Americas Weekly 24 リチウムイオン電池貯蔵システムの建設に反発強まる 火災に神経尖らす米市民
風力や太陽光で発電された電力を大型蓄電池(メガパック)にためて、必要な際に分配するリチウムイオン電池貯蔵システム(BESS)の建設に地元住民が反対する動きが米国で広がっている。火災が起きた場合、長く燃え続け、地域環境へのダメージが大きいとの不安からで、反対運動で建設が見送られたケースもある。貯蔵システムは再生可能エネルギーの普及のための基礎的な施設であり、住民の反対で建設が進まないと脱炭素の目標達成にも影響を及ぼす。米国の蓄電業界は、火災発生リスクを減らすことが業界全体の最重要課題だととらえている。
カリフォルニア州サンディエゴにあるオタイーメサ・リチウムイオン電池貯蔵システム施設で今年5月に発生した火災は、地域住民のみならず業界関係者にも大きな衝撃を与えた。
火災は5月15日午後に発生し、リチウムイオン電池のメガパックや建物などが焼失した。火災によって発生した水素ガスや有毒な煙が周辺に広がり、爆発の可能性が高まった。このため地元自治体は、施設内と周辺地域の住民や企業に避難命令を出した。施設の近くにあるドノバン州立刑務所では、収容者に屋内退避が命じられた。
爆発の危険から消防士が現場に近づけず消防活動は難航した。ドローンやロボットなどを使用した消防活動が行われ、火災の覚知から24時間ほどでいったん沈静化した。しかし17日になって、再び火の勢いが増した。
メガパック内のリチウムイオン電池が化学反応を起こし、「熱暴走」が起きたとみられている。再び沈静化した後も、避難命令は続き、解除されたのは約2週間後の28日だった。解除後も火はくすぶり続けていたという。火災の原因は特定できていない。
オタイーメサでの火災は、改めてリチウムイオン電池による火災の恐ろしさを市民に見せ付けた。オタイーメサの北約65キロにあるカリフォルニア州エデンバレー地区ではリチウムイオン電池貯蔵システムの建設計画があり、住民が反対運動を続ける。住民は燃え上がるオタイーメサの映像を見て不安を強めた。
エデンバレー地区では2021年にセグロ・リチウムイオン電池貯蔵システムの建設計画が持ち上がった。2025年から建設工事がスタートし、操業開始は2026年の予定だ。
出力は320メガワットで、今回、火災を起こしたオタイーメサの施設よりも蓄電の規模が大きい。エデンバレーの住民は、いったん火災が発生すると地域に甚大な影響を及ぼすことを、米国内で起きた火災を見て知っている。
2019年7月にはアリゾナ州サプライズのリチウムイオン電池貯蔵システムで爆発が起き、9人が負傷した。2022年9月には電気自動車メーカー、テスラにリチウムイオン電池を供給するカリフォルニア州モスランディングの施設で火災が発生した。付近を走る主要な高速道路が閉鎖され、交通に大きな影響が出た。
ニューヨーク州では2023年5月にイーストハンプトンで、6月にワーウィックで、7月にはライムで同様の施設の火災が続いた。これを受けてニューヨーク州当局は部局横断型の対策チームを発足させ、リチウムイオン電池貯蔵システムの管理の強化に乗り出した。
ニューヨーク州での連続火災から2カ月後の9月には、エデンバレーからわずか20キロほどの地点にあるカリフォルニア州バレーセンターで、同様の施設の火災が発生した。
セグロ・リチウムイオン電池貯蔵システムの建設に反対するエデンバレーの住民は、「業者側は火災の発生はほとんど起きるものではないと説明するが、火災は『もし起きたら』というシナリオではなく『いつ起きるか』というシナリオだ」と話し、不信感をあらわにする。
リチウムイオン電池をめぐる火災では、電動自転車やスクーターに搭載された電池が原因となるケースが米国全土で増えている。増加する食品デリバリー業者が電動自転車などを使用するため、都市部にリチウムイオン電池があふれた。中国製などの安価な電池が充電している最中に発火し、アパート火災を引き起こす。
米国消費者製品安全委員会によると、米国では2日に1件の割合でリチウムイオン電池の火災が発生している。また国内にあるリチウムイオン電池の約1.5%が火災や過熱、爆発を起こしているという。
ニュースでも伝えられることが増え、リチウムイオン電池による火災の恐ろしさは、米国民の脳裏に深く刻まれるようになった。
その一方で施設の建設計画は全国で加速し、業界と住民の対立は1つの地域の話ではなく全国レベルでの問題になっている。
ニューヨーク市のスタテン島では、2023年1月、住民の反対で施設の建設が中止されたが、現在でも13を超える建設計画が進行し、対立の火種となっている。
今年3月、テキサス州オースティンで開かれた「エネルギー貯蔵サミット」では、火災の発生がいかにリチウムイオン電池貯蔵システムの施設建設の妨げになっているかについて参加者が協議した。「1つの火災が、業界全体の火災になってしまう」として、火災の減少につなげる仕組み作りに取り組むことが業界の最優先課題であるとの認識で一致した。
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Taro Yanaka
街ネタから国際情勢まで幅広く取材。
専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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