「油断」の潜在リスクをはらんだ硫黄流通――どうする処方箋づくり⁉
油断――。脱化石燃料に前のめりになるあまり見過ごされている日本経済の足元の危うさに警鐘を鳴らす化学品業界の論客がいる。最悪のシナリオが現実になれば「日本の精油所は2~3週間で完全にストップする」。
硫黄、硫酸流通に詳しいM氏は大胆に予測する。テーマは、石油精製プロセスで副産物として発生・回収される硫黄の最終処分を巡る中国依存リスク。中東、中国とその舞台は違うが、1975年に発表され話題を呼んだ小説である堺屋太一作の「油断」を地で行くような話の展開である。
国内の製油所で回収される硫黄は、130℃~140℃に加熱溶融された「溶融硫黄」の形態をとって、もっぱら輸出に振り向けられてきた。溶融化の流れは、固形硫黄が消防法で可燃性物質として危険物第2類に分類されていることなどがその背景にあるといい、溶融硫黄の受入れに十分な施設を備えた中国が、その主な仕向け先になってきた。
ただ、単一市場への傾斜は、リスクを大きく膨らませる結果を招いた。同国に受入れの蛇口を締められれば、行き場を失った溶融硫黄で精油所の貯蔵タンクなどはあふれ、わずか「2~3週間」で操業停止に追い込まれかねない。日本経済はいま、そんなリスクと背中合わせの状況にあるという。かなり以前から指摘されてきており、業界にとっては古くて新しい問題ではあるが、柔軟性を欠く硫黄流通の下で放置され、気が付けば身構えるほどの大きな落とし穴になっていたという面もあるのだろう。
足元、中国向け輸出はどの程度の規模なのか。財務省の貿易統計をみると、2022年度で80万1,104ショートトンとなっており、総輸出量に占める比率は77%である。2023年は上期の実績で36万65ショートトンを記録しており、同比率は83%にもなる計算だ。中国向け輸出ストップ→精製プロセスで回収された溶融硫黄の在庫膨張→操業停止という一連の想定シナリオも、この数字をみると確かにあり得ない話ではない。「溶融硫黄の対中価格は1トン当たり50ドルが相場」で、固形硫黄の3分の1の価格で取引されているという。日中の力関係がその辺りからも垣間見える。
輸出先として中国が抜きんでている
日本、韓国、カナダ、アラブ首長国連邦が現在、中国向けの主要輸出国であるが、世界の成長セクターとして高い経済成長を実現している他のアジア各国もそれに合わせて、石油精製の副産物である硫黄の輸出余力を高めてきている。日本がその一角として、中国の硫黄市場を数量ベースで、いつまでリードできるのか、多彩な顔触れが並ぶその輸入先の広がりをみると、残された時間はそれほど多くはなさそうである。
2023年1−7月の中国の硫黄輸入状況:表はMIRU作成
米中摩擦の深刻化もある。その余波で日本の対中硫黄輸出がストップしてもおかしくない事態も生まれている。化学品業界の論客であるM氏は次のように力説する。「結果的に『溶融硫黄』の形での流通を決定づけている消防法の見直しも含め、様々な角度から議論するタイミングではないか。ことは日本の命運を左右する問題だ」と。いまの国際的な潮流である再生可能エネルギーや、原発ばかりに目を奪われていると、政府のエネルギー政策も思わぬところに、ぽっかり空いた落とし穴にはまりかねないということだろう。油断は禁物である。
一国に依存し危うさをはらむ輸出環境の改善も含め、硫黄流通の処方箋づくりは待ったなしだ。
「過去にアンチダンピングで、硫酸でもシャッターを降ろされそうになったことがある」。硫黄分野にも通じるものがあり、M氏の漏らした体験談がドスンと重く響いた。
(IRuniverse G・Mochizuki)
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