用する技術を持っているかどうかである。資源とは、地下に存在する物質だけをいうのではない。「存在する物質」と「取り出す技術」と「精製する技術」と「経済性」が結びついた時、初めて資源になる。つまり南鳥島に眠っているのは、まだ「鉱山」ではない。科学技術によって鉱山へ変えなければならない泥なのである。ここに日本の勝機がある。中国と同じ方法で陸上鉱山の量を競っても日本は勝てない。だが、深海探査、ロボット、造船、ポンプ、材料、化学分離、精錬、環境技術、AI、自動制御を束ねる総合技術なら、日本には戦う余地がある。私はここに南鳥島プロジェクトの本当の意味を見る。

1,000億円の船をどう考えるか

今後、1,000億円規模とも言われる新たな採鉱船構想が議論されるなら、当然「すでに『ちきゅう』があるのに、なぜもう一隻必要なのか」という問いが出る。これは正しい問いである。だが、私は1,000億円という数字だけを見て反対するつもりはない。富岳も、ロケットも、すばるも、「ちきゅう」も、完成する前に短期的採算だけを計算していたら生まれなかった。問題は1,000億円が高いか安いかではない。

その1,000億円で、日本にどんな技術体系を残せるのか。

ここを問うべきである。専用船を造るなら、レアアース泥だけに使う船では弱い。海底鉱物資源、科学掘削、海洋観測、深海ロボティクス、環境監視、海洋安全保障まで使える「次世代海洋技術プラットフォーム」にする。そうすれば国家投資の意味は全く変わる。

南鳥島を「海のアポロ計画」に

私は南鳥島を単なるレアアース鉱山開発として扱うべきではないと思う。これは日本が深海6,000メートルを新しい産業空間へ変えられるかという実験である。超LSIが日本の半導体産業を押し上げたように。H-IIが日本に宇宙への自立した道を開いたように。富岳が計算科学の国家基盤になったように。はやぶさが世界に日本の宇宙技術を示したように。「ちきゅう」が二十年後の南鳥島挑戦を可能にしたように。南鳥島は、日本に「深海産業」という新しい産業群を生み出す可能性がある。だから私はこのプロジェクトを「海のアポロ計画」と呼びたい。ただし、夢だけを語ってはいけない。資源量、品位、揚泥速度、エネルギー消費、操業率、台風リスク、輸送費、脱水費、分離・精製費、製錬費、廃棄物処理、環境負荷、そして中国産レアアースとの価格競争。全部数字にしなければならない。成功するという結論を先に決めてもいけない。失敗するという結論を先に決めてもいけない。科学とは、そのためにある。そして国家プロジェクトとは、民間企業だけでは越えられない最初の谷を、国が科学と技術で越えるためにある。日本は資源貧国なのではない。これまでは、6,000メートル下の資源を取り出す技術がなかっただけなのかもしれない。もし南鳥島が成功するなら、日本の教科書から一つの言葉が消える。「資源のない国、日本」。そして代わって、こう書かれる日が来るかもしれない。「日本は、科学技術によって海を鉱山に変えた国である。」それこそが、南鳥島国家プロジェクトに賭ける最大の意味ではないだろうか。

 

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